監禁系ヤンデレの旦那様と無気力系引きこもりの私の日常。
「カナさん、お家から出ないでね?」
そんなことを言われても出られるわけがない。
歩くとじゃらりと音がする。
音源は足首から伸びる細い鎖。足首に当たるところは、やわらかい素材で出来ていて怪我をしないように配慮がされている。だけど、歩くときに邪魔でしょうがない。
家の中を歩くには十分な長さだが、決して外に出ることは出来ない長さ。
監禁された。
旦那様がヤンデレだったんだ。
***
私は佐藤加奈子。二十●歳、職業奥さん。
大学を卒業してすぐに結婚した、どこにでもいる平凡な女だ。いや、普通よりもちょっと面倒くさがりな性格でちょっと引きこもりかもしれない。
こんな私のことを旦那様はとてもよくわかっていると思う。
当時一年間付き合っていた旦那様からのプロポーズは、私がそろそろ就職活動をしなければいけないかなー?と思いはじめた日のことだった。
『カナさん、僕と結婚してほしい。もちろん君は何も働かなくていい。全部僕がしてあげる。仕事も家事も全部僕がやる。だから、僕だけを見て?』
私は即行了承した。
『よろしくお願いします』
数少ない友達には「やめておきなよ!」と言われたが、「働きたくないでござる」と言ったら沈黙した。
友人よ、ホントこんなやつですまん。
旦那様は、なかなかわけがわからんヤツだ。
付き合っていたときはそんなこと無かったんだけど、結婚した途端に「ごめんね?」と言いながらも私に鎖をつけるようになった。
別に逃げたり外に出たりしないんだけど……。そう言ってみたこともあるが、旦那様はイイ笑顔で「鎖につなぐと安心するんだ」って言ってきた。
うん。頭がオカシイね! でも、こんな人を好きになってしまった私って……いやいや考えない考えない。
これがさっちゃんの言っていた監禁系ヤンデレってやつかぁ。私は日々実感している。
……まぁ、鎖が邪魔であること以外は問題ないかな。そもそも私は動かないし。
以前、実家の家族が健康グッズにハマっていたときに貰った万歩計で、一日三百歩という大記録を出した私だ。歩かないのは余裕だ。
それに鎖が邪魔だから歩かない。これは仕方ないことだよね。うん、これでいこう。
誰に対する言い訳かわからないが、理論武装は万全だ。
私は旦那様に報告義務がある。
その日に何をしたか、事細かに聞かれる。
普通の人は嫌がるかもしれない。そんないちいち報告するなんて……と。
だが私は構わない。
それだけでなにもしないで一日中ゴロゴロ出来るなんて幸せだ。
悠々自適サイコー!
しかし、私の一日など特筆すべき事柄など起きない。
朝、旦那様に起こされ朝食を食べる。もちろん朝食は旦那様の手作りだ。
一応最初は手伝う気持ちがあったんだが、包丁で指を切ってから旦那様に禁止された。
……役に立たない嫁で悪いね。
申し訳なさが少しあったのだが、旦那様に「君に怪我をされる方が嫌だよ。それに、家事も全部僕がやるって言ったでしょ?」と言われたのだ。
正直ありがたかった。
私は家事が壊滅的にダメなのだ。頑張ってもどうにもならないレベルでダメだ。
実家にいたときも、料理をしようと包丁を持てば指を切り、洗濯をしようとすれば洗濯機を泡まみれにし、温めるだけなのに電子レンジを黒焦げにした。再挑戦してみたときは中身がバクハツしてしまった。うぅむ……解せぬ。
実家の家族からは包丁・家電使用禁止令が出されているほど酷いのだ。唯一許されているのが野菜を洗うのとお皿並べだけという体たらくだ。
朝はご飯を食べて旦那様に“いってらっしゃいのちゅー”をしたら奥さんの仕事は終了である。実に簡単だ。
しかし、一つだけ難があるのは“いってらっしゃいのちゅー”がなかなか終わらないこと。
──ちょっと旦那様、朝から舌を入れるのはどうかと思うよ。てか長いよ!
終わったころには私はぐったり、反対に旦那様は元気に出勤する。
絶対私の精気を吸っているよね……。
朝から疲れたので、少し寝ようと思う。睡眠って大事だよね。おやすみなさい。
さて、お昼は特にやることがない。家事は旦那様が朝早く、私を起こす前に終わらせている。目覚まし時計に頼らずに起きれる旦那様はとても凄いと思う。私にはとても真似できない。
うーん、何をしようかな……と考えていると、数少ない友人のさっちゃんから電話がかかってきた。
さっちゃんは小学校からの友達だ。ふわふわした可愛らしい外見だけど、とてもしっかりした芯のある女の子だ。昔から世話焼き気質で、私はいつもお世話になっている。大好きな無二の親友だ。
ちなみに電話は旦那様が許可した人とだけ通話出来る。そのことに不満も問題も無い。だって知り合い少ないし。増やす予定もない。
「もしもしー、さっちゃん?」
『カナちゃん、久しぶり! 最近どう?』
「いつも通りだよ」
どうやら、私の事を心配して電話をくれたようだ。
さっちゃんも仕事が忙しいらしいのだが、こうして一週間に一度は連絡をくれる。とてもマメな子だ。
マメな彼女に学生時代はいつもお世話になっていた。感謝感激雨あられである。
私が結婚する前に『やめておいた方がいい』と忠告してくれたのはさっちゃんだ。必死に『佐藤くん、絶対ヤンデレだよ!』と忠告してくれたのもこの子だ。ホントいい子だよなーと思う。ちょっとオタクな残念美女だけど。
『ねぇ、カナちゃん……最近外へ出たのいつ?』
「んー、いつだったかな?」
マジで覚えてない。
それを察したのか、電話の向こうでさっちゃんが呆れているのがわかる。
しかし、私にも言い分があるのだ!
