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犀川が運転する車の中、俺とヨリは簡単に着替えを済ませると三条達が今夜パーティを行うであろうビルの地下へ向かった
俺はショルダーの中を確認しながら、昨晩のことを考えていた
願望屋に頼んだルートでの接近は、時間通りに間に合った
カナメとの合流も、全てが円滑だった
ただ、少しだけひっかかることがあった
***
「ただいま戻りました、三条さん」
ドアを開け、三条を見つけるなり俺の口は勝手に動いた
いつもの暗闇の中、片手にはワイングラスを持ち 馬鹿でかい一面の窓に背を向けて俺の方に三条は顔をかたむけた
「ご苦労だったなセイジ、」
いつもの台詞、いつもの笑顔
作られた、偽物の笑顔で三条はうっすらと笑った
俺は沸き上がる何かを握りつぶして、三条に今回のターゲットから奪還した資料を差し出した
あえて何も言わない。下手に動くと、何かを悟られるのではないか―――――それだけが、俺の口を凍らせた
三条は、それを無表情のまま受け取って、俺にもう一度微笑みかけた
後ろにいたカナメは、三条から資料を受け取ると、そのままページをぱらぱらと捲る
「・・・・別にコレと言っていじられたような形跡はないですねぇ」
京都なまりが混じったようなやわらかい声は、ただ誰に拾われるでもなく部屋の中に落ちた
どうやらアンドロイドのカナメには、何か特殊な機能を備えているようだ
資料の調べが一通り終わると、カナメは資料をそのまま三条の手元へと返す
「異常はありません、特に気にするような事はないですよ?」
それだけ言い終わると、くるりと踵を返したようにとびきりの笑顔をみせた
三条に、というよりも『俺に』と言った方が正しいのかもしれない
俺はカナメと眼を合わせないように気を配って、そのまま何気なく俯いた
そのことに気が付いたのか、カナメはすぐに口を開く
一つ一つの動作が嫌に綺麗で、俺は一瞬カナメがアンドロイドだということを忘れそうになった
「僕はまだ仕事がありますから、これでよろしゅうお願いしますわ」
カナメはそれだけ言うと部屋を出る
部屋の中には、三条と俺だけが残された
何も無い空間に、ただ薄気味悪いような沈黙だけが流れる
その時、三条の持っていたグラスの中のワインがグラリと揺れた
「ところでセイジ、」
「はい、何でしょうか」
試すような視線に、俺は顔を上げ三条を見た
真っ直ぐな視線はどこか遠くを見つめるような瞳をしている
俺の返事に満足そうな声がした
「今回の任務ご苦労だった。時間も守れていたしな」
「はい、ありがとうございます」
「それで、堤のことなんだが、・・・・」
彼は今何処に居る?
何も語らない口の代わりに、三条の瞳が鋭く光った
俺は、ゆっくりと間を置いてから口を開く
「カナメが処理をするかと思います。今回はヨリが後処理をする形だったので。最も、左程問題は無かったように思いますが」
今回の件でヨリからの報告は必要ないと考えますが、と付け加え俺は口を閉じた
もしかしたら堤という男は思った以上に価値のある男なのかもしれない、ということに初めて気が付いた瞬間だった
ただ、今はヨリが三条に接触するのかどうかが心配だ
そればかりが前へとおし進んできて、深く追求して考えるのが難しい
それよりも、今回の資料が一体何だったのかを聞き出す方が先決だ
いつものタイミングで、三条から声がかかる
「そうか、なら今回は矢木那に話を聞く事はなさそうだな。ではもうさがっていいぞ、明日の任務ではナンバーズは全員集合するからな、くれぐれも遅れないように」
「はい、わかりました。では、失礼します」
そっと息を吐いて、ショルダーに手をかける
そのまま背を向けて、ドアの前に立った
俺は、部屋を出るフリをして、わざと思い付いたような声をだした
「三条さん、一つ聞いても宜しいですか?」
「何だ?」
「今回の報酬金額は?」
俺達のランクはすべて数字で現れる
それが一番分かりやすい
けれど、何よりも残酷だ
今回の『資料』が三条にどの程度重要視されているのかで、俺の報酬はかわってくるだろう
俺の問いに三条は、少し意外そうな顔をして俺を見た
「・・・・珍しいな、セイジがそんなことを気にするなんて、」
「少し欲しいものがありまして」
「そうか、」
俺の冗談に目の前の男は面白そうに薄く笑うと、軽い口調で笑い
その後に俺目掛けて手元にあった純金で出来た薄いカードを投げ付けた
俺は、三条の動作に合わせて一歩身を引く
空気を切るようにして投げられたカードが、俺が向かい合っていたドアに突き刺さった
「今回は矢木那と上手く分けなさい、」
三条の言葉に沿うようにカードを抜き取り一礼した
「――――――ありがとうございます」
ドアを開き、そのまま一度も振り返らずに廊下へと出る
金色をしたカードには幾らかの数字と三条聰太郎の文字が刻まれている
溜息を押し殺して、俺は鉛色の箱を使う為にボタンを押した
乾いた音が、耳の中に響いた
少しだけ憂鬱な気分になったのは、三条に会った所為だ
それだけを何度も自分に言い聞かせた
――――――ただの金額で人の価値を決めるな、
本当は、それを揉み消すために言い聞かせていた
箱のドアが音もなく開いた
途端に汚いアナウンスの声がして、乗り込むとドアが閉じた
『お疲れ様ですセイジ様 明日の任務でのご報告をさせて頂いても宜しいですか?』
「あぁ、」
『ではお伝え致します―――――――』
壁によりかかって瞳を閉じると、世界のことはどうでもいいとさえ思えた
ただ、本当に欲しいものさえ手に入れば、
他の事はどうでもいいと
そう思えたんだ