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異世界転生対策係日本支部嘱託 右京葵の事件簿

作者: 常高院於初

 中世ヨーロッパを思わせる絢爛豪華な一室、そこに違和感なく向かい合い見つめあう男女。

 官能的なナイトドレスに身を包んだ女性は、その腰に向かい合う男性の手がまわされており、嫣然と蕩けるほどに微笑みを浮かべて、その男性を見つめている。蚊帳の外で見てるこちらとしては今すぐ濃厚な珈琲を一気飲みしたくなるような光景だ。

「ユーリ、紅く染まったその顔も素敵だよ」

「カイル様……」

 甘く囁く言葉に二人の顔が更に近付く。もう無理、限界だ。

「はいはいはい、お楽しみの所ちょっと失礼」

「だ、誰だ!?」

 場に似合わないテノールの声が、砂糖菓子の如き甘い雰囲気をぶち壊し、二人は声のした方、つまり私の方を向いた。

「どうも、驚かせたようで申し訳ないですねえ」

 二人が、その部屋に不似合いなスーツ姿の私を見ると、自分達が何をしようとしていたのかを思い出してなのか、はっとして距離がに離れる。

 他人に見られてその体勢を維持し続けれるほどの大胆さは持ち合わせてはいなかったようだ。

「な、なんだ貴様は、ど、どうやってここに入ってきた、ここは余の寝室だぞ!」

 ユーリを背で隠すようにして守るように、前に立ったカイルは、逢瀬、というよりこの後にしようとしていた事を邪魔された怒りもあってか目の前の男に感情を露にして問い詰める。ユーリさん、押し倒される気満々だったからな。

 その問いに自分がまだ自己紹介をしていなかった事をはっと思い出し、「それは失礼」と、内ポケットから手帳を広げる。 

「私、異世界転生対策係日本支部嘱託、右京葵(うきょうあおい)と申します」

「い、いせかいてんせい……?」

 聞いた事の無い肩書きにカイルさんは怪訝に首を傾げる。まぁ一般人には知らなくて当然なので、失礼を承知で葵は説明を始める。

「この世界は、数多の多次元世界で構成されていまして、その世界はそれぞれの管理者、まぁ神様と考えてもらって結構なんですが、まぁ、人間、じゃなかった神様でもミスと言う物がありましてね」

「ミス?」

「本来、亡くなる予定の無い人間の運命を狂わせてしまって亡くならせてしまうんですよ。俗に言う不慮の事故って事なんですがね」

 まぁ、身内の恥をなので、あまり話したくないんだけどねと、苦笑を漏らしつつ、歯切れの悪い口調で説明を続ける。

「勿論、その被害者には事情と説明し謝罪をしたうえで、別の管理世界への転生措置が行われてるんです。最初は、「なぜ殺した」とか文句を言われるんですがね、魔法世界に膨大な魔力持ちでの転生とか、技術未発達の世界に前世の知識を残すなどの措置を取ると大概は納得して転生してくれるんですよ」

「ほう、それで、その異世界なんたらのその貴様が、許可も無く余の寝室に現れた理由はなんだ? 生憎、余はその異世界なんたらとは何の関係もないんだが?」

「えぇ、私も用があるのは、そちらの女性の方ですよ」

 カイルさんの後ろで小動物よろしく、保護欲オーラ全開のユーリさんは、その表情が恐怖に凍りついた。どうやら、身に覚えがあるようだ。どうやら、管理者の証言と調査の結果は間違いないようだ。

「な、何の事かしら?」

 とぼけるように聞き返すと、カイルさんがユーリさんを守るように抱き寄せる。

「貴様、ユーリが何だと言うんだ」

 そう言ってくるので手帳に箇条書きで書き込んでいた、証言を読み上げる事にする。

「ユーリ・ロードウェル、ロードウェル侯爵家次女であり、アルワンダ公王、次期皇帝、カイル・アルワンダとの婚約を先日発表、次期皇妃になることが正式に決まった、転生前の名前は田中久子」

