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Annette  作者:
6/8

<5>

 「坊ちゃん」は親譲りの無鉄砲で、私は親譲りのこの顔で損ばかりしている。

 世間一般から見れば「整っている」「可愛い」とされるつくりのせいで、幼い頃からいらぬ期待をかけられたり、必要以上の注目を浴びたり、絡まれたり、逆恨みされたりと、面倒事に巻き込まれることが多かった。

 数々の嫌な思い出の中でも一番こたえたのは、小学校6年生の時のことだ。

 発端は、夏の暑さが和らぎ、秋の訪れを感じさせる涼しい風が穏やかに吹いていた九月のとある日の、五時間目の国語の授業だった。

 その日は教科書に載っている、初恋がテーマの物語の単元に入ったばかりだった。物語の内容は、お互いに気になっているのに素直になれない少年少女の葛藤と成長が描かれていた。これを読み解く一環として、登場人物にクラスのメンバーを割り振って朗読しよう、ということになった。

 主人公の男役は満場一致ですんなりと決まったのだが、その男役の子は、学年の女子の約三割から恋愛感情を持たれているという、スポーツ万能で王子様のような甘い顔立ちの子だった。

 当然、女の子たちは色めきだった。物語の中だけでも彼と相思相愛の仲になりたいと思う積極的な子が、我先にと主人公の女役に立候補していた。役は他者からの推薦で決めると言われていたのにもかかわらず、だ。

 だが、そんな乙女たちの想いに水を差す言葉が投げられた。

「おい、おめーらじゃダメだって!」

「蓮井にはやってほしい奴、いるもんなー?」

「ほら、言っちゃえよ蓮井!」

 やいのやいのと、それまで傍観していた男の子たちが騒ぎ出した。

 ちなみに蓮井というのは男役に抜擢された生徒の名前だ。

 ……まあ、ここまでの流れから、結論は目に見えているだろう。

 蓮井君は男子生徒たちに担がれ、真っ赤な顔をして俯くと、小さく「…渡邊さん、お願いします」と言った。

 その時の私は瞼を持ち上げるのに苦労しながら事の成り行きを見ていたのだが、急に白羽の矢が当たったことで眠気が一気に吹き飛んだ。しかも蓮井君が誰を好きなど噂にも聞いたことがなかったので、寝耳に水とはこのことだった。

 私の名前が出た途端、男子生徒たちがひときわ大きく歓声を上げた。

 蓮井君が俯きながらちらりとこちらを盗み見、そしてはにかむように笑った。そこでまた拍手喝采、「ヒューヒュー」とはやし立てる者もいた。

 ふと、悪寒を感じた私は周りを見渡す。そして絶対的な温度差を感じ取った。

 この状況を楽しんでいるのは男子のみ。

 一方で私を見る女子生徒たちの目が、異様に冷たかった。

 ホラー映画に出てきそうな視線を受けた私は、それまでの経験から悟ったのだ。

 ああ、排除される、と。


 次の日から私は、クラス中の女子から総スカンをくらった。

 朝の挨拶をしても女の子からは誰も返してくれないし、昨日までは普通に話していた子たちが、昼休みになると私を置いてそそくさとどこかへ行ってしまう。

 背後でクスクス笑い合っているのが気になって振り向くと、数人の女の子がこちらを向いて囁き合っている。

 落ちている物を拾って渡しても礼を言われないのに、掃除の時に少しでもぼんやりしていると、やけに高圧的な態度で注意をしてくる。

 こういったことが数日も続けば、女子よりも情緒の発達が遅れ気味という男子でも、さすがに異変に気がつくというものだ。

 気の毒に思った蓮井君をはじめとする男子生徒たちが、私を仲間に入れてくれて、休み時間は彼らといることが多くなった。

 すると、ますます女子たちの私を見る目が厳しくなった。傍から見れば、男にちやほやされてお姫様気分になっているいけ好かない奴、とでも映ったのだろう。

 彼女たちの行動はエスカレートしていき、机の中に入っている道具箱がぶちまけられていたり、箸やナプキンが入っている給食用の袋が流し台でびじょびじょになっていることがあった。

 それを知った男子たちは、さらにガードがかたくなり……と、悪循環だった。

 救いがあるとすれば、事の始まりが六年生の二学期だということ。半年もしないうちに卒業なので、それまで我慢をすればよかった。

 幸い、私の進学する公立の中学校にはクラスの二割程度しか行かなかったし、中学では新たに友達もできたので、これほどのいじめを経験することはなかった。

 蓮井君はというと、どこかの私立中学に進学して、卒業以来会ってはいない。

 そして私は、蓮井君の告白への返事をすることはなかった。


 私はずっと、あの事件における自分の過ちの所在を探し続けている。


 女子たちから無視されるようになってしばらく経ったある日、クラスの男の子が「渡邊さんのどこが好きなの?」と蓮井君に尋ねると「顔が可愛いから」と答えているのを聞いたことがある。ロマンもへったくれもないが、事件が起こるまで蓮井君とはほとんど話したことがなかったから、仕方がないとも思う。

