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ひとり、それから。

 綾峰本家を筆頭に、最も(ふる)いとされる分家が四家。

 更にその分家の分家。更にその家に仕える人間……。

 綾峰家敷地内には二世帯住宅なんて域をとうの昔に越した、決して少なくはない人数・世帯が古くから暮らしている。

「だからあんまり顔を合わせる機会がない奴も当然いるし? そんな奴のお客とかだったらますますわかんねーし? 知らない顔を見たって別にあんま気になんねぇんだけど」

 枯れたサヤインゲンと称された髪を中三になって金一色に染め直した(りょう)は、綾峰本家屋敷図書室の椅子にだるく座り、たそがれ時の窓の外を見ていた。

「けどそれは昼間とか、あとはせいぜい夕方くらいまでの話なわけよ。それくらいの時間帯なら客がいたっておかしくねぇじゃん?」

 令の視線が向けられ、同じ机を囲んでいた結恵と鷹槻、(りつ)四葉(よつば)と顔を見合せながらそれぞれ曖昧に頷いた。

 令はその反応に満足したように頷き、更に続けた。

「泊まりの客だってそりゃいるぜ? たまにだけど。けどこの敷地内ってのは閉鎖的なだけに、他人に関してはキビシイんだ。だからそいつ一人が敷地内を自由に歩けるなんてことはまずない!」

 令は声を張り上げ、両手を机について立ち上がった。

「……そう、なんだ」

「そうなんだよ!」

 結恵の微妙な相槌にも令は気にせず熱く答える。

 そして両手で頭を抱えながら、その顔を青白く染めていく。

「だからおかしい! 俺が見た、『あれ』は一体誰だったんだ!?」

「見間違い」

「どっかの誰か」

「怪奇現象」

 律、四葉、鷹槻が順に言っていくが、最後の鷹槻の言葉によって令は青白い顔を真っ青にしてその場に突っ伏した。

「やめろーっ!! 考えないようにしてるのにっ!!」

「情けねぇなぁ、オイ」

 半狂乱に叫ぶ令を横目に、その双子の兄である律は呆れ混じりに呟いた。

「午前四時じゃ丑三つ時じゃないし、オバケの類にしてもあれだよね」

 四葉はうんうんと頷く。

「オバケとか具体名を言うなーっ!」

 令の目には軽く涙。

 最初に相談がある、と持ちかけられた時から彼の顔色は優れなかった。そして実際に話し始めればその顔色は更に急降下。

「あんた前に綾峰半魚伝説を律と語ってくれた時は揚々と話してたくせに、何だって今回はそんな及び腰なの?」

 結恵が素朴な疑問をぶつけると、令は今にも泣き出しそうな顔を歪めて訴えた。

「だって実際に見るのと話に聞いたくらいじゃレベル違うじゃんか! 俺に実害が及ぶか否かで対応だって変わってくるさ!」

「とんだジコチューだね」

 四葉があっさりとした口調で片づける。

「ただのチキンだよ。情けねぇ奴。おまけに朝っぱらから「何か出た!」とか言って人を起こしに来るし」

 律は欠伸をしながら恨めしげに令を見た。

「……起こしてもなかなか起きてくれなかったじゃんか」

 情けなく項垂れる令を見ながら、結恵は話を区切るように言った。

「……えーっとつまり話をまとめるよ? 令は今朝午前四時頃。目が覚めてしまって自宅屋上に出た。そしてその屋上から見える敷地内の小道を見知らぬ人物が歩いているのを見た。けどその人物は本当に誰だかさっぱり心当たりがない。それでいい?」

 結恵がまとめると、令は激しく首を縦に振った。

「あんな時間にひとりでこの敷地内を歩いてるって何だよ? しかもさ、奥に奥に……本家のほうに向かって歩いていったんだよ。そのまま戻ってくるのを待ってたけどそいつは戻って来なかったし、敷地の入口の警備員に聞いてみたけどこの一週間は客なんてどこの家にも一人もいないっつーし……」

