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柔らかで、どこか倦怠感を含んだ春の陽気。
朗らかな風は、木々の濃緑の葉を悪戯に撫でては通り過ぎていく。それに驚かされた小鳥があちこちへと飛び回る様は、さながら踊り子が紗を翻しながら舞を披露しているようだ。
そんなうららかな一幕を窓一枚挟んで見ることができる教室は、景色などお構いなしに一週間が終わったという解放感と、週末への期待に満ち溢れていた。
「ではホームルームを終わります。皆さん、また来週。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
この挨拶を交わす時、私はどうしても沸き起こる気恥ずかしさを止めることができない。
家から近いという理由から滑り止めで受けた、この私立霧島女学院高等学校――通称霧女は、「清純」という教育方針を掲げた、県でも評判の女子校だ。
緑溢るる広大な敷地に建つ、白を基調とした5階建て校舎の外観は、バロック建築のような厳かで堂々たる風格を持っており、見る者の口を半開きにさせる。校舎内はというと一般教室から体育館に至るまで冷暖房完備は当たり前、特別教室には常に時代の最先端をいく設備が整えられており、それらを利用したカリキュラムは質が高いと時々テレビで紹介される。
白いブレザーと水色のYシャツに青いチェックのスカートといった珍しい組み合わせの制服は、雑誌の「可愛い制服」ランキングで不動の一位を誇っている。そしてそれらを隙なく着こなし、上品に笑う数多の良家子女。特に学校の象徴とも言える彼女たちの姿は、県内の女子中学生の憧れの的となっている。けれど学費は、公立はもとより、他の私立高校と比べてもすば抜けて高く、それはそのまま一般家庭にとっての敷居の高さとなっている。
当初はまさか通うことはないだろうと高を括っていたが、合格確実と言われていた本命の公立高校の入試前日にノロウイルスにやられたため、あえなく入学となったのだ。
私は全国の高校受験生に切に訴えたい。たとえ通う意思はなくとも、滑り止め高校はしっかりと吟味すべきだと。そして入試間際の体調管理には特に注意すべきだと。さもなくば私のように、親に土下座して許しを請う羽目になるかもしれない。
話が逸れてしまった。
私は霧女に入学した途端に後悔した。
噂で聞いていた以上に、ここはお嬢様学校だったのだ。
一年次に徹底して叩き込まれる、挨拶と言葉遣いと礼儀作法、おまけに手紙の書き方。週に一回ある、琴や三味線、日舞、お花に、お茶などの選択制の「おけいこ」の授業。そして服装と生活態度の厳格な指導。それらをすんなりと受け入れ、難なくこなす生徒たち。
平々凡々な庶民の家庭で育った私には、一年経っても慣れることのない世界だった。
帰り支度を整えると、ホームルームの時から机の下で熱心に携帯電話を操作している背中に声をかけた。
「村田。また月曜ね」
私の言葉に、くるりとこちらを振り向く。漆黒のおかっぱ髪が横に流れ、赤フレームの眼鏡がきらりと光った。
「渡邊、あんた、ほんっっっっとうにバイト休めないの?」
「従業員少ないから、突然は無理だよ」
「せっかく人が苦労して取り付けたのよ?あのウシ高バスケ部よ?大本命の遠山君は来ないかもしれないけど、その他の子だっていい線いってるの知ってるでしょう」
「だから私は男にも合コンにも興味ないって。無理なもんは無理」
「……あんたをダシに持ちかけたのに、肝心の本人が来なきゃ私が糾弾されるじゃない」
チッと舌打ちをする村田冴。両親が共に省庁勤めというこのクラス一の秀才は、歯に衣着せない物言いと見目のいい男への情熱が、実に清々しくも恐ろしい。
「あー、もういいわ。火曜と金曜だっけ?次はそれ以外にセッティングして、拘束してでも気絶させてでも連れて行くから」
「どうかお手柔らかにお願いします……。それじゃ」
「ええ、ご機嫌よう」
「……ゴキゲンヨウ」
ああ、やっぱりムズムズする。




