Sクラス任務
復帰でーす
尉以上の役職、つまり指揮官クラスになると本城をはさんだ戦闘課棟の反対側、『戦闘指揮棟』に所属する。
ちなみに、尉以上の人間は『戦闘指揮棟』の隣に指揮官が生活する『士官寮』があるのに対し、私達戦闘課の人間はそれぞれの部に入っている寮を使う。私達四諜は人数が少ないから一人部屋(私はなぜか二人部屋だけど)で済むし、空き部屋まであったりするけど、人数の多い戦闘一部などでは三人、四人部屋などもあるらしい。二人部屋でも少し窮屈に感じるのに、四人部屋とか恐ろしい。
「んじゃさっさと報告書渡しちまおう」
ティールさんが『総合指令室』の扉を開ける。
総合司令室は司令部の部屋とは違い、仕切で区切られた机がいくつも並んでいる。訓練校の時の職員室みたいなイメージだった。
「ここはいろんな部や課の士官が仕事をするところだよ」
イスさんが説明してくれる。
「ここから各地の拠点に指示を出したり、支援要請を受けとったりするから、言い換えればミズガルド皇国の脳にあたるワケ」
「なるほど……」
「んで、ペオースの机はC-2だ」
そういってティールさんが書類を手渡す。
え? 何これ。
「じゃがんばってねフェンリルちゃーん」
「え!? いやいや! なんで私!?」
「正直アタシもアタシが直接渡した方がいいんだけどな。今回はペオースの方からフェンリル一人で来るようにって言われてんだよ」
「えっ!?」
「てことで、私達は入り口で待ってるからよろしくねー」
そういってさっさと出ていってしまう二人。
「……」
C-2だっけ。
アルファベットはたて列、数字が横列対応のようで、案外ペオースさんの机は遠くなかった。K列まであるし。
「あの、ペオースさん」
「ん? あ、ちゃんと一人で来たんだ」
「直前まで一緒だったんですけどね」
「ははは。じゃあその報告書を受け取るよ」
手に持った報告書を手渡すと、ペオースさんはそれに判子を捺して机の脇に置いた。
「さて、今回フェンリルちゃんだけを呼び出したのはね、君だけに発注された任務があるからなんだ」
「任務ですか?」
「そう。これはコードSだからどんな任務より最優先だよ」
そう言って伝えられたのは新兵の私には身に余るほどの内容だった。
「お、戻ってきた」
「あ、イスさん、ティールさん」
二人はちゃんと総合司令室の前で待っていた。
「じゃあ戻ろうか」
「あ、えっと、すみません」
「ん?」
謝る私に不思議そうな顔をするイスさん。
「ちょっと私、急ぎの用があるので、先に戻っててくださいっ」
「あら? そうなの。じゃあ先にいってるね」
「はい」
「じゃあな」
二人がいなくなるのを見てから、この城の最上階を目指す。
ペオースさんから発注されたのは『現国王、オーディンへの謁見』。
総司令部長ですら謁見するには申請が必要なのに、私は申請なし、要するに呼び出しがかかったという。
一階大広間の大階段を上がって、二階の広間を突っ切り、三階『風の間』、四回『闇の間』を通ってようやく最上階、王の間に到着する。
「っていうか疲れるよ……」
三階と四階いらなくない? 風の間って柱だけで風がかなり強いし、四階の闇の間なんて蜀台なかったら真っ暗なだけじゃん!
