決断 2
青年が最も予測していない、そしてリアフィールが最も取ってはいけない選択肢であったことは、明白であった。青年の足を引っ張るまいと、青年の提案した囮作戦を真っ向から拒否した手前ならばなおさらだ。しかしリアフィールは、青年の足手まといになるであろう未来を選んででも、やらねばならないことがあった。というよりは、それを選びたかった。
当然、断られるだろう。青年は己の危険すら顧みず、やっとのことでリアフィールを助けた直後なのだ。その助けた少女にいきなりそれを言われれば、断るのは当たり前。怒鳴られても不思議のない状況。
そんなリアフィールの予測に反し、青年は短く尋ねただけだった。
「なんで」
「へ?」
「何で俺について行きたがる」
「え? え、えーっと…私の使い魔がまだ、この森の中にいるからです」
「使い魔?」
「はい。森にはまださっきの呪霊がいますよね。だから心配なんです。早く見つけ出さないと…」
青年はしばらく黙り込んでしまった。何かを考えているのは分かるのだが、残念ながら何を考えているのかが分かるほど、リアフィールは青年を知らない。
「お前…学年は」
「い、一等生です」
ラスクーツ学院は三年制の学院で、三等生、二等生、一等生の順に昇級していく。三等生のうちは使い魔を言葉でしか知らないが、二等生になると、自身の使い魔が与えられる。稀に家系で受け継がれる使い魔もいる。リアフィールの使い魔・シレアもそのうちの一種だった。
「使い魔の種類は」
「えと、確か…ラズオルド・ヘンザーバー種の幼生、です」
「珍しいな」
「はい、よく言われます」
「そっちの珍しいじゃない。ヘンザーバーの幼生が飼い主の除霊師から離れるのが珍しい、と言っているんだ」
「え、そうなんですか?」
「ヘンザーバーは常に敵と自分、ないしは自分の除霊師との力量をはかりながら戦う賢い種だ。そして除霊師が窮地に陥った時には、たとえ敵が格上であっても命懸けで戦う、忠実な種でもある。その反面プライドが高く、自分と切磋琢磨し合える者にしか懐かない。言っている意味が分かるか」
決して短くないそのセリフを淡々と口にする間、青年は眉一つ動かさず、感情が表情に現れることもなかった。しかしその言葉の内容、そして何より青年から発される空気の中に、リアフィールは戸惑うほどの怒りを感じた。
「シレアが私を認めていなかった…そういうことですか?」
「今すぐ消えろ、そして除霊師を辞めろ。お前に使い魔と戦う資格はない」
「ちょっ、それは言い過ぎじゃないですか!?」
これには普段本気で怒ることのないリアフィールでも怒った。まだ出会って数時間も経っていない青年に、何故そこまで言われなければならないのか。
「私だって二年間、必死に勉強してきたんですよ? 全ては除霊師になりたいから…いいえ、ならなきゃいけないからです。見ず知らずのあなたにそんなこと言われる筋合いはありません」
「お前がそう言うのは自由だ。だがその結果苦しむのは、お前の使い魔だ」
「何を根拠に…!」
「この状況だ。お前がしているのは除霊師ごっこだ。そうして遊んで使い魔を苦しませるぐらいなら、除霊師を辞めろ。俺の言っていることぐらい分かってもらえるな」
直接的にそこまで言われて、リアフィールは完全に反論の言葉も封じられてしまった。そう、青年の言うことは事実そのものだ。リアフィールが何と反駁しようと、青年は同じ事実を、更に切れ味を上げて返してくるだろう。
「ヘンザーバーの身を案じているのなら、それは杞憂だ。さっきも言ったが、ヘンザーバーは賢い使い魔だ。幼生ならなおさら、危険なフィルハートに近付きはしない」
項垂れたままのリアフィールにそれだけ言ってから、青年はさっさと立ち上がり、森へと歩き出した。