決断 1
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不思議な女だ。
ぐったりと気を失っている少女を見下ろしながら、シャファルはそう感じずにはいられなかった。
あんな危険地帯に、学校の制服でウロウロするなんて、どうかしている。おまけに使い魔を引き連れずに。大方同級生と喧嘩したとかなんとかなのだろうが、だからと言ってそれが自殺行為だということぐらいは分かるだろうに。彼女の行いを検証すればするほど、驚きを通り越して呆れるしかなくなる。
ともあれ、嫌な旅立ち方をしてしまった。戦闘スタイル上呼び出せる呪霊の数には限りがある。その呪霊をあんな形で、2体も失ってしまった。かと言って、少女を見捨てて行くわけにもいかなかったのだから、仕方がないと割り切るしかない。
おまけに安全区域と思われる湖の畔には出たものの、一歩でも背後の森林のなかに戻れば、またフィルハートのうろつく危険地帯。これ以上呪霊を失えば、シャファルの今後の旅路に少なからぬ被害を与えるだろう。
ともあれ今は呪霊のことよりも、この少女を無事、学院へと送り届けなければ。またあんな後悔をするぐらいなら。
「ん…」
短い呟きとともに、小さな体が起き上がった。肺の中に水が入った恐れがあったが、今のところは大丈夫そうだ。
シャファルが見守る前で上体を起こした少女は、不思議そうな顔で辺りを見回し、最後にシャファルを確認したようだった。
「…だれ?」
少女の問いには答えず、シャファルは自分のポーチから薄い麻布を取り出し、少女に放った。
わけが分からない、という顔で受け取り、麻布とシャファルを交互に見比べる少女に、シャファルは呆れながらもそれを表情に出さなかった。
「風邪を引く。それを着てたら、まだマシだろう」
ようやくシャファルの意図を理解したのか、少女は礼を言ってからゴソゴソとそれを身につけた。
「お前はまっすぐ学院へ帰れ。フィルハートは俺が引きつけておく」
「フィルハート?」
「さっきの竜型呪霊だ。学院生ならそれぐらいは知っているだろう」
水面に叩きつけられるまでの記憶が飛んでいるのだろう。この年の少女があのような恐怖に晒されれば、無理もない。
それでも徐々に思い出してきたのか、少女の顔は「状況を理解できない」から過去の恐怖へと戻って行った。
「助けてくれたのは、あなた…ですか?」
「他に誰がいる」
シャファルのぶっきらぼうな返答に、少女は再びぺこりと頭を下げて礼を言った。
「すみません、ありがとうございます! 私ならひとりで帰れるのでお構いなく!」
「じゃあ早く帰れ。道案内用に呪霊を一匹、つけてやる」
「いや、ですから私にはお構いなく!」
「お前…」
今度はさっきとまるで逆…呆れながらも、シャファルは驚きを感じていた。
記憶が一時的に飛ぶほどの恐怖を味わったばかりの少女ならば、普通は学院まで護衛を頼むだろう。ひとりでフィルハートと戦えないのは火を見るよりも明らかなのだ。それにも関わらず、少女はシャファルに迷惑がかかることを一に心配している。肝が座っているのか、頭の悪い馬鹿なのかが分からない。
しかしそれを譲ってシャファルが少女を置いて行けば、少女は確実にフィルハートの餌食になる。やはり断り、自分が囮になるしかないと説得しよう、と決断を改めたシャファルだったが、それより先に少女が何故か主張を変えた。
「すみません…やっぱり、私も連れて行ってもらえませんか?」