心の中で悪態をつきつつ息を整える。
ドアをノックすると、中から返事がした。
「入りたまえ」
王室は謁見用の部屋と皇帝が生活する部屋の二部屋で構成されている。今いるのは当たり前だけど謁見用の部屋だ。
「突然呼び出して困惑させたかな?」
皇帝オーディンは恐らくペオースさんと同じくらいの年齢。服装は黒地に肩の部分に金の装飾があるけど多分皇国軍制服だ。
「いえ……」
「まぁ無理もないだろう。なんで新兵なのに、とも思ったはずだ」
「そうですね……少し驚きました」
「今回君を呼び出したのは、四諜での生活についてだ」
「四諜での生活……?」
「そう。ペオースから聞いているとは思うが、君を四諜に推薦したのは僕でね。一応、今の君がそこでの生活や任務などに厳しいと感じていたら……それは僕の責任だからね」
皇帝はさらに続ける。
「ペオースからは僕の期待通り、素晴らしい働きをしてくれているとは聞いているが……君の希望しだいで戦闘六部に戻すこともできる。勿論、そこでもある程度の優遇策は取るつもりだよ」
「なるほど……」
要するに、もし私が四諜では難しいと思っていれば今ならやり直しがきくのか。
「どうする? このまま四諜の一員として戦うか、戦闘六部からやり直すか」
「私はこのままで大丈夫です」
「ほう?」
皇帝があごに手をやる。
「今から六部行ってもまた戦術とか覚えなおすの大変ですし、四諜のメンバーはとても優しいです。それに六部は男の人ばかりですし」
「ふっ。はははっ。そうだな。その通りだよ。では、このまま四諜で構わないんだね?」
「はい」
「そうか。分かった。では下がりたまえ。期待しているよ」
「ありがとうございます」
王室からの帰り道、三階の風の間を進んでいると、何故か、誰かが息を吸う音が聞こえた。
恐らく柱の陰。明らかに身を潜めている感じの音だった。
「……誰ですか?」
柱の陰に向かって話しかける。そこから現れたのは……。
「……作戦失敗」
「アンスールさん?」
「えーバレたのー?」
さらに別の陰からイスさんが現れる。
「えー……何でいるんですか……」
言ってないんだけど……。
「フッ! 私達を誰だと思ってるのさ!」
得意げな顔してイスさんが答える。
「尾行してみた」
「なんてサラッと!」
「というより私としては気づかれた方がびっくりだけど。しかもアンスールだし」
「……びっくり」
全然びっくりしていなさそうな顔でアンスールさんが言う。
「アンタもしかしてわざとバレるようにしてないでしょうね?」
「……心外」
「ふぅん……ま、いいわ。バレたなら仕方ない、撤退だー!」
そう言って風のように走り去るイスさん。
「……それで」
アンスールさんが私に向き直る。
「……何を言われたの?」
「あ、えーと……ちょっとした相談ですかね」
「……相談?」
「はい。四諜に残るか、戦闘六部に変更するか、と」
「……へぇ」
どうやら興味のない内容らしく、そのまま立ち去ろうとする。
「あ、アンスールさん」
「……?」
アンスールさんがこちらを振り向いて首をかしげる。
「一緒に帰りましょう」
「……びっくり」
ブリーフィングルームに戻ると、イスさんとティールさんが二人で話していた。
「お、戻ったか」
「そういえば、ティールさんは尾行しなかったんですね」
「はあ?」
ティールさんはあきれたような顔をして、
「アタシがそんな馬鹿馬鹿しいことするわけないだろ」
と言った。
「……エオローは?」
私の後ろにいたアンスールさんが言う。
「あーエオローなら魔法協会だよ。定期会合……だったかな? そんなの」
「あぁ、エオローさんは協会の人でしたもんね」
「魔導師は軍じゃなくて、協会の管轄だからね。エオローは軍が協会から借りている、って感じだよ」
「借りている人材だけあって、アタシ達より若干給料高いしな」
「マジで!?」
イスさんが大声をだす。
「うるせぇ……」
「いーなー私も魔導師になろうかなー」
「いや、お前は無理だろ」
