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オッサニア・オンライン(中)

「どういう事なんだHASSIさん」


 たまに有料課金アイテムの無料開放週間などの情報をいち早く伝えてくれる、情報通のHASSIの元に常連が集まる。

 アバターだから呼吸が苦しくなる事はないのだが、不整脈でも出たのか苦しそうに深呼吸するHASSIに、まぁこれでも飲んで落ち着けと差し出された【水道水】を一気に飲み干すと、ゆっくりと事情を話し始めた。


「数日前、新聞でやってたろ。老人ホームでログインしたまま永眠って事件」


 この時代、感覚全投入型のバーチャルオンラインゲームにはさまざまな規制が掛けられている。ログインしたまま戻りたがらないプレイヤーが多く社会現象になったからだ。それも当然と言えるが、リアル側の肉体の感覚をシャットアウトしている以上、痛風や結石の痛みからも解放される。それなのにモルヒネなどの様に副作用があるわけではない。終末医療への利用もされているので一律に禁止は出来ないが、『逃避』先としては最高の性能を持っているのがVRMMOなのだ。

 不自由な身体のデメリットを捨てて、自由に動けるという魅力は老人ホームでも大人気となっており、人気のあまりアラームを無視してログインし続け、死亡するケースは後を絶たない。事故では無く意図的に、というケースも多いのは容易に想像がつく。

 HASSIの言った『事件』というのは、老人ホームでそれ(・・)が発生してしまったケースで、注意を怠ったホーム側が自殺の補助を行ったと取られてニュースをにぎわしている。


「あの事件で使われていたオンラインゲームな、このゲームだったらしい」

「そういえば三軒隣のスナック『あけみ』で席替えがあったらしいが、もしかしてそれか?」

「そうなのかもしれんな」


 一同がしばし黙祷。


「しかし、それでなんでサービス停止になるんだ?」

「ゲームの運営会社にもトラブルを誘発する原因があったとかで、裁判沙汰になってるみたいです。で、トラブルの種とか利益が上がって無いサービスとかはまとめて撤退っていう話になって、オッサニアと他にもいくつかのゲームが停止になるみたいです」

「なんでアンタ、そんな事情に詳しいんだ?」

「実は……ここの社員なんです。俺」


 そんな話しちゃって良かったのかい。と心配の声があがるが、HASSIは胸を張る。


「もともと会社に居場所はありません。ここが居場所だったんです。俺の楽園が無くなるのなら最後は皆と過ごしたい。現金をパラダイス・ドルに換えてきました。今日は俺のオゴリですから、パァーッとやって下さい」


 一度言ってみたかったんです、このセリフ。と照れくさそうに破顔するHASSIに、皆が乾杯を求めて集まる。おごりと言われつつも、飲むのは一番安い酒。いつもの酒。そういう仲間たちだった。


「追い出されるのは慣れているけど、とうとうここも無くなるのかぁ」

「……寂しく、なりますな」

「狂ったお茶会も終わりですか」

「いい店でしたよ。毎日楽しかった」


 諦め慣れた男たちの、枯れた笑顔。今を生きず思い出の中だけが美しい男たちのぬるま湯が無くなろうとしている。

 しかし、サービス停止を受け入れたくない男も居た。TOSHIである。


「俺はイヤだ」

「そんな事を言っても、どうにもならないだろう」

「でもイヤだ!」


 肩を震わせてコップを握りしめるTOSHIに、困ったように顔を見合わせる常連たち。だが、既に出来上がっていたはずの店長が、醒めた目でTOSHIに問いかけた。


「なぁお前さん、イヤだってのは何が嫌なんだい。別に俺の店が好きってわけでもないだろ。ここが良いんじゃなくて他に居場所がねぇからここに来てんだ。うちの客はみんなそうさ。俺だってそうだ。ここは居心地がよかったが、無ければ無いで他の掃き溜めを見つけるだろうさ。

 お前が嫌なのは、サービスが停止する事じゃないんじゃないかい?」


 図星を突かれて苦い顔をする常連たちをよそに、堂々と言ってのける店長にTOSHIはポツリポツリと語り始めた。



 オッサニア・オンラインと同じ運営会社により、同じサーバ群で管理されている同じシステムの別世界観ゲームがある。小学生に人気の『宇宙ヤクザファンタジー』というトレーディングカードゲームだ。もちろんこれも運営停止になる。

 トレカは人気もあり儲かってると思われていたが、子供相手の為に使用される金額が低かったらしい。

 利益の低いゲームがサービス停止になるのなら、それも終わりになるだろう。


「なんだ、そのゲームもやってたのかい? TOSHIさんは」


 首を振ると、TOSHIは溜息とともに想いを吐きだした。


「別れた妻が連れてった娘がな、やってるんだよ。そのゲーム」


 リアルではもう長い事酒は飲んでいないが、別れる前はアル中だった。別れた後に何度も会いに行き、会いに行く勇気を出す為に飲んで勢いを付けて帰って来てくれと土下座した。その為、弁護士に接近禁止を言い渡された。

