表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/33

願望屋

『願望屋』


 それは願いを叶える場所、またはその存在するところ

 誰かの願いのために在り、誰かが願うからそれが在る

 例えそれが叶わないものだとしても


 誰かがそこで願うなら


 どんな願いにだって応えましょう

 今在る全ての世界をかけても

 その願いがなによりも強いものならば



 ◆ ◇ ◆



「それで、せーじくんは僕に用ってなんなわけ?」

 唐突に、お茶を啜りながら秋は頬いっぱいにお菓子を頬張って一人がけのソファに寄り掛かった

「僕本当はそんなことのために此処に願望屋開いたんじゃないんだよ?今日は別のお客さまが予約してあるから早くして」 

 そう言いつつも俺に向かいのソファをすすめて、別のカップにお茶を注いだ

「実は今すぐに三条のところまで行きたいんです」

 理由もなにも言いたくはない。ましてや、この人に俺が誰かのためにこんなに『願望屋ここ』を使うほど必死になるだなんて思われたくなかった

 殺し屋で伝説あかちょうにまでなった奴がこんなに怯えてるだなんてそんなこと

 俺の手がカップまで伸びたその時、突然秋は自分が持っていたカップをカシャンッと机に置いた

「何、それ。僕に何も言わなければ解らないとでも思ったの?」

 全て見通しているとでも言うように俺の目を真っ直ぐに見る

「何がですか?叶えられないとでも?」

 背中には冷や汗が流れ出ているけれど、それを無視して俺は続けた

 じゃないと自分が崩れ落ちてしまいそうな気がしたから

「何も言わないなんてなんのことですか?時間がないんです。早くしてください」

 俺が畳み掛けようと口を開いたその時、秋は不意に目を剃らして窓の方を見た



「矢木那のことが大切ならそう言えばいいのに」



 ぽつり、とそういった秋の顔は歪に笑っていた

 楽しそう と呼ぶには寂しそうで、哀しそう と呼ぶには幸せそうな気がした

 でも、どうして―――――――

「どうしてあなたがそんな顔するんですか?」

 聞き返した俺の声は目の前の人間に届いていたのだろうか

 秋は何も言わずに立ち上がると、部屋の奥にあったドアをコンコンと手で叩く

 ノックのような仕草をして、俺の方に向き直った

「僕にも昔に大事な人がいてね。でも、」


 死んだの


 哀しかったとか、寂しかったとかじゃなくて、受け入れられなかった

 全部夢で、嘘で 目を開けたらいつもみたいに笑って僕を見てくれるって思うくらいに

 でもそんなことはなくて、いくらかの季節が過ぎた頃

 その人そっくりの子が僕のお客さんになったの

 嬉しかった。その人じゃなくても、似た存在に出逢えたことが素直に

 手放したくなくて、その子をここで働かせてたの

 大切で、大切すぎて その人と重ねてみてるだけじゃ無かったんだ

 もうその子が居ないと僕を保てないほど、僕にとってかけがえの無い存在だったの

 でも、その子は僕みたいじゃないから

 すぐに動かなくなっちゃったんだ

 輪廻を信じてるわけじゃ無いけれど、いつかまたって思ってる僕がいて

 抜け殻みたいに僕はまた今もこうして待ってるんだ

「誰かの願いを叶えるたびに、僕はきっと人でなくなったのかもしれないね」 

 そう言って、いつものように綺麗に微笑んだ

「秋、さん?」

「君は大事にするといいよ」

 そこまで言い終えると、ノックしていた手を止めて扉を開いた

 俺は、自分の目を疑った

「え?」

 ドアの向こう側には三条の城の最上階の廊下があったのだ

 此処は、秋と俺がいる願望屋は地面に在る

 けれど、扉の向こうはいつも目にしている最上階の景色

 廊下にある窓の向こうの景色がそれを明確なものへ変えて行く―――――――

「秋さん、これは・・・・」

 戸惑いながらも声を出すと、秋が俺に向かって笑いかけていた

 その笑顔が痛いほどどこかをグシャグシャと掻き乱していくのがわかる

 喉から出る声が詰まった

「使いなよ、せーじくん。これそんなにもたないんだよね」

 そう言いながら俺の背を叩く

「対価は・・・・そうだね、」

 秋は突然耳元で囁いた

「ヨリちゃんをちゃんと守ってあげること、かな」

 あの子はまだ『完全』じゃないんでしょ?

「わかりました。かならず」

 そう言って、俺は足をドアの向こうへ踏み出した

 またね、という秋の声に振り返ると、もうそこに秋の姿はなく

 ただの壁が在るだけだった

 


 ◆ ◇ ◆



『願望屋』


 それは願いが集う場所、またそれの終着駅

 最期の願いを僕に託して 人々は何を得て、何を捨てるのだろう


 秋は何も無くなったドアの向こう側を見ながら、そっと呟いた

「ヨリを守るってことは、この先の未来に食い潰されるってことなんだよ、せーじくん―――――――――」  

 それでも彼は言った『かならず』と

 彼の未来を捨ててでも何を願うのだろう


 果てない答えの逝く末は僕も知らない


 いつになれば

「どこまでいけば」

 僕に終焉おわりは来るのかな 


 溜息をついて、ゆっくりと

 秋はドアを閉めた

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