 そう話す令の語尾はがたがたに震えている。

「あ、あれは一体何者なんだろーね……?」

 すがるような視線を向けてくる令から目を逸らし、結恵は鷹槻を見た。

 鷹槻は滅多に変わらない顔に渋面を浮かべ、軽く頷いた。

(……千歳、しかいないよね)

 この綾峰家の生き神。

 五百年の時を生きる、綾峰家の遠い祖先。

 彼は今もこの敷地内にいる。十七歳の姿のまま本家屋敷に捕らわれている。

 もっともその事実を知るのは綾峰の中でもごく一握り。この中では結恵と鷹槻だけだ。

「ねぇ。参考までに聞きたいんだけど、その人の姿形はどんなだった?」

 聞くまでもなく彼なのだとは思うが。

「どんなって……多分男だと思う。若い、俺らと同じくらいの。遠目だったけど」

「服装は?」

「えーと……ダメージデニムにパーカーっぽい格好だった気がする」

(そんな服、持ってたよなぁ)

 生き神様と言われる彼は、その呼び名のイメージとは随分かけ離れた生活を送っている。

 ネット通販を楽しんだり、服も今時の若者となんら変わらない格好。生き神だとか五百年生きる不老の人物だとか綾峰の呪いだとか様々に言われる彼だが、その実はかなり面白い人物だ。

「……令」

 沈黙を守っていた鷹槻の呼びかけに令が顔を上げた。

「何だ?」

「見間違いだ」

 鷹槻は珍しくはっきりとした口調で言い切り、当の令は困惑に顔を歪ませた。

「……は?」

「見間違いでないなら怪奇現象だ」

「や、やめろって!」

 再び令が震えあがる。

 だが鷹槻はさらに続ける。

「前にお前が言ってた半魚になった先祖が出歩いて生贄を求めてるんじゃないか?」

「や、やめろってーっ!」

「怪奇現象かお前の思い違いか。二つに一つだ、令」

 鷹槻の断言ぶりに、令は青ざめて力なく椅子にもたれかかった。

「お、思い違い……思い違い……俺は何も見なかった……見ナカッタ……」

 遠い目をしてぶつぶつ呟く令を遠巻きに見ながら、律は頬杖をついて鷹槻を見た。

「お前の口から生き神サマについて出るとはな」

「半魚様だろ?」

 意味ありげな律の視線をさらりとかわし、鷹槻は言ってのける。

「令の知らない綾峰の誰か。見間違いか半魚様以外にはいないしな」

「……半魚様、な」

「すごいねー令。生き神様に会えたなんて、ラッキーだよ!」

 四葉の揚々とした言葉に令はますます震えあがった。

「やややややめろって! あれは違う、見間違い、見間違い……!」

「いいなー。令は生き神様に会えてー」

 にっこりと笑う四葉に、妙に静かな表情を浮かべる律。

 結恵はそれを見ながら、二人はが『生き神様』についてある程度気付いているんだろうと、ぼんやりと思った。


「千歳。今朝、外出たの?」

 綾峰家の生き神様こと、千歳。綾峰本家屋敷地下にてこっそり軟禁生活中。

 その軟禁部屋にやってきての結恵の開口一番の言葉に、千歳は軽く目を見張った。

「今朝?」

「朝の四時頃、敷地内歩いてたんでしょ?」

「午前四時頃ぉ……?」

 千歳は読んでいた通販カタログを膝に置き、口元に手を当てて考え始めた。

 何しろマイペースな彼のことだ。時間なんていちいち覚えていないどころか、興味を失くした過去のことなんてもうすでに記憶の彼方なのだろう。

 すると壁の一部がぐるりと回り、隠し扉から鷹槻が入ってきた。

 当初は驚いたこの仕掛けも、今となってはすっかり慣れた。

「邪魔する」

「鷹槻」

「おー鷹槻。お前までどうした? 今日は珍しく早いな。まだ十時だ」

 いつも二人が千歳の部屋を訪れるのは、屋敷の警備やら何やらの諸事情から深夜が多い。結恵は比較的千歳の部屋へ来やすいためそう珍しくもないのだが、鷹槻の場合は確かに珍しい。

