決断 3
いかれている、としか言えなかった。
浮かれる気持ちはよく分かる。大して面白くもない授業にただ耐え、やっとの思いで授かった使い魔ならば、可愛く思えないわけがない。しかし彼女はその気持ちを、ただペットと同様に使い魔に与えてしまった。使い魔は太古の昔より除霊師とともに戦ってきたし、その誇りを遺伝子の奥深くに刻み込んでいる、いわば戦友だ。その戦友をペット同然に扱えば、使い魔が傷つくのは当然だろう。その時点で、彼女は除霊師として生きる資格を失っている。
ひとりになったシャファルは、深い溜め息を吐きながら手近な枯木に腰を落とした。久々に激怒したからか、疲れていた。
もともと感情を表に出す体質ではない。あれほどの長広舌をしたのは、一体いつ以来だろうか。
旅立ちをするには、時間がかかりすぎた。今から旅立っても、日が暮れる前に隣町まで辿り着くことはできないだろう。おまけに今からフィルハート相手に囮作戦を決行しなければならないのだ。もともと家を持たないシャファルは野宿しか選択肢を持たないが、フィルハートがうろつく暗い森で一夜を明かすことを想像しただけで鳥肌が立つ
。
まったく、完全に予定が狂ってしまった。全てはあの自分の立場をまるで理解していない少女のせいだ。
「あの、すみません…」
遠慮がちに声をかけられ、シャファルは顔だけをそちらへ向けた。その先にいたのはやはり、自分の立場をまるで理解していない少女だった。
「何の用だ。早く学院に戻れと言っただろう?」
「その、お尋ねしたいことがあって」
「何だ」
「どうやったらシレアの信頼を取り戻せますか?」
少し、少女を見直した。
あれだけ厳しく言ったのに、少女は微塵も落ち込まず、次に自分がどうすべきなのかを考えている。
「さっきも言ったが、ヘンザーバーはプライドの高い種だ。一度見限った相手を認めることは決してない」
泣き出す。そう予想したシャファルは身構えた。しかし少女はシャファルの予想に反し、唇を噛みしめて「そうですか」と呟いただけだった。
「わかりました、ありがとうございます…最後のお願いです。私に戦い方を教えて下さい」
「は?」
予想外、などというものではなかった。一体この少女が何を考えて喋っているのかが、まるでわからない。
「私は何も知りませんでした。あなたの言ったことを、何一つ。そしてそれは、学院の先生も教えてはくれませんでした。あの学院にいても、私は何も変われない。でもあなたは違います。教えて下さい、どうすればシレアに認めてもらえるぐらいに強くなれるのか」
「すまないが、それは無理だ」
「どうして…?」
「まず、俺はこれから旅に出るつもりだ。自分の身の保障すら出来ない、危険な旅だ。そして第二に、俺は若手を育てる器も権利も持っていない」
「それじゃあ、私もついていきます」
「お前、人の話を聞いていなかったのか? 危険な旅だと…」
「どうしようもない時は見放して下さい。私は死ぬ覚悟でついていきます」
「馬鹿が。死ぬ覚悟なんて、そうすぐに…」
「それでも、私にはそれしかないんです!」
少女が声を潤ませると、シャファルは反駁を飲み込んだ。少女の金色の瞳の奥に見えた光に、既視感を覚えたのだ。
「私はどうしても除霊師にならなくちゃいけない…ならなきゃ、生きてはいけないんです。強い除霊師になるためなら、私は手段を選べない。私に選択肢なんてないんです!」
「分からないな。何故君はそこまでして除霊師になりたがる?」
「それは…言えません」
口ごもる少女を見ながら、シャファルは考え込んだ。
本来なら、こんな年端もいかない少女を連れて旅に出るなど論外だ。しかしそれを分かっていながらも、シャファルは好奇心を押さえきれずにいた。
知りたい。この少女がこんな瞳を輝かせる理由を知りたい。もしかしたらそれがシャファルの探しているものなのかもしれないから。
「お前、名前は?」
気付けば、そう尋ねていた。さっきの少女の頼みに対する肯定になっていた。
少女もそれに気付いたのか、パッと表情を輝かせて答えた。
「リアフィールです。リアと呼んでください」
少女の嬉しそうな表情に、シャファルはぶっきらぼうに「シャファルだ」と応じた。