プロローグ
まったり更新なのです(`・ω・)
「……ここ、ね」
その建物は赤レンガで作られた、大きな城だ。
門はこれでもかと大きくつくられ、もはや人の手では扉を開けることすら出来なさそうだ。
昼間は開けっ放しになっている門扉を通り抜けると、立派な城が見えてくる。
城下町などはなく、城に伸びる道と、門と城の真中あたりに噴水のある広場、それ以外は全て花や大きな広葉樹など、植物で埋め尽くされていた。
「これ、庭師何人雇ってんだろ……」
花の絨毯は数キロ先まで続き、遙か彼方に城壁がうっすらと見える。
この巨大な城で、今日から私は働くことになる。
ミズガルド皇国。アスガルドの世界において、三番目に大きな国。世界の覇権を狙っており、二番目に大きな国、ウルズ帝国に隣接している。
皇帝オーディンは若くして帝位につき、皇国を急速に成長させていった。
政治も住民に対し寛容であったため信頼も得、力はアスガルド一かもしれない。
そんな事を考えながら進んでいくと、漸く城の前にたどり着く。
「うわぁ……」
開いてはいるものの、二十メートルはあろうかという扉。その扉一面に装飾がほどこされていて圧倒的な存在感を放っている。
さっきから扉に圧倒されっぱなし……。
気を取り直して、場内へと進んでいった。
軍部第四諜報部。通称「四諜」。
戦闘班でもトップクラスの兵士があつまる部署と聞いて、なんで新兵の私がという思いもあったものの、ミズガルド最強の人達はどんな感じかと気になってもいた。
広大な城の最奥部、ほかの部署と違い壁に華やかな装飾など一切ないとても寂しい感じの部屋にたどり着く。
ドアに『第四諜報部』と掛かれた札が掛けられている。
「やっぱり、精鋭だから皆堅苦しい感じの人なのかな……歳も40とかはなくても、プロなんだし……」
直前になって、十七という歳で四諜は不釣り合いな気がしてきた。
緊張しながらノブをゆっくりと回す。
「お邪魔しまぁす……」 情けない声を上げながら開ききる。が、部屋には灯りこそついているものの、人の気配はなかった。
……もしかして、間違えた?
ドアをもう一度確かめるが、やはりここで間違いなさそうだ。
「きっと、皆忙しいんだよね……なんたって、トップクラスの人達だもんね……」
改めて部屋を見回すと、外とは違って色々な所に装飾が施されていた。
奥に大きな黒板、その前には教卓のような机があり、その前に机が二列、一列に三つの椅子が用意されている。まるで学校に教会の机椅子を混ぜた感じ。
狭いというわけでもなく、かといってそこまで広い訳でもない。壁の左奥にはまたドアがあった。
下手に動いて遅刻などしたくないし、椅子の一つに座って待つことにする。
「……」
無言で待つことにしばし。廊下からカツカツと誰かが歩いてくる音が聞こえた。それも、複数だ。
ようやく来たのかと思い、椅子から立ち上がる。するとすぐに、ドアが勢いよく開いた。
「っはーぁ! なんじゃあの司令部の態度ーっ! こちとら万能人間じゃねっつーのー!」
修学生のような声と共に、短く切った茶髪の女の子が入ってくる。
「気にするな。ああいうのは勝手に言わせておくんだよ」
凛とした声、艶のある長い黒髪を耳にかけながら大人っぽい女の人。
「でもぉ〜、流石にあれはちょっとな〜って私も思うよ〜?」
今度は肩程までのウェーブのかかった金髪の小柄な女の子が入ってくる。
「……仕方なし」
最後に、同じく肩まで、ストレートの銀髪の女の子が入ってきた。
……え、誰?