 鷹槻は呑気に笑う千歳を見て、渋面で息を吐いた。

「お前、あんま明るい時にうろつくなよ」

「は?」

「令……四ノ峰分家の奴がお前を見て、半魚が生贄求めて出歩いてるって怯えてるぞ」

 半魚が生贄求めていると最初に言ったのは令ではなく、鷹槻だったと記憶しているが。

「半魚?」

 千歳は何だそれ? と言いたげに眉を寄せた。

 鷹槻は勝手にソファに座って言った。

「お前のことだよ。綾峰の守り神の生き神様。あいつらの中では半魚ってことになってる」

 いや、確か半魚の誤解は解けたんじゃなかったか。新たな仮説が生まれただけと言えばそれまでだが。

「何だよー半魚って。俺はちゃんと人間だぞ? 鱗もないし、えら呼吸もできないし、瞼だってあるぞ?」

「細かいことはいいんだよ。とりあえず気味悪い生き神様が出歩いてたってことになってんだよ」

「生き神様って俺のことか。けど気味悪いって何だよ? 俺のどこが気味悪いんだ!?」

 別に千歳自身を見て気味悪いと言ったわけでなく、彼にまつわる様々な噂が勝手にそういうイメージを植え付けただけなのだが、この際鷹槻はそういったことは構わない。

「とにかく、今朝方に見知らぬ野郎が敷地内を歩いて本家屋敷のほうに歩いて行ってそのまま帰って来なかったって言いふらしてるバカがいるんだよ。本当は勝手に外に出るのってまずいんだろ? これでうちの親父あたりに知られたら警備が厳しくされるぞ? とりあえずしばらくは大人しくしとけよ」