「だってさぁ、毎日ゴロゴロしてると、時間の感覚が……」
『もう! カナちゃんのダメ人間! 太っちゃうよ?』
可愛らしく怒られてしまった。
『……でも、そういう所がほっとけないのよね』
私の友人マジ天使。
このあとも色々とお互いの近況……というか、さっちゃんの近況を聞いたり、とりとめのないことをおしゃべりして通話を切った。
「今日は何をおしゃべりしたの?」
夕方、いつも通り帰宅した旦那様にはさっちゃんとおしゃべりしたのがバレていた。
……なんで知ってるの? 顔に出てたかなぁ。
よくわからなかったが、さっちゃんとしゃべった内容は特に隠すこともないので、そのまましゃべった。大したことのない内容だが、旦那様は楽しそうに聞いている。
ここでふと最近気になっていたことが頭をよぎった。
「そういえばさ、聞きたかったんだよね。本当に結婚をするの私でよかったの? こんななにもしない嫁、普通イヤじゃない?」
私はどこにでもいる平凡な女だが、旦那様は非凡な人だ。頭は良いし、背が高く、実家もお金持ち。さらに自分でもかなり稼いでいる。そして、涼しげな美形だ。大学時代しか知らないが、そりゃあもうモテていた。バレンタインデーとかヤバかった。段ボール五箱は貰いすぎだと思う。まぁ、私もチョコを消費するのを嬉々として手伝ったけどね!
私が真剣に聞いているのに、旦那様はきょとんとしてから大笑いした。
「あは、あはは! そういうところが君らしくて好きだよ」
……よくわからん。
ジト目で見ると、旦那様はようやく笑うのをやめてくれた。しかし、まだ少し笑いを湛えた瞳で見つめられる。私は目力を込めて見つめ返した。
そこでやっと旦那様が正直に答えてくれた。
「なんでカナさんと結婚したかって? それは、僕がいないとやる気がない君が死にそうだからだよ。僕がいないと生きていけないとか最高だ。むしろ僕がいなければ息も出来なくなればいいのに。だから、ねぇ。余計なことは考えないで、もっと僕に依存して?」
おおぅ。流石ヤンデレ。ぶれないな。
旦那様の涼しげな美貌には、毒花のごとく鮮やかで目が離せない美しい笑顔が浮かんでいた。私の旦那様は超歪んでいる。
まずいな。これはまずい気がする。自分に甘い私をさらに堕落させる悪魔の囁きだ。抗わなきゃいけないのだと、わかっている。
わかっているんだけど……。
「あなたが、それでいいのなら。これからもよろしくね」
気がつけば、そう答えていた。
旦那様は、それはもう嬉しそうに笑った。背後にキラキラエフェクトが見える。
その笑顔を見て、何だかいつもよりさらに体温が上昇するような気がした。
ん? ……あれ? あれー? オカシイな。
別に旦那様の笑顔なんて今まで何回も見ていた。以前と特別違う感じでもない。(旦那様は私といるときはいつも超笑顔だ)
「ん? どうしたの?」
旦那様が私と目を合わせてくる。
私は咄嗟に下を向いた。
……なんだこれ。
今まで感じたことがない謎現象が起きている。
旦那様が、キラキラして見える?
……眼科行くか?
私の態度をどう思ったのか、旦那様は首を傾げてからなにかに思い当たったかのようにうなずいた。
「うん。順調だね」
その不穏な言葉に勢いよく顔を上げる。
「……何が?」
「あはは、何だろうね?」
これは……うん。聞かない方がいい。
私の鈍った危機察知能力が警鐘を鳴らしている。
コレハ、シラナイホウガイイ。
追及するのをやめた私を見て、旦那様は「……なんだ、残念」と小さく呟いたが私には聞こえなかった。うん。聞こえなかったよ。
世の中には、知らない方がいいことが沢山あるよね。
私は今日も世界の真理を学んだ。
夕食を食べ、お風呂に入ったあと……。
久しぶりに体重計に乗った私は、その数値に眉をひそめた。
「……私、太った?」
以前よりかなり増えていた。
これは鎖の重さだと信じたい。鎖、細いけどね!
「そんなこと無いよ。どれどれ?」
私のつぶやきを拾った旦那様が体重計を覗きこんでくる。私は血の気が引いた。
「ちょ、見ないでよ!?」
「別にいいじゃない。……ん、でもそんなに気になるのなら────」
にっこり。
旦那様はその美しいお顔にイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「僕と、二人でたっぷり運動しようか?」
「……っ」
触れ合いそうな距離で、吐息のような声を耳元に吹き込まれる。
ぞくりと肌が粟立った。
とっさに後退る私の様子に、旦那様はそれはもう愉しそうに笑った。そして、蜜のような甘い声で私を呼ぶ。
「ほら、おいで? 鎖を解いてあげるから」
……そんなんで解いてくれても、嬉しくないから!
こうして、不本意ながらもたっぷりと運動してしまった。せめてダイエット効果があったと信じたい。
私は佐藤加奈子。二十●歳、職業奥さん。
旦那様は監禁系ヤンデレだけど、何だかんだで日々幸せな私である。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
旦那さんに毒されている奥さん。
旦那さんの「奥さんを依存させよう計画」は順調。