「それならティールだって魔法全くダメじゃん!」
「はぁ!? つーか、アタシは魔法なんか興味ないっつの!」
ぎゃあぎゃあと言い争う二人。
「あはは……」
正直こうなるとどうしようもないので成り行きを見守るしかない。
「……ふぁぁ……」
アンスールさんは大きなあくびをしていた。
そこへ、ドアが開いてエオローさんが戻ってきた。
「ただいマンゴ~」
「おかえリンゴー」
「なんですかその合言葉……」
意味不明すぎです……。
「はー私来週忙しいよ~」
エオローさんはイスに座り、机にダラーっとしながら言った。
「そうなんですか?」
「ん~私は基本、協会の仕事は回ってこないんだけどね。軍にいるから。でもおっきい仕事とか、二級魔導師じゃ難しい仕事は回ってくるんだよねぇ~」
「はぁーなるほど……」
「んで、来週なんかあるんだ?」
イスさんがエオローさんに聞く。
「うんうん~なんだっけ。来週フライツ街の教会が引越しすることになってねぇ~。それにあわせて聖域の引越しもしなきゃだからさぁ~」
「聖域?」
「そうそう~。教会は聖域に建てないと儀式やっても意味ないからねぇ~。昔はそんなことできなかったんだけど、技術も進歩して、今は聖域を移動したり、個人でも小さな聖域を作れるようになったの~」
「すごいですね……」
「とはいっても、聖域の移動には一級魔導師が結構な人数必要だからこうして私も駆り出されるのさぁ~」
グダ~としたまま」エオローさんは言った。
「そういえば、一級魔導師って何人いるの?」
イスさんが思い出したように聞く。
「あ~……ま~……百人いるかいないかくらいじゃない~? といってもミズガルド皇国の外にもそのくらいの人もいるだろうから、もっといるかもだけど」
「へぇーじゃホントに精鋭なんですねっ」
「え? ま~自覚はないけどね~」
照れくさそうに頭を掻くエオローさん。
あ、なんか今の可愛かったかも。
「……眠い。寝る」
突然そういってフラフラとアンスールさんは出て行ってしまった。
「なんというかあの子は……いろんな意味で面白いよね」
「どういうことですかそれ……」
まぁ、わからなくもないけど。
天才肌だけど行動に脈絡がない。ああいうのが好きな人もいるんだろうなぁ……。
というか、いるからファンだとかいうのがあるのか。
「さーてじゃぁ私も少し寝るかねぇ。天気もよくてあったかいし」
「お、じゃ~私もそうしようかな~」
エオローさんがイスさんに同調する。
「フェンリルちゃんはー? 一緒に寝るかい?」
「んー……少し散歩でもします」
「ふぅん……ま、気をつけてね。狙われるから!」
「えっ!?」
まぁ、別に敵とかそういう意味じゃないんだろうけど。
「アタシは少し訓練してくるわ」
「うわー自主トレー? 筋肉つくよ?」
「その台詞意味わかんねぇんだが……」
ティールさんはあきれながら、行ってくる、と部屋を後にした。
「私は着替えましょうかね」
「ん? もしかして街にいくの?」
「あ、はい。少し、この城の外も見てみたくて」
「そっか」
「はぁぁ……」
疲れた……。まるで当然のように着替えるの邪魔してくるし……。
城の外に出て、広大な花の絨毯を歩いていく。
赤、黄やオレンジなど、暖色系の花が多く咲いていてなんだか気持ちが軽くなる。
「んー……どうしようかな……」
正直、街に出たところですることないんだけど……。まぁ、出てから考えればいっか。
巨大な城門をくぐり、いよいよ街に出る。
出てすぐの通りは、商店街のようにいろいろな店が並んでいる。
雑貨や、アンティーク、食材など、ここだけでほぼ生活がまかなえてしまいそう。
通りをまっすぐ進みながら一軒一軒見て回る。
「……あ」
その中の一軒、花屋で、とても見知った顔を発見する。
「……ん?」
むこうもこちらに気づいたようで、こちらへ向かってくる。
「やぁ、フェンリルちゃん」
「あ、えと……こんにちは、ペオースさん」
なんでいるのー!?