「そ、そうだよ。私達も来にくくなるかもしれないし、あの三ノ峰のオッサンとかに知られたら絶対に千歳、しばらくは完全監禁生活だよ!」

 千歳のこっそり外出癖は今年の二月、結恵と一緒に朝日を見て以来だ。「やっぱり外はいいなー」と言ってあれ以来、たびたび人目を盗んで敷地内を散策しているらしい。

 だけどもしそれが他人に知れたら、本来なら敷地内の大人達は大騒ぎだ。

「そうだなー俺も外出れなくなるのは嫌だなー」

「だろ? わかったら人目につくとこで徘徊すんなよ、クソジジイ」

「それに他の人もびっくりするしね。本気で不審者扱いされるか、幽霊扱いだよ」

「んー……」

 不満げに唸ったかと思えば、ふいに千歳は真顔になった。

「何だ? どうした?」

「俺、今朝は寝てた」

「は?」

 結恵と鷹槻は揃って声を上げた。

 千歳は真剣な面持ちで二人を見る。

「だーかーら。俺、今日は外出てない。今日と言うか、昨日から。昨日は本を読んでたぞ。分厚い本だから読み終わるのに随分かかったんだ」

 そう言って千歳は随分分厚いハードカバーの本を結恵たちに見せた。

 それを見た鷹槻はますます渋い顔をして片手で本を押しのけた。

「……あのな。お前じゃなかったら誰がこの厳重警備の敷地内を歩けるんだ? それも早朝から」

「だって俺じゃねーもん」

 千歳はえらく不満そうに顔を背けた。

「「もん」とか言うな。気色悪い。大人しく認めろよ。親父たちには黙ってもみ消しといてやるから」

「だから俺じゃねーですー。こんな必死に訴えてるのに、お前は俺を疑うのか? 俺のことが信じられないのか?」

 千歳はまっすぐに鷹槻を見上げるが、とうの鷹槻は間髪入れずに頷いた。

「消去法でいっても俺らと同年代で、敷地内に入れて、本家に行く必要があって、それでもってそんな朝っぱらから出歩くなんていう妙な奴はお前しかいない」

 有無を言わさぬ鷹槻の言葉に、さすがの千歳も眉を吊り上げた。

「お前……さっきから人を半魚呼ばわりしたり、気色悪いって言ったり、挙句疑ったり、ちょっと酷くないか?」

「お前の普段の行動が行動だからだろ?」

 鷹槻も負けじと千歳を睨む。

 何だか空気が不穏なものになってきた。

「俺がいつそんな疑いを招くような行動を取った? 俺はこれでもこの窮屈な軟禁生活に甘んじて五百年近くもやってるんだぞ? 想像つくか? 五世紀だぞ、五世紀。最近でこそネットが発達してきたからヒマ潰しには事欠かないけどな、俺は本来家の中に籠ってられる性質じゃないんだ。外に出てサッカー観戦したり、遊園地行って絶叫系に乗りたいと思ったりしても我慢してるんだぞ? それを何だ」

「お前が我慢してるのは知ってる。偉いとも思う。けどな、実際にお前はここ数ヶ月、好き勝手に外に出てただろうが」

「だからって人を半魚呼ばわりしたり、頭から決めつけて疑ってかかるとは何事だよ。俺はお前をそんな人間に育てたつもりはないぞ」

「三年程度の付き合いで育てられたって何様だよ、クソジジイ」

 二人の間に見えない火花が……。

 どうしよう。止めたほうがいい、止めたほうがいいに決まってるのだが。

「お前な、いつも言ってるけどもう少し言葉づかいを何とかしろ? 俺は確かにこんなナリだが立派にお前の先祖だぞ。年長者には口のきき方を気をつけろって言っただろ。そんなんじゃ大人になった時にいくらお前の立場とは言え、他の奴らに示しがつかない」

「偉そうに言うな。だいたいお前こそもう少し年長者として威厳をもったらどうだよ。通販で買い物してガキみたいに浮かれて、人をパシリにして買い物に行かせたり」

「仕方ないだろ。俺はに外出れないんだから」

「通販で買えよ」

「店舗販売のみだったんだよ」

「知るか」

 ああ、何だか論点がどんどんずれていってる気がする。

 けど二人とも、ものすごく不穏な空気をまき散らしている。

「あ、あのさ。そんなことより今は令が見たのは誰だったのか……」

「結恵は黙ってろ」

 二人ぴったりのタイミングで同じ言葉を吐かれた。

「……はい」

 怖い。かなり怖い。

 鷹槻が怒っているのは一度見たことがあるけれが、千歳が怒っているのを見るのは初めてだ。

 何にしても怖い。どうしたらいいのか。とてもではないが二人を止める自信などないし。

 結恵は絶望的な気持ちになって未だ止まない口論を続ける二人を見た。

「とにかく俺が気に入らないのはだな、お前が俺の言い分を聞く余地なく原因は俺だって決め付けてるところだ」

「仕方ないだろ? 他にいないんだから。お前以外の誰が早朝から敷地内歩いてそれも本家に向かうんだよ?」

「だからそうだとしても、俺は違うって言ってるのにそれを頭から否定してかかるってどうなんだよ? 俺はお前とはそれなりの信頼関係築いてきたつもりだったけど、それは俺の過信だったか?」

「それとこれとは話が違うだろ。実際お前しか該当する奴がいない以上、疑うとか以前の話だ」

「お前は明らかに俺を疑ってるだろうが。さっきだって俺の普段の行い云々言ったろ?」

「被害妄想だ、クソジジイ。日頃の行いについては前々から思ってたんだ。世界長寿なんだからいい加減もう少し落着きを持てよ」

 千歳と鷹槻はお互い一歩も退かずに睨みあっている。

「あの、本当ちょっと……落ち着こう? ほら、敷地内の監視カメラを調べるとか……千歳も外出てないって言ってるし、もしかしたら本当にどこかの家の誰かかもしれないし……」

「いいから結恵は黙ってろ!!」

 獅子が吼えるように鷹槻が怒鳴る。

 あまりの迫力に結恵が固まっていると、千歳が口を挟んだ。

「おい。お前も十五にもなって、少しばかり虫の居所が悪いからって女に八つ当たるって言うのはどうなんだ?」

「あ? るっせぇよ。てめぇには関係ねぇだろ。クソジジイ」

 ますます鷹槻の機嫌が悪くなった。

(や、やっぱり私が口を挟んだせい……?)