「およ? 君どしたのこんなとこに」
一番最初に大声で入ってきた女の子が私の存在に気付く。
「あ、あのっ私っ」
「はいはいはーい! みんな席について〜! じゃないと僕入れないから〜!」
言い切る前に、今度は男の人が入ってくる。
「はいよ〜、あ、ペオース、はいこれ報告書」
ペオース、と呼ばれた男の人は受け取ると、持っていたファイルに入れて教卓(?)に立った。
男の人は、百八十はあるんじゃないかと思う程の長身で、顔立ちも整った美青年というのはこの人だと思う程だった。……少し見とれてしまう。
「さて、と。みんなもう気付いていると思うけど、今日から四諜に配属になる新人を紹介しよう。はいじゃこっち来てー」
「え? あ、はい……」
言われるまま、前に出る。
「さって紹介しよう。新兵のユル・フェンリルちゃんだ」
『新兵?』
四人の声が重なる。
「ああそうさ。まだ軍部に来て間もないから、みんな仲良くするように。じゃーフェンリルちゃん、自己紹介宜しく〜」
「あ、えっと、本日付けで第四諜報部に配属されました、ユル・フェンリルです。その……宜しくお願いします」
「え〜それだけ〜? あ、趣味とかは?」
一番前に座る茶髪の女の子が聞いてくる。
「うぇぇっ? えっと、本を読むのは好きです……」
「よせイス。新兵にそんなこと聞いてどうする」
今度は黒髪の女の人が声を上げる。
「まぁまぁティール。そうカリカリすんなって」
ペオースさんが止めに入る。
「うっせ。つーか新兵がなんで四諜なんだよ? 普通戦闘六部からだろ?」
「推薦してきた人がいるんだよ。誰だかは言わないけどね」
「言わねぇのがそのまま答えだろうが」
ペオースさんは微笑むだけだ。
「さて、じゃ、フェンリルちゃんは四諜を案内してもらってから部屋で荷物整理。ああ、それから支給された無線は常に持ち歩いていてね? いつでも連絡できるのと同時に、それがそのまま身分証明にもなるから。じゃ、イスよろしくー」
そういって入ってきたドアから再び出て行ってしまった。それに合わせて、黒髪の女の人、銀髪の女の子も黒板側のドアから出ていく。
「さてと、じゃあ行きましょうか……ってあれ? フェンリルちゃーん?」
「……っはい!」
無意識にドアの方を見つめていたようだ。呼びかけに気付かなかった。
「……もしかしてぇ、見とれてた?」
「ふわっ!? そ、そんなことっ!」
「ありゃやめといた方がいいよー? 顔はいいけどなんっか頼りない雰囲気なのよねー。ま、雰囲気だけだけど」
「ふ、雰囲気だけ……?」
イスさんが立ち上がりながら言う。
「そ。作戦中なんかは的確にアドバイスしてくれるけど、普段だと失敗ばかりっていう噂なのよねー。まぁ私達の指揮官だから、作戦中は安心していいよ」
「は、はぁ……」
「ん? ああそっかー。えっとね、私はイスっていうの。階級は二佐ね。で、こっちの巻き髪女がエオローっていうの」
隣で話を聞いていた女の子が前に出る。
「エオローで〜す。階級は一級魔導師ね〜。よろしく〜」
「実は四諜ってエオローしか魔導師がいないのよね。フェンリルちゃんは魔法得意?」
「えっと……ランクはBでしたね……」
「おぉ! 私より二つも上じゃん! かっこい〜!」
「えっ……そ、そうなんですか?」
イスさんが背中をばしばし叩きながら言う。
「そーなんだよ戦闘はSSSだったんだけどさー魔法は全然だめでねー」
「SSSって……」
ランクはE〜SSSまであるから、実質の最強ってことになる。
「戦闘は〜いくつだったの〜?」
「Cでした……」
いわゆる普通だ。
「すごーい私Eだよ〜」
「その励まし、逆につらいです……」
「あはは! じゃあ気を取り直して……さっき出てった黒髪のやつはティール。階級は三佐ね」
「ティールさん……ですね」
「でもってねーこのティールがちょっと特殊な趣味の奴でさー」
声を潜めながら顔を寄せる。
「あいつは東洋から来た選抜組でさ~、魔法は全然だけどめちゃめちゃ強いのよねー。ついた二つ名は『死神』」