「どうしたんだい? わざわざ街に出てくるなんて。知り合いにでも顔を出そうと思ってたのかな?」
「あ、いえ、単に外を見てみたくなったんです」
「え?」
ペオースさんは一瞬驚いた顔をして、それから少し笑った。
「はは。フェンリルちゃんらしいねぇ」
「ペオースさんは……花を買いに?」
「まぁね。それと昼食も外で済ませようと思って……そうだ、フェンリルちゃんもどう?」
「ふぇっ!? わ、私!?」
「いや……別に無理にとは言わないけど……」
「いえ、行きますっ!」
思わず身を乗り出して言う。
「そ、そっか」
少し引き気味でペオースさんが返事する。
「それで、花を買ってから昼食に?」
「ああ、花束にしてもらうから先に頼んでたんだ」
「花束……?」
「そう。さぁ、行こうか。僕の知り合いが経営してる店があるんだ」
「へっあっ、はいっ」
そういって、ペオースさんと並んで歩いていく。
「……」
ふ、二人だけで……。
顔が熱くなって、赤くなってるのがわかるから、なるべく俯いて歩く。
「あ、そういえば」
「ふぁっ!」
「え? 何? 何?」
「い、いえ……気にしないでください」
ペオースさんは少し不思議そうにしているけど、先を続けた。
「皇帝には、何を言われたんだい?」
「あ、えっと、このまま四諜でいいのかって。嫌なら戦闘六部に再配属させてくれるとも……」
「ふぅん……あのお方が自分で配属させたのに、気にしてるとはね」
少し微笑みながらペオースさんは言った。
「あはは……」
「それで、普通にいるってことは、四諜残留を選択したのかな?」
「あ、はい。せっかくこっちで慣れてきてますから……」
「はははっ。それがいい。……おっと。あの店だ」
そういってペオースさんが指さしたのは一軒の小さめの飲食店だった。
「いらっしゃいませ。……お、ペオース」
中に入ると、ペオースさんより少し背の小さい、だけれど体つきはしっかりした男の人が出てきた。
「やぁジューク。久しぶりだね」
「半年ぶりか? かわんねぇなお前は。……と、お連れさんかい」
「こんにちは」
「僕の部隊の新人、フェンリルちゃんだよ。さっき偶然会ったんだ」
「なんだい。彼女じゃないのか。ヘタレだなぁ」
「君と違ってこっちは忙しいからね」
「だろうな。ま、好きなとこに座りなよ」
そう言って、ジュークさんという男の人は奥に消えていった。
「さあ、座ろうか」
「はい」
適当に座って、メニューらしき紙を広げる。
「あの、ここってあの人だけで経営してるんですか?」
「いや、奥さんがいるけど、あまり人前には出たがらないんだ。かくいう僕も結婚式の時と、その他では二回くらいしか会ってないんだ」
シャイな人なのかな……。
「お金は僕が出すから、好きに頼んでかまわないよ」
「え? いやそれは……」
「上司が部下におごるのは普通だろう?」
そういわれると返す言葉がない……。
「じゃあ、ありがたく……」
「素直でいい子だ」
「ふぇぇっ」
食事を済ませて、ジュークさんと別れる。
「さて、花束を取りに行こうか」
「はい。えっと……」
ペオースさんは私が何を言おうとしているのか分かったらしく、微笑んで答えてくれた。
「花束はね、とある友人に贈るのさ」
花束を受け取り、ペオースさんが向かったのは、皇国軍など、国のために戦い、そして散っていった戦士たちのための墓地だった。
「ここは……」
「そう。ここに僕の、親友ともいうべき友がいるのさ」
そう言ってペオースさんは墓地に入っていった。
少し進んだところでペオースさんが足を止める。
「ここだよ」
「……カーツ・デュブライン……」
「そう。僕と組んで戦っていたんだ」
ペオースさんは墓石の周りを少し掃除すると、その前に座った。私もその後ろで同じように座る。
「悲しく、ないんですか?」
「そんなの、悲しいに決まってるじゃないか。でも、僕はこいつと約束してたからね」
花束を置きながらペオースさんが答える。
「約束?」
「そう。もしどちらかが欠けても、悲しんじゃいけないとね。泣くくらいならさっさと戦争を終わらせろってね。僕は一人になっても戦った。そして、その戦争は終わった。だから、士官になったのさ」
「ペオースさん……」
思わず、背中に手を置く。
「……びっくりするなぁ」
「……済みません」
自分でも気付かないうちに泣いていたのだろう。ペオースさんはこちらを向くとやさしく目元をぬぐってくれた。
「ありがとう。僕の代わりに泣いてくれて」
「ふぇ……」
「さぁ、行こう。そろそろ戻らないと僕は怒られそうだ」
「あ……はい」
ペオースさんは黙って私にハンカチを渡すと少し前を歩き始めた。
私も少し後ろをついていく。
…………持ってるんだけどな。ハンカチ。