夜の服着た天使
ニンゲンは、だれも僕の存在に気づかない。
朝も、昼も、夜さえも忙しく生きている。
理性に固められ、自らの鎖で拘束し、死ぬまで自由を許されない。
自分で生きているんじゃない、自分で自分を生かしてる。
何がニンゲンをそうさせているんだろう。
けれどもそんなニンゲンも、ほんの一瞬だけ見せる。
最後の力を振り絞り、儚い命の輝きを。
僕はニンゲンは好きじゃない。
好きじゃないけど、最後の輝きだけは、好き。
だってそれは、幸福。
だけどそれは、悲哀。
そしてそれは、恐怖。
その輝きはどれも、最後の最後に見せる、生きている証。
僕はその輝きが好きで、うらやましいと思う。
だって僕はヒトじゃない。
そして、だからこそ奪うんだ。
とてもきれいな揺らめきを、集めて飾ってずっと見る。
ずっと今までそうだった。
そして……ずっとこれからも。
「あなたはだあれ?」
ある日、どこかの遊び場で、小さな子供が僕を見た。
――僕の姿が見えるのか?
「あなたのカッコ、ふしぎだね。まるで夜のおほしさまみたいなかみの色」
――お前もなんだか不思議だな。今まで僕が見えたニンゲンは一匹もいなかったよ。
「わあ、あなたのえがおってとってもやさしいのね!」
僕の声は聞こえてないのか。子供は僕の言ったことに答えてくれない。
子供はくるくる回って踊る。
なぜ、踊ってるんだろう。
意味がわからない。
「あなたはとってもふしぎね。夜のふくきた天使さまね」
――テンシ? 不思議な響きだな。
「ユウをおむかえにきてくれたの?」
ユウ……それがお前の名か。
ユウはじっとこちらを見続けた。
――お前は迎えを待っているのか?
「えっとね……ユウね、もうすぐパパとママがおむかえにくるの。でもね、ユウは天使さんにつれてってほしいな」
僕にはなんだかわからない。迎えはそんなに嫌なのか?
ユウの瞳は泣きそうで、けれどもキラキラしていて綺麗だった。
「ユウは天使さんが見えるのに、声は聞こえないの。ごめんね、ユウ一人でしゃべっててつまんないね」
――いや、僕にはお前の声が聞こえる。つまらなくはないよ。
「やっぱり、あなたのえがおはとてもきれいね。お名前が聞ければいいのにね」
ユウはそっと僕の手に触れた。
――え、どうして……?
「こんなにちゃんと手をつなげるのにね。声だけ聞こえないのさみしいね」
どうしてだ、どうしてニンゲンに触れられる?
「ユウちゃーん、迎えにきたよー」
「あ……ママ、パパ」
ユウは遊び場の入り口を見る。
あれがお前の生みの親?
優しそうに見える。
そう、見えるだけだ。
僕からは、二人とも優しそうな皮を被っているように見える。中身は、ドロドロした黒く汚れた塊だ。
気持ち悪い。吐き気がする。
ああいうのでも、命の最後は輝くのだろうか。
正直、見たくはないな。
「お迎え、きちゃった」
ユウの顔は寂しげになる。
「また会えるといいね」
――そうだな、僕もまたお前に会ってみたい。
「あ、ちゃんとお名前言ってなかった!
わたし、ユウっていうの。また会えたらお名前教えてね」
ああ、名前か。今度考えておく
ユウは、にこっと笑う。
「へんなのー。お名前はかんがえるんじゃなくて、生んでくれたママとパパがつけてくれるんだよ。
じゃあ、またね!」
ユウは小さな手を一生懸命振りながら去っていった。
――へんなの。お名前はママとパパが――
……僕の声が聞こえたのか?
ユウの去った方を見る。
お前はいったい何なんだ?
気づけば僕は、ユウの後を追いかけていた。そう遠くは離れていなかった。
花壇の並ぶ歩道を、ママに手を引かれながら歩くユウ。
追いかけながら、僕はすぐに悟った。
あれはユウのママでは――生みの親ではない。
あるはずの血の繋がりが、あの三人には見えない。
もう少しで追いつく。
――ユウをおむかえにきてくれたの?
お前は、僕を求めていたのか
――でもね、ユウは天使さんにつれてってほしいな
知っていたのか?
僕が、命をう者だということに――
ユウっ!!
どうして叫んだのかわからない。
そしてその瞬間、僕は初めて時というものを感じた。
ユウが振り返って、にこりと笑ったのだ。
振り返るときに揺らいだ柔らかい髪。
笑う顔がなぜか眩しくて、よく見えなかった。
歩道と車道を隔てる細長い花壇。
ユウはママの方へ走っていき、花壇のへりを器用に歩きはじめた。
ユウが、ママと呼ぶニンゲンに、上手かと聞きながら得意気な顔をしている。
あの三人が止まった。そして、なぜか僕も。
ママは表情を変えず、トンと軽くユウを押す。
よろけたユウは、押されたままに横へ転び、車の通る道に出た。
目の前を巨大な車が走っていった……鈍い音と一緒に、小さなユウを空に高く舞い上げて。
――夜のふくきた天使さんね
ああ、そうか。お前の言うとおり、僕はテンシかもしれない。
ユウはもう、こちらを見てはいなかった。
僕の立ってる足元で、ただ、じっと空を見ているだけだった。
お前のために、名前を考えなくてはいけなかったのに。
ユウの周りにニンゲンがどんどん集まってくる。
どれもが僕を見ていなかった。
なにもがユウの輝きを見ていなかった。
不思議だな……命の尽きたあとで輝くなんて。お前の輝きだけは今までのどれより綺麗だ。見えないやつらは哀れだな。
――天使さんにつれてってほしいな
ユウが夜の服と言ってくれた。
僕はその裾で、そっとユウの輝きを包み込む。
勝手に騒ぐニンゲンに、これは絶対渡さない。
誰も見えない輝きを、僕は奪って立ち去った。
それから、ユウのパパとママを捜した。
僕が、ユウの輝きに見とれていた間に、どこかへいなくなってしまったから。
僕はユウのテンシであり、ニンゲンの命を奪う者。
放っておいても、勝手に命は尽きるから、だからずっと尽きる瞬間の輝きを見ていたけど、あいつらはきっと輝かない。
そんなことはないとわかるけれど、なぜか僕はそう思った。
あいつらは簡単に見つけた。
どんな輝きのなかに紛れても、あいつらはただニンゲンの皮を被っているだけの汚れた塊だから。
久しぶりに命を奪ったけど、もうやりたくないよ。
ユウが誉めてくれた服が、汚れてしまった。
やがて夜が近づいて、僕の集めた輝きが、一つ二つと見えてくる。
空に近い丘の上、僕は空を見上げてた。
……そうか、ユウは一度、空を舞っていたな。
昼間のことを思い出す。
既に舞い終えた空なら退屈か。それに一番綺麗なお前を、あれらと一緒にしてしまうのももったいない。
僕はじっとユウを見る。
僕とずっと一緒にいるか?
ユウはキラキラと輝いた。
僕もなんだかうれしいよ。
そうだ、名前を考えたんだ。
ユウにだけは教えるよ。
僕の名前は――