「二つ名まであるんですか……」
まさか本当に持ってる人がいるなんて……。
「で、銀髪の無口っ子はアンスールね」
「ティールさんとアンスールさんですね……」
「そそ。アンスールはかわいい顔して容赦ないから怒らせると怖いかもねぇ~」
イスさんが肩をすくめながら言った。
「怒ったとこ見たことないけどねぇ~」
「そんな……皆さん可愛いですよ……ちょっとびっくりしました」
「ん? 何が?」「いや……もっとこう、プライド高いっていうか……キャリア組って感じかと……」
「ああー、まぁティールはそーかもしんないわ!」
確かにそんな感じがする。
「それにしても……」
「はい?」
「私を可愛いとは良いこと言うではないか君はぁ〜っ!」
がばぁっ! とイスさんが抱きついてくる。
「えぇっ!? ちょ、ちょっとっ! あっ、くすぐった……!」
「あぁあ〜イスそんなことしたらフェンリルちゃん窒息しちゃうよ〜?」
だったら助けて欲しい。
それから、イスさん、エオローさんと四諜の構造を教えてもらって、最後に私の部屋に案内された。
「あれ……? ベッドが二つなんですね?」
「ん? おうともよ! よろしく頼むぜフェンリルちゃん!」
「ああ……二人部屋……」
「なんだい。嫌なら廊下で寝なきゃだぞ?」
「そっちの方が嫌です!」
「だから私と一緒なんだ!」
嫌ではないけど……いやな予感はする。
「前の子もイスと二人だったもんね〜」
エオローさんがそう呟く。
「前の子……?」
「ああ、フェンリルちゃんと入れ替わりで辞めちゃった子がいたのよ」
そう答えるイスさんは笑顔だけど、どこか悲しそうだった。
触れてはいけない話題だったかと思い、慌てて話を逸らす。
「ところでっ私の荷物はどこにあるんですか?」
「おーそうだったねー! じゃあ二人で仲良く整理しようじゃないか!」
「なんでそうなるんですか!」
そんなこんなで、二人なのに結局二時間以上も整理に時間を費やしてしまった。
一通り整理を終え、イスさんと話している所に無線から音が響いてきた。
「おや、もうこんな時間! いくよフェンリルちゃん! 戦争の始まりだー!」
「え!? もうですか!?」
もう夜だというのに、今から任務なんて……。
手を引かれるまま、私達は部屋を後にした。
最初に入ってきた部屋にはすでにペオースさん以外のみんなが集まっていた。
「お待たせ!」
「遅いぞイス。置いていこうかと思ってたところだ」
「いやーなんかフェンリルちゃんが……」
「他人のせいにするな」
ティールさんがイスさんを叩く。とても作戦前とは思えない……。
「そ、それで、相手はどこなんですか?」
「……は?」
ティールさんが呆けた顔をする。
「え……? だって、イスさんが戦争だって……」
全員の目がイスさんに集まる。
「……おいバカ」
「呼ばれてるよエオロー」
「お前だよ! てめぇこいつに何吹き込んでんだよ!」
「え? 何が? これから夕食と言う名の戦争でしょ?」
「それだよボケ! このアホ本物の戦争だと思ってんじゃねぇか!」
二人のやりとりをみてようやく気付く。つまり戦争というのは夕食のことだったのね……。
「あーあー! なるほどね! 勘違いしちゃった? ごめんねー!」
「ったくよ……。ほら、行くぞ。これで食うもんなくなってたらお前等のせいだぞ」
そういうとティールさんはさっさと出て行ってしまった。
「気にしなくていいんだよ〜?」
「……どんまい」
エオローさんと、アンスールさんも一言置いて先に歩き出す。
「まーティールはああいう奴なのさ。それより、早く行こう!」
差し出された手を取ると、イスさんは走り出した。
巨大な食堂は、人で溢れかえっていた。
「……このお城ってこんなに人がいるんですね……」
入り口で立ち止まったイスさんに話しかける。
「そうだねぇ……殆どの兵士が住み込みになってるからねぇ……」
「しかもね〜女の子って三割くらいしかいないんだよね〜」
「女子なんかは殆ど事務員だからな。むしろアタシ達の方が特殊なんだ」
「なるほど……」
