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記憶屋の使用人

作者: 葉月

「記憶の部屋の掃除を君に任せたい」


白髪の混じった初老の男は言った。

この男は目の前に居る男の主人なのだ。

主人は、顔は笑顔だが有無を言わさぬような声色で言う。


「君はこの屋敷にいる使用人の中で一番ベテランで、一番信用が出来るんだ」


主人は窓の前に有る机に手を置いた。

手を机から離すと、そこには“書物”と書かれた鍵が置いてあった。

まだ、若そうな男は無表情のままその鍵を見つめた。

しばらく見つめてから、主人の方を見て目を細めた。


「了解致しました」


男が部屋を出ようとした時主人は少し慌てた声で引き止めた。


「あぁ。待て待て。注意がいくつかあるんだ。一つは、落ちている書物を見過ぎないこと。知ることはとても良い事だが、知りすぎるのは良くないからな。ただ、少しなら見ても良いぞ。二つ目、これは重要だ」


主人は、男の目の前まで近づき男の顔の前で人差し指をたてた。


「“幽霊”を部屋から出してはいけないよ」


「……“幽霊”…ですか?」


何を言っているか理解が出来ない、と言うように男は首を小さく捻った。


「本名は違うけれど、記憶の媒体と言ってもいい人物だ。とにかく、彼女を外に出してしまったら街中…いや、世界中が大変な事になる…わかったな?」


「?了解致しました」





男は部屋を出ると、ドアがたくさん並んでいる廊下に出た。

壁紙は、他の使用人が掃除しているからとても綺麗な白を保っている。

男は、壁を全く見ようともせず、階段を降りて行った。

降りた先には使用人ですら、入ることの出来ない古びたドアの部屋がある。

ここは、手付かずなためホコリがいくらかまっている。

男はドアノブに鍵を入れると左に回した。

鍵を外すとギィィッという古びた音が鳴った。


「…これは…凄い」


狭い部屋にたくさんの本棚が並んでいて、どれも天井まで届きそうなほど大きな大きな本棚。

地面には、本がいくつも積み上げられていて、とても汚く見える。

中に入ると手前に大きな窓があり、そこから光が差し込んでいる。


「やれやれ…」


男は、本を手に持ち近くにある本棚へ入れた。

その作業を一時間近く繰り返していくと散らかった部屋はだいぶ片付いたが、流石に疲れたのか手前にある椅子を引いて座った。

ふと大きな窓に目を移すと、先ほどまでは何もいなかったのに少女が出窓に座っていた。


「わ…わぁ!」


男は、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになったがなんとか体制を整えた。


「……お客さんだなんて、珍しい…」


髪が腰あたりまで伸びていて、白いワンピースを着ていた。

清楚な姿と、出窓で本を持っている姿はどこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。


「…ふふ。私の事は気にしないで掃除でもやったらどうかしら?」


多少釣りあがった目が男を挑発的に見つめる。

男は、戸惑っていたがその挑発に乗ることなく、小さなため息をついた。


「暇なのなら、一緒にやりますか?」


女は、目を開いて驚いた顔をしたが、出窓からヒョイッと降りると自分の持っていた本を本棚に戻した。


「こんな風に?」


「……そうですね」


男はそれだけ言うと黙々と片付けを再開した。

女はそんな男の姿を見てつまらなさそうに、唇を尖らせた。

二人で片付けを始めて数十分後ぐらいに女がついに口を開いた。


「なんで、私がココにいるかとか…聞かないの?」


男は椅子に乗り一番上の段に本を入れてから返事をした。


「聞いて欲しいんですか?」


「…べ、つにそう言うわけじゃ…」


「あなた“幽霊”さんですよね?主人が仰っていました。ココに“幽霊”がいると」


女の言葉を遮って男は喋った。

本を持ったまま女は片付けを続けている男をジッと見ていた。


「……変な人」


「ありがとうございます」





窓から照る光がオレンジ色に変わった頃、この部屋の掃除が終わった。

男が部屋に来てから五時間位経過していた。

男が部屋のドアノブを掴んだ時女は、遠くから声をかけた。


「……でちゃ…だめ…だよね」


女の悲しそうな声に男は、動きを止めたが振り向いて女を見つめるその視線は無機質な冷たい視線だった。


「残念ながら、主人のお言葉は絶対ですので」


「ーー!っ……じゃあ、また来る?」


「……さぁ?主人が行けと仰ったら来ますよ」


「その時は!」


男はドアを開け、部屋の外に出た。


「私とお話して…!」


言葉の途中でピシャリとドアを閉め、鍵をかけてしまったので、後半の声は男の耳には届く事はなかった。


「機会があれば、また」


男は鍵を閉め開かずの扉に声をかけたが、その声が部屋の中にいる女に聞こえる事は、なかった。

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