 けれど。それでも。

 顔だけで、なぜ好意を持つことができるのだろうか。顔ばかり見ていても、その人の本質はわからないではないか。それほど顔が大切なのか。「顔」のために、私は惨めな思いをしなくてはならなくなったのか。

 顔にその人の理想を当て嵌められたとしても、私はそんなできた人間ではないから、想いは重荷になるだけだ。

 名前だけの知り合い、もしくは名前さえ知らない人から好意を打ち明けられるたび、私は私自身を、蔑ろにされているような鬱々とした気持ちになった。私は顔だけあればいいの?じゃあ、人形でもいいじゃない、と。

 蓮井君の運動神経の良さはすごいと思っていたし、高いルックスに女子たちが恋心を抱くのもなんとなくはわかる。でも私はそれ以上心を動かされることはなかった。遊ぶようになってはじめて「あ、優しいな」だとか「楽しいな」とほんのり暖かいものが胸に去来した程度だ。もっとも、女子たちから弾かれた原因である彼らを根本では許すことができなかったが。

 自分の顔には愛着を感じない。しかしだからといって、高い金を払ってまで整形やら何やらで変えることは馬鹿らしいとも思う。もっとも、未成年の整形には保護者の承諾が必要だし、母親の成長の過程をそのままそっくり歩んでいるこの顔を、父も母も兄も弟も褒めるのだ。変えられようはずはない。

 結局、中学以降に私がとった行動と言えば、女子の中で目立たないように暮らし、男子――面倒事の要因――をできるだけ遠ざけるということだけだった。



 面倒なことは重なるものらしい。

 校門を出て少し歩ていると男子高校生が立っていた。潮高校の制服だ。

 彼は私を発見すると「あっ」と声を漏らし、シャキンと背筋を伸ばした。

 嫌な予感がしたので彼から反対方向へ目線を下げ、少し早足になる。

 彼の前に差し掛かった時に「あ、あの…」と声をかけられたが、無視して通り過ぎようとした。

 それでも彼を諦めさせる材料にはならなかったようだ。

「あ、ああの!渡邊夜代さん!」

「……なんですか」

 フルネームまで呼ばれてしまっては仕方がない。振り向いてつっけんどんに答える。

「ぼ、僕は、潮高校二年の下坂といいます!サッカー部に所属しています!去年は県でベスト八になりました!」

「はあ。スゴイデスネ」

 棒読み丸わかりの台詞の中に何を見出したのか、シモナントカ君は薄皮一枚下で蛍光灯が点いたように顔を輝かせる。大げさな反応に思わず引いてしまった。

「あの、それで、もしよかったら連絡ください!」

「え。いや、その」

「待ってますから!」

 ズズイっと差し出された紙を反射的に受け取ってしまうと、彼は魔王から逃げる勇者のごとく一目散に駆け出し、あっという間に見えなくなった。

 残されたのは口を半開きにした私と、遠巻きに事の成り行きを観察していた、白と青の野次馬達。

 彼女たちは私をちらちら見ながら、楽しそうにピチピチと囁き合っている。さしずめ今後の展開の予想でもしているのだろう。他人の恋愛沙汰は、年頃の女の子にとって絶好の話題だ。

 なんでいつも、私を置き去りにして物事が進んでいくんだろう。

「……また、顔か……」

 疲れがどっと押し寄せてきて、溜息と共に肩を落とした。

 自分のこともあってか、私は昔からあまり人の美醜には頓着しなかった。もはやシモナントカ君の姿さえおぼろげだ。それでも彼はおそらく格好いい部類に入るだろうし、サッカーが上手いのなら霧女でファンクラブが設立されていてもおかしくはない。

 ただ、それだけ。それだけだ。

 ファンクラブの子に目をつけられたら嫌だなと思うくらいで、それ以上の感情が生まれてこない。

 手元の元凶を見る。

 親指と人差し指に挟まれた、今にも風に飛ばされそうな薄い紙っぺら。

「……家に帰ったらすぐシュレッダー行きなのに」

 今日は水曜日。「Annette」の定休日だ。マスターの珈琲で心を落ち着かせることはできない。

 とりあえず紙を無造作にブレザーのポケットに入れて、未だねっとりと纏わりつく視線を振り払うように早足で帰路についた。



更新、一ヵ月以上空いてしまってごめんなさい(><)

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