しかし……この人だかりの間を通らなくてはいけないのか……。
「ま私達ここで食べるわけじゃないんだけどね」
「なんでここ来たんですか!」
「案内も兼ねてね。私達は隣の食堂」
「男女で分かれてるって事ですか」
「……そんなところ」
隣の、つまり女性隊員の食堂は先程の半分ほどの広さだが、それでも十分に広い。
「はぁ〜い四諜はこのテーブルだよ〜」
一番奥のテーブルに皆座る。
「テーブルも分かれてるんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどな。いつもアタシ達はここで食ってるだけだ」
食器を用意しながらティールさんが言う。
「さてじゃあ取りに行こうか〜」
食事というのはバイキング形式らしい、ただし、取ったものは全部食べなくてはならない。残したらバイキングの意味ないもんね……。
「あっフェンリルちゃん少ないな! もっと食べないと大きくならないぞ!」
すでに私の二倍は取っているイスさんがトングをカチカチさせながら注意してきた。
「いや、私あまり食べられないので……」
「ダイエットは体に毒だぞ!」
「そういう体質です!」
トングをカチカチさせるイスさんから逃げるように席に座る。
「フェンリルちゃんもしっかり食べといた方がいいよ〜?」
先に戻っていたエオローさんも、私よりかなり多く取っている。
「そんなに食べないと大変なんですか?」
「そうだね〜朝なんかはそれくらいだと十時前にはミイラになっちゃうよ〜?」
どういう状況があってミイラになるんだろうか。
「あ、朝はしっかり食べときます」
返事をして、ほかのメンバーの帰りを待つ。
「……さて、全員そろったな。んじゃ食うぞ」
「いただきます〜」
「……いただきます」
「えっと……いただきます」
イスさんは言う前に既に食べ始めていた。
しばらく皆無言で食べる。最初に静寂を破ったのは、一番に食べ終わったイスさんだ。
「そういえばさ、次の作戦はいつなわけ?」
「あ? ガリアに攻めるんだろ? いつだったかね」
「ガリアってガリア王国ですか?」
ガリア王国はトール皇国の南にある小さな国だ。五つしかないアスガルド世界で最も小さな国だ。
「一応オーディン皇帝は世界統一しようとしてるからな。そりゃ潰されるだろ」
「はぁ……」
イスさんによれば、すでにガリア王国には宣戦布告をしていて、すでに部隊を編成しているらしい。
「まぁでもガリアだし、私達の出番はないでしょ〜?」
「そうなんですか?」
私の疑問に、ティールさんが答える。
「元々四諜は戦闘班じゃねぇんだ。潜入任務や敵軍の攪乱、果ては敵国だけでなく皇国内の人物暗殺までやってる。要するに黒い仕事だ。だからその分、通常の戦争で召集されることはない。要請があれば別だけどな」
「あ、暗殺ですか……」
「そうだよ〜あの暗闇から一撃で闇に葬り去る殺しだよ〜」
「んな斬新な暗殺はしたことねぇけどな」
実戦に出なくてすむのはいいけど、暗殺とかって……。
「まぁでもなんだかんだで出撃命令出るんだけどな」
「えぇっ?」
「そーなのよねー男のくせに全然強くないしさーSSS+でも取れってのねー」
それ規格外。
「……でもぉ〜男の人でも強い人いるんだよ〜?」
「そうなん?」
「例えばね〜……えっと〜ロキっていう人〜? 攪乱のプロだよ〜。ちょっと前で言えば部隊長のペオースもそうだしね〜」
「そういやそうだったな。アスガルド最強って言われてたくらいだし。つっても相棒が死んだとかで急に戦闘部隊から退いたんだと」
世界最強……あの人が……。
「あ〜フェンリルちゃん顔紅いよ〜?」
「ふぇっ!? いや、別に……!」
「まぁ、それはそれとして、だ。おそらく次の作戦でもどのみち出撃命令がでるだろ」
「え? なんで?」
「ちょっと前にペオースに言われてたんだが、ガリアは現在数十人の皇国民を人質に取ってるらしい。つーことは、だ」
「……なるほどね」
「……人質の救出がボク達の任務」
「ま、詳しくは今夜のブリーフィングで言われるだろ」