「いやあああああああああ」

 その名を呼ばれた瞬間、ユーリさんは悲鳴をあげて床に膝を着いて崩れた。

「これはまた、随分と古風な名をされていたんですねえ」

「嫌、そんな名前で呼ばないで! 私はユーリよ」

「ユ、ユーリ……」

 ユーリさんの豹変振りに、カイルさんは狼狽する。彼女がここまでパニックに駆られる姿を見るのは初めてだったのだろうと思っておく。

「さて、彼女の正体も分かった所で本題に入りたいんですが、貴方、随分と好き勝手やったみたいですね。管理者の方から被害届出てますよ」

「ひ、被害届?」

 恐る恐るユーリさんが顔を上げる。思ってもいない言葉に思考が追いつかないようだ。

「貴方、転生特典措置としてもらった魅了使って、留学先のアインクラウド王立学校で好き勝手やってたでしょ。やれ、スラムが汚いって、スラム街を人ごと焼き払ったり、貢物が欲しいって通っていたアインクラウド王子に我侭言って国の財政傾かせたり、好き勝手を咎めた人間には冤罪被せて、国から無一文で追放する。おかげで君が国に帰った後、アインクラウド王国は君のせいで破綻しかけた国家予算を補填する為に、増税に次ぐ増税、それに耐え切れず民は暴動、国王は財産持って逃亡するも失敗して、国民による暴行の末に処刑、国一個潰しておいて許されると思いますか?」

 悪行を読み上げていくたびに、ユーリさんの顔から血の気が引いてゆき白から青、更には紫に変わっていった。

 言っておくが、言ってるこっちだって結構、引いているのだ。元が付くが同郷の人間が他所で悪女として君臨して、悪逆の限りを尽くすって、同じ地球人として穴があったら入りたい位だ。

「はい、そう言うわけでユーリ・ロードウェル……改め田中久子さん、管理世界損壊で退去申請出ましたんで、身柄の拘束をさせてもらいますよ」

「嫌、放して!」

 手錠を取り出して腕にはめ様と腕を掴むと、それから逃れようと抵抗してくる。生憎と、そういう人間とは何度も相手しているので、軽くあしらって手錠をはめる。するとユーリさんの体が光に包まれた。

「き、貴様、ユーリに何をした!」

「見てれば分かりますよ」

 私が付けた手錠、異世界転生対策係特製、拘束手錠は、転生先で授かった肉体と能力を一時的に凍結させ、転生前の肉体に戻す処理がされたものだ。つまり、今の彼女はユーリ・ロードウェルなどではなく、田中久子という日本人に一時的に戻ったわけだ。

 つまり、

「ユ、ユーリ、その姿は……」

「う、嘘、嘘でしょ」

 長身、メリハリの着いた体つき、金髪で貴婦人を思わせる容姿をしていた姿ではなく、お世辞にもふくよかと言えない丸太のような肉体、手入れの行き届いていないばさばさの黒髪、ソバカスに吹き出物、着ていたナイトドレスはそのふくよか過ぎる肉体により限界まで伸びきるという、正直、手錠をかけた事を心底後悔する光景がそこにあった。

「な、なんと醜い……、これが余が愛したユーリの正体だったのか、おい、葵とか言ったな、そこの醜い女をさっさと連れていけ」

「待って、カイル」

「黙れ、醜い雌豚め、よくも余を騙してくれたな! 二度と名を呼ぶな」

「そ、そんなカイル!」

 先程迄、押し倒して大人の階段登る気満々から正反対の豹変振り。転生特典の魅了も解除されたようだ。

 ユーリ、いや田中さんに止めをさして貰ったしさっさと退散しよっと。

 それにしても、最近は転生被害が多いな。今月だけでも何件だ。さっさと身柄を引き渡して、行き付けの喫茶店で一杯やろっと

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