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Trump  作者: 畔坂 鉈
ふたりのプロローグ
2/9

プロローグ・リアフィール

✳︎✳︎✳︎



全て自分が悪い。そんなことはよく分かっている。

完全に自惚れていた。自分がこよなく愛する使い魔ならば、たとえ変幻が出来ずとも、弱い呪霊の一体や二体、十体だってチョチョイのチョイだと信じて疑わなかった。それが有り得ないことだと指摘され、図星だったが故に頭に血が上ったのだ。

リアフィールはラスクーツ学院では下の下の成績を修める、劣等生という言葉が一人歩きをしているような少女だった。何をしようとドジばかり。使い魔の飼育だって、愛情さえあれば何とかなる! と可愛がるだけで、ろくに変幻の練習もしなかった。ラスクーツ地方では珍しい小型火竜、ラズオルド・ヘンザーバー種のシレアが変幻が出来ないのも当然だった。

それを同級生の男子に指摘され笑われた時、リアフィールはかっとなって叫んでいた。


「変幻なんか出来なくたって、シレアが本気を出したら、呪霊なんか捻ってポイなんだから!」


根拠のカケラもない言葉だった。なおかつ幼稚極まりない発言だった。今時「捻ってポイ」などと表現する人間などいないだろう。

リアフィールの返答に、男子学生も調子に乗ってしまった。


「じゃあそれを見せてみろよ。森で最近呪霊が出て来てるって噂だぜ。一体でも狩れたら、お前を認めて1ヶ月昼飯おごってやる。その代わり、出来なかったら昼飯1ヶ月おごってもらうぜ!」


「一体? ずいぶん優しいのね。六体ぐらい狩って、半年はおごってもらうから!」


矮小としか言えない口喧嘩。しかしリアフィールはやる気満々になり、翌日、学院の授業を丸投げにして森へと走ったのだった。

しかし森で2時間走り回っても、呪霊はおろか、猫の子一匹見当たらない。この森は呪霊が多いが、同じぐらい野生動物が多いと聞いている。熊だのワニだのが頻繁に見つかっては、街の住人を竦み上がらせていた。それすら全く姿を現さない。

いいかげん疲れて帰ろうとしたリアフィールが踵を返したところに、やっと呪霊が現れたのだった。

呪霊とおぼしき影を視認した時、リアフィールは俄然気合いを入れた。やっと私とシレアの実力を見せつけられる。呪霊もクラスメートも、ぎゃふんと言わせてやれる。

そんなリアフィールの自信が漲っていたのも、その呪霊が全身を見せるまでだった。木陰に隠れて見えなかった呪霊を姿を目にした、リアフィールとシレアのついさっきまでの自信を跡形もなく崩された。

全長15メートルはあろうかと思われる巨体。ギラギラと血走る、獲物を捜す捕食者の眼。全身を覆う白銀の鱗は、何かもわからない物の血液で、赤く染まっていた。

大型竜の呪霊。100年に1度現れるかどうかと言われる、超稀少種だ。食物連鎖の完全な頂点に立つ大型竜は、他の呪霊とは比べものにならない獰猛さで、視界に入った者を片端から喰らい尽くす。学院ではそう教えられる大型呪霊竜の特性を、学院一の劣等生として名高いリアフィールが知るわけがなかった。

しかし知能をはじめとした各種能力がことごとく乏しいリアフィールでも、大型呪霊竜の後ろで物言わぬ肉塊と化していた中型呪霊を見た瞬間、何故自分が森の中で動物の一切を見なかったのか、そして現在自分がどんな状況に置かれているのかを察することができた。

蛇に睨まれた蛙でも、これほどの恐怖を感じることはないだろう。リアフィールはあらんかぎりの悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。リアフィールと同じ恐怖に晒されたシレアも、リアフィールの後を追って逃げ始める。

草木が生い茂り、もはや道にもならない獣道を、リアフィールは息絶え絶えに走った。そのすぐ後ろをシレアが懸命に、更にそのすぐ後を大型呪霊竜が咆哮と共に追ってくる。一度でも振り返れば恐怖で足が動かなくなる。そんな確信があった。

急に地面がなくなった、そう感じた。正確には浅い川に出ただけなのだが、踏みしめる地面が水に変わったことで、リアフィールにはそう思えたのだ。

突然のことに対応出来ず、リアフィールは頭から川へと転がってしまった。見た目以上に浅かったらしく、石の川底にもろに衝突し、一瞬息が止まった。

すぐ後ろの木立ちの中から、勝利を確信した大型呪霊竜の歓喜の雄叫びが木霊した。

殺される。勝ち目なんてあったものじゃない。だけど…何もしないまま死ぬなんて、真っ平御免。

死の淵を覗き込んだリアフィールの思考は、不思議なことに果敢な方向へと転向した。私だって除霊師(ラルカーズ)見習い。獲物たる呪霊にただ殺されるだけなんて、絶対嫌だ。


「シレア!」


共に戦ってくれる使い魔の名を、リアフィールは必死に呼んだ。しかしその場に、シレアの姿はなかった。

飼い主であるリアフィールを置いて、先に逃げたのだ。変幻が出来ない、言い換えれば戦闘能力のないシレアには当然の選択だったはず。しかしリアフィールには、受け入れ難いものだった。


「うそ…シレア…」


愛情さえあれば大丈夫、という主張が間違っていた、それ証明されただけ。除霊師として、最もあるまじき結末だった。

もうダメ。諦め、木立ちから躍り出た大型呪霊竜を成す術なく見上げるしかなかったリアフィールの前に立ちふさがったのは。

白馬の王子様。いや、鳥型呪霊の見慣れぬ青年だった。

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