箱の中
ドアを開けて、廊下の角を曲がりきった俺の眼に、一人の華奢な少年が飛び込んできた
今日現場にいた あの翠色の瞳の少年
眼が合うや否や、少年の口から綺麗な声が漏れた
「あ、星爾終わった?」
まだこんなところにいたのか・・・・・・
苦笑いで出迎えてくれたその少年―――――矢木那 譽莉の頭を、俺―――――三木 星爾は軽くポンポンと叩いた
「あぁ、終わった。もう今日此処に要は無い」
用件だけ言ってなるべく早くコイツをここから遠ざけたかった
俺の口は自分の内心よりも素直で、ヤケに口の回転が速くなる
心音を抑えようとしてるくせ、そのくせ歩幅が大きくなる
もう息を吸うのですらじれったい
「セイジ?」
それに気が付いたのか、俺に付いて来るだけでも必死に息を切らすヨリの声が耳に届いた
「何」
俺がそういって、よく分からない電磁式の箱を動かすためのボタンに手をかけた
酷く些細な乾いた音がして、ボタンが点滅する
「いや、特に何がって訳じゃないんだけどさ、やっぱり『赤蝶』は忙しいんだなぁって」
赤蝶は俺の二つ名で、普段はこっちで呼ばれることのほうが多い
まぁヨリがそう呼ぶのも珍しくはない気がしたけれど、何かおかしい気がした
「遠まわしにするなよ、他に言いたい事があるんだろ」
「う・・・ん、えと、あのね―――――」
ポーンという鈍い音がして、俺達の目の前のドアがゆっくり開いた
乗り込むと、アッサリとドアが閉じて、汚い音声のアナウンスが聞こえた
『ご利用、ありがとうございます。どちらまでお乗りになりますか?』
口を開きかけたヨリを遮るように、俺は早口で言った
「俺は死に底無いの居る玄関ホールまで。隣のコイツは中央改札のエントランスまで。料金は俺のno.0から卸してくれ」
隣から、「僕のからでよかったのに」なんていう声がしたけれど、俺はそれを黙殺した
足元の点滅と共に響くアナウンスは
『かしこまりました』
とそれだけ言うと、止まって、箱は動き出した
「で、なんだよ」
俺はそれを見計らって、さっきから黙っていた(黙らせていた)ヨリに声をかけた
ヨリは突然で吃驚したのか、それとも緊張していた糸が切れたのか、何でか安堵のため息が出ていた
「あ、うん。それで、僕今から朝までお休み貰っちゃったの!」
朝まで・・・・
明日の任務は最低でも八時ジャストから
今の時間は零時二十五分、多くても七時間がギリギリだ
多い、と思ったほうが良さそうだな
「やけに長いな、」
「だから嬉しくってさ。三条さんにお礼言わなくっちゃ」
「・・・・・・・」
あんまりヨリが嬉しそうな顔をしたから、俺は話す気が失せてしまった
そんなこと気にも留めないように、ヨリは満面の笑みだ
「あ、それでセイジに言われてたリストの件なんだけど、お休み貰えたから出来そうだよ。ちょっと時間掛かっちゃうかもしれないけど、明日の朝までには―――――――ッテ!!」
考えて口が動く前に手が出ていた
俺の拳はヨリの後頭部を直撃して、当の本人はうずくまっている
「いったいよセイジ!馬鹿になったらどうするのさ!」
「もうこれ以上馬鹿になんないから安心しろ馬鹿」
「ってセイジ!」
顔を真っ赤にして起こるヨリは別になんとも怖くなかった
まぁ考えてる事が馬鹿すぎて手が出てしまった俺も俺だったけれど
「折角の休みなんだから寝てろよ馬鹿。そんなの今度でいい」
俺達は多分ここ三日間ろくに寝ても無い
俺はそんなのしょっちゅうすぎてもう慣れてしまったけれど
そんな俺と違って、こんなに華奢な奴が耐えられる気がしなかった
「今度って言っても、僕できないってば!」
「じゃぁやらなくっていい。東堂か楓にでも頼む―――――ほらヨリ、もう着いたぞ」
俺の声と共に、目の前のドアが音もなく開いた
同時に、さっきの汚いアナウンスが流れる
『中央改札エントランスになります、ご利用ありがとうございました』
「じゃぁな、ヨリ今日の任務で」
「えっちょっと!セイジ!」
俺はなかなか降りないヨリの背を軽く押して、ドアの向こうまで突き出した
慌てふためく彼はそれでも体勢を立て直してこっちに向かって手を振る
俺も軽く手を振ってアナウンスにドアを閉じるように指示した
ドアは何秒も経たない間にゆっくり閉まって、ヨリの顔も見えなくなった
俺はゆっくりため息をついて、壁に寄り掛かった