「ということは~、フェンリルちゃんは初陣だね~」
「う……が、頑張ります」
「ま、せいぜい足手まといにはなるなよ」
「……ねーねー私気付いたんだけどさ、意外とティールってフェンリルちゃんのこと気にかけてるよね?」
「は? 何言ってんだ?」
「……さっきも部屋でいろいろ言ってた」
「おい! アンスール! 余計なこと言うな!」
「おやぁ? もしかしてティールさんアレですかぁ?」 にやにやしながらイスさんがティールさんに近寄る。
「よ、寄るな気色悪い!」
「おっほっほっほ! あんなこと言っときながら結局心配してたんですなぁ〜?」
「うっせ! アレだ……あのー……新人に死なれたらアタシ達の評価が下がるんだよ!」
「まぁからかうのはこれくらいにして」
急にイスさんが真面目な顔になる。
「フェンリルちゃんはもう覚悟できてる?」
「な、何のでしょう?」
分かっていても、聞き返していた。
「死んじゃう覚悟。皇国のために散ることね」
「それは……」
思い返す。ここに来た理由。
「……私は」
「ん?」
「私は、小さい頃に、戦争でお父さんとお母さんを亡くしました。それで、戦争を早くなくすためにここに来ると決めたんです」
私以外口を開く人はいない。皆私の話を黙って聞いてくれている。
私はさらに続ける。
「それでも、きっと……いや、ここに来て、やっぱり私が消えるのは……怖いです。死にたくありません……」
「……それでいいんだよ」
一番最初に口を開いたのは、エオローさんだった。
「死んでも構わない、なんて思ってるとすぐいっちゃうもの。死は恐れるくらいが一番いいんだよ?」
「まぁ……そうだね。聞いといてなんだけど、私だってちっとも覚悟してないし」
すぐにイスさんも口を開く。
「アタシだって死ぬ気はさらさらないね」
「……八十までは生きていたい」
「なんだそりゃ?」
「……高齢者手当が出るから」
「金目的かよ!」
ところ変わって、ブリーフィングルーム。
本来なら、夕食の後はお風呂らしいが、ブリーフィングの方が優先されるので全員、ブリーフィングルームに集まった。
「……さって全員いるね。ブリーフィングを始めようか。……と、言っても、今回の作戦知ってる人はいるかい?」
「人質の救出だろ? さっき教えたぞ」
「お、悪いねティール。じゃあ本題に行こうか。今回の君たちの任務はガリア王国に捕らわれている皇国民の救出作戦だ。その前に確認したいんだけど……」
ペオースさんと目があった。
「フェンリルちゃんは、どうしたいかな? 嫌なら、今回の任務だけはパスする権利があるんだけど」
「えっと……参加させて下さい。これでも、ちゃんとした訓練はこなしてきたつもりです」
そう言うと、ふっとペオースさんは柔らかく微笑んだ。
「君がそういうなら僕から言うことはないよ。じゃあ、具体的な作戦に移ろう。まず三名チームアルファがガリア王国第三要塞に裏口から侵入。侵入する時間は第三諜報部から午後一〇〇〇から午後一〇三〇が最適との報告がある。この時間を狙って侵入してくれ。その後、午後一〇四五より二名チームベータによる陽動を正面門にて開始。陽動はチームベータの他、戦闘四部にも手伝ってもらうつもりだ。そして陽動により要塞内の警備が薄くなったところでチームアルファが皇国民の救出を速やかに行って脱出。その後チームベータ、戦闘四部も戦線を離脱。追撃する部隊は迎撃すること。こんな所かな? 質問は?」
誰も手を上げない。確かに的確だから、質問なんて何もない……。
「じゃ、フェンリルちゃんはチームアルファの方ね作戦開始は二日後の夜八時。残りのメンバーは各自で決めてねーじゃ、おやすみー」
ペオースさんはそう締めくくると、部屋から出て行った。
「……さて、じゃあどうする? チームアルファ、やりたいやつはいるか?」
「はいは~い。私アルファやる~」
「……ボクも」
「……ま、そうなるよな。じゃあイス。アタシとチームベータやるぞ」
「りょうかーい」