 一度だけ、娘から手紙が来てゲームの中で≪公園エリア≫を散歩した。オンライン上であった事が母親にばれて、娘はこのゲームへのログインを禁止された。TOSHIも宇宙ヤクザファンタジーへのログインは禁止になっている。


「その別れてから一回だけ会えた日はね、父の日だったんです」


 そう言ってTOSHIは自分のサッカーボール柄のネクタイをそっと大切に持ちあげる。


「これ、その時にプレゼントしてくれた課金アイテムなんです。それ以来リアルでは一滴も飲んでません。会話できなくても会えなくても、せめて同じ運営会社のサービス同士、近くにログインしている気分になりたくて。でも、もうそれも、できなくなるのかって……思ったら……」


 ゲームの中で毎日飲んでたらダメなんじゃないの、とかそんな正論は思っても口には出さない優しさがここにはあった。


 静寂の中、俯いて涙をポタポタとこぼす冴えないおっさん。切れかけて点滅する看板の灯りの中、鼻水をすするその姿は、絵描きの少年が死ぬ間際に見た絵の様な神々しさが……いや、ないな。

 さすがに言い過ぎた。なんにせよ胸に迫るものがあった。


「あの、今日の零時に公式HPで発表されるんですけど」


 おずおずと、静まり返った店内にHASSIの声。


「サービス停止になる最後のイベントとして、魔法とか戦闘で独特のシステムをしていないゲーム同士の世界を世界観無視して繋げて、街を蹂躙する最強モンスターとラストバトルっていうイベントがあるんですよ」

「それ、勝ったらなんかあんのか?」

「いえ、絶対勝てないモンスターです。勝っても買っても無限に湧くので。溜めこんだアイテムとか豪快に使って派手に死んで終わりにしろっていうお祭りです。死んだキャラからデータ削除されるとかいう趣味の悪い仕掛けまであるそうで、死ぬと二度とログインできなくなって終わりです」

「ホント趣味悪いな!」


 運営会社の趣味の悪さにひとしきり悪態をつくが、何が出来るわけでもない。何もできない弱い者の集まりなのだから。

 けれど、彼らは思う。我々は諦め慣れているからいい。でも子供たちはきっと悲しむだろう。育てたキャラクターや集めたアイテムは、宝物のように思っているはずだ。それが無くなってしまえば泣く子もいるだろう。

 無職の者も、独身の者も、地位のある者も、店を潰した者もいる。けれど全員に共通するのは「おっさんである」という事だった。

 かつて少年で、今は年齢と言う名の経験値を積み上げた、歴戦の猛者たちだ。


「会えなくても良いんだよ。毎年年賀状で写真だけは貰ってるから。元気に育ってるのはわかってるからさ。でも、楽しみにしてるゲームがなくなっちゃうのは可哀想で。別れた奥さん、結構ガミガミいう方だったからさ、成績も良いって言うけどきっとストレスとかもあると思うんだよ」


 子供たちの秘密基地。夢中になって作った砂の城。倉庫の中に作った隠れ家。それを壊される事の寂しさは良く知っている。


 小さく呟く声が聞こえる。

 なぁTOSHIさん、サーバ繋げられちゃうのはしかたないんじゃないかな。

 そうだよ、あんたが会いに行くわけじゃないじゃないか。ログインしたのはオッサニアだ。運営の都合でたまたま向こうのゲームで会っちゃうのは仕方ないんじゃないか?


「無限に湧くモンスターにも、運営にも、そりゃ勝てないけどさ。終わりにさせられるんじゃなくって、なんていうか……終わり方を選ぶくらいはできるよな」


 場末の酒場に小学校の休み時間の様な騒がしい声が溢れる。


「大人に壊されると悲しいけど、自分らの作ったおはなしの流れの中でさ、一緒に壊した場合ってさ」

「そうそう、壊れたんじゃなくって、ちゃんと終わった感じするんだよな」

「お前さんも砂の城とか作って上級生に踏み潰されたりした事ある?」

「近所の人の庭に勝手に作った秘密基地壊された時は泣いたわ」


『せめて、な。壊されちゃうんじゃなくってさ。いい思い出っていうか』


 TOSHIはアイテム欄から一本の長い棒を取り出すと、聖剣のように天に掲げた。


「あのさぁ。この、ゴルフクラブって、たしか武器にもなるんだったかな?」

上中下じゃなくて、松竹梅とかにでもすればよかったか。

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