結局、チームアルファが私、アンスールさん、エオローさん。チームベータはイスさんとティールさんで決まった。
「じゃ、私とフェンリルちゃんはお風呂行ってくるよー」
「え、二人でですか?」
「なに? 久々にみんなでいっちゃう? 別にそれくらいの広さあるし」
余計なことを言ったかも知れない。
「ふざけんな、お前らで行ってこい」
「フェンリルちゃん、頑張ってね~」
「……ご愁傷様」 味方はいないらしい。
「さーさー行くよーフェンリルちゃん! 今日は寝るまで寝かさんぞ!」
「言ってる意味が分かりません!」
腕を掴まれ、連れて行かれる様はまさに死刑囚。らしい。
五人でも平気、というのは嘘ではなさそうで、恐らく十人くらいは余裕で入れそうなほどの広さがあった。
「これが四諜専用なんですよね……」
「だねー。他は共同だけど。これもウチの特権かなー」
それ以外にもまだ優遇策はあるらしく、追々説明してくれるそうだ。
「まぁ今はそんな事はどうでもいいんだよフェンリルちゃん」
「じゃあ、私はこれで。終わったら呼んで下さいね」
さりげなく去ろうとする腕を掴まれた。
「そう言うなってー私とフェンリルちゃんの仲じゃないかー」
「今日知り合ったばかりですっ!」
「あり? そうだっけ? 付き合って三年目よね? あはっ」
「付き合ってませんし、ていうかなんですかそのリアルな数字!」
「まぁまぁさっさと準備しなはれ、大丈夫。捕まるような事はしないし、女同士だから別によくね? って話」
「捕まるようなってなんですか! ってあぁ! ボタン外すの速っ! なんで人の服なのにそんな速いんですか!」
「練習したからね」
聞かなければ良かったと後悔した。
「いや、でもインナーありますし……」
「破いちゃうかも」
「脅迫っていうんですよそれ」
「別に何をとは言ってないもーん」
この人は……。
「分かりました。ただしなんかいやらしいことしたら速通報ですから」
「あいあいさー」
ビシッと敬礼を決めるイスさん。軍隊の人だけあって格好良い。
「じゃあイスさんも脱いじゃって下さいよ……私だけっていうのはアンフェアです」
「え? しょーがないなーフェンリルちゃんの頼みなら聞いてやろーじゃないか!」
「そういう要望ではないですからね?」
しばらく、二人の衣擦れの音が響く。
「うわーフェンリルちゃんは着やせするタイプかこのやろー!」
「あ、あまりおっきな声で言わないで下さい……」
恥ずかしくて、少し居直る。
「ずるい!」
「何がですか!?」
言うと、またもや飛びついてくる。
「この胸がじゃー!」
「わっま、またですか!? やっちょっ、どこ触って……あっ!」
「目分量でも二カップくらい上だろコレェ……」
イスさんは勝手に沈んでいた。
「っ……い、イスさんも十分ですって……」
「あらホント? でもねー……四諜の中で一番ちっさいわ……」
「運動する分には便利なんじゃ……って何言ってるんですか私」
変な所を触られたせいということにしておく。
「そうよ疲れないのよだからなおさら虚しくなるのよ……」
「きっとそのうち大きくなりますよ……多分」
「そうね……さっさと入っちゃいましょ」
相当気にしているらしい。来たときとは百八十度態度が変わっている。
「フェンリルちゃーん背中流してー代わりに流すからー」
「どういうお願いですかそれ……かけますよ?」
ザバーっと桶のお湯をかける。念の為もう一度。
「……ん、ありがと。じゃあはい」
「ありがとございまって冷たっ! 水っ!?」
「ふっ……油断したようね」
再びイスさんが桶を構える。湯気が出ていないあたり、あれも水だろう。
「くらうがいいフェンリルちゃん!」
「いやっちょ!」
立ち上がって逃げる。
「いやーお風呂入ると回復するよねー!」
「逆に疲れた気がします……」
あんなにはしゃいでいたのに全く疲れが見えない……。
「まぁ慣れだよ、フェンリルちゃん」
「今更ですけど、そのちゃん付けやめてもらえます? 恥ずかしいんですが……」
「えーいいじゃんフェンリルちゃん。フェンリルなんて男みたいじゃんか」
「じゃあせめてほかの呼び方は……」
「んー……」
イスさんは腕を組む。
「フェンリルっち?」
「逆に呼びにくくないですか?」
「フェンリルたん」
「それは別の次元の人達の呼び方なので」
「何それ?」
「気にしないで下さい」
「以上をもってフェンリルちゃんしかないとみた!」
「バリエーション少なすぎます!」
イスさんは手をひらひらさせて言う。
「いーじゃーんフェンリルちゃんでー、可愛いしさー。それにもうみんなそう呼んでるし」
「いやまぁそうなんですけども……」
「それよりほらー明後日初陣でしょー? 明日は早いぞー」
「そ、そうなんですか? じゃあ早めに寝ないと……」
「私がそう簡単に寝かせるわけなかろうに! 部屋戻ったら枕投げしよーぜ」
「修学旅行ですか!」
結局枕投げやら、途中からエオローさんが訪問(侵入)してきたせいでろくに眠ることが出来なかった。
「おっはよーフェンリルちゃん!」
「もう……ついていけません……」
「なんだ。三時間も寝たのにまだ眠いか!」
「三時間じゃ仮眠にしかなりませんよ!」
私の布団を剥がして急かす。
「ほらぁ、早く起きないと戦争に出遅れるぞ!」
「いいですよ出遅れて……」
「どうやらもう一度ボタン速はずしを見たいようだな!」
「遠慮します!」
「じゃー着替えたまえ!」
しぶしぶベッドから抜け出す。もはや、本当に修学旅行にしか思えなくなってきた。
「さってさってきょーは何を食べるかなー♪」
「食べるの好きなんですね……」
「食は文化!」
そうですか。
せかされつつも着替えを終えてブリーフィングルームにたどり着く。
「おう、またお前らビリだな」
「フェンリルちゃんが遅いんだよ!」
「つーかすっげー眠そうなんだが。お前せめて睡眠はとらせてやれよ」
「フェンリルちゃんが寝たくないって言うからさ……」
わざとらしく両手で頬を覆う。
「言いませんよそんなこと!」
「そんなに騒げるなら問題ないな。さっさと食って、ペオースから予定聞いちまおうぜ」
「……了解」
ティールさんを先頭に全員がぞろぞろとブリーフィングルームを後にする。
「……あ! またフェンリルちゃん少しだけー!」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
「ま〜昨日あんなに夜更かししてたらね〜?」
「んだよ。エオローまでフェンリルのとこ行ってたのか」
「ん〜? ティールも行ったの〜?」
「んなわけあるか」
「……二人の部屋の前で迷ってた」
「んな!? お前!」
「なぁんだ〜。ティールも来ればよかったじゃない」
「行くかそんなん!」
卓を囲んでみんなで笑いあう。とても、暗殺をするような人達とは思えない。
「あ、やば! もうブリーフィングルーム戻らないとだよ!」
突然イスさんが声を上げる。
「ん? もうそんな時間だったか。さっさと片付けて戻るぞ」
ティールさんのかけ声でみんな食器を片付ける。
「じゃあフェンリルちゃんはお椀よろしく〜」
「あ、はい!」
言われたとおり、お椀を厨房の前にある使用済み食器回収棚に返却する。
係の人に軽く会釈して入り口のところに戻る。
「それじゃあ行きましょうか〜」
「今日ってなんかあったっけー?」
四諜に戻りながら話す。
「あ? どうせいつもの戦闘訓練やら魔法の訓練くらいだろ」
「訓練って言えばフェンリルちゃんはどうするのー?」
「私ですか?」
「そうそう。新兵とはいえ、どんな戦闘スタイルかはっきりしとくと役割を充てやすいからね〜」
「ランクを聞く限りオールラウンダーなのよねー」
確かに戦闘能力はCで魔法はBだ。
「どっちも出来るって凄ぇな。つーことは……近接武器と魔法を組み合わせればそれなりになるんじゃねぇか?」
「……臨機応変」
「良かったじゃんエオロー。回復要員増えたよ」
「あはは〜フェンリルちゃんよろしくね〜」
「はっはいっ!」
かくして、私は攻守両方で対応する遊撃兵として四諜の一端を担うことになった。