 けどだからと言って怒鳴られて気分がいいわけないけれど。むしろ怒鳴り返したいのだが……。

「そういう開き直って己の非を認めないところが子供だって言ってるんだ」

「お前に言われたかねぇよ。お前が外出歩いてたって認めたら俺も謝ってやるよ」

 いや、この様子じゃ謝ったとしても絶対に口だけだろう。絶対。

「謝ってやるって、お前は一体何様だ? 悪い事をしたら素直に謝罪しろ」

「だからお前が謝ったら俺も謝るって言ってるだろ?」

「それとこれとは話が別だ。まずは結恵に謝れ」

「どう別なんだよ。幼稚園児にも分かるように説明してみせろよ」

 あの鷹槻が小学生男子みたいなことを言い出した。

「屁理屈をこねるな」

「屁理屈はお前の専売特許だろ。俺のが屁理屈だって言うなら、それは千歳の影響を受けたからだ」

 責任転嫁まで始めてしまった……一体これはどう収拾をつけたらいいんだろう。

「俺はそんなレベルの低い屁理屈はこねない」

「誰がレベル低いんだよ!」

「お前に決まってるだろ。何時何分何秒地球が何回回った時にとか言いだすようなレベルだ」

 千歳のストレートな言葉に、小さくプチンという音を聞いた気がした。

「……やってられっか!!」

 鷹槻は怒鳴りながら蹴倒す勢いでソファを立ち上がり、隠し扉のある壁へと歩いて行った。

「た、鷹槻!?」

「帰るっ!」

「結恵、ほっとけ」

 冷静すぎる千歳の言葉に鷹槻は今にも噛みつきそうな顔をしたが、歯噛みしただけで乱暴に隠し扉を開いて出て行った。

 力任せに閉められた回転扉はまだグルグル回っている。

「……た、鷹槻があんなに怒ってた」

 何て希少なものを見たんだろう。

 結恵は未だ座ったままの千歳に恐る恐る視線をやった。

 千歳は不機嫌と言うより、呆れをその顔に滲ませている。

「千歳はまだ怒って、る?」

「ん?」

 顔を上げた千歳は、もういつもの千歳だった。

 さっきまで怒鳴りあっていたとは思えないほどすっきりした表情だ。

「俺は別に最初からそんなに怒ってないぞ?」

「あれだけ言い合っておいて!?」

 結恵の率直な感想に千歳は苦笑した。

「そう言えば結恵が来てからはまだ一度もやってなかったか。鷹槻の奴と俺は前は三ヶ月に一回くらいは今みたいなケンカをしてたんだ」

「今みたいなって……」

 あの火花飛び散る大喧嘩を?

「鷹槻があんなに怒るの、少し意外……」

「うん。あいつはあんまり感情を表に出す方じゃないからなー。今よりもっとガキの頃は随分抑圧された環境に置かれてたらしいし」

 少し困ったように笑って千歳は続けた。

「あいつの父親……二ノ峰の義鷹は結恵も会っただろ? 義鷹はああいう奴だし、養父って言ってもあんまり親子らしくないんだよな。母親のほうともうまくいってないらしいし」

「うん……」

 リクの部屋で鷹槻とその養父である二ノ峰戸主が顔を合わせた時、敵意を隠す気もなかった鷹槻。とても養子とはいえ我が子に向けるものとは思えない視線を向けた義鷹。

「俺が初めて鷹槻と会ったのはあいつが十二歳の時。それまでも存在自体は耳にすることはあった。桂子の亡夫の子供で、表向きは二ノ峰の二男って。俺に会わせるかで一族は随分もめてたな。俺に会わせるってことは本家直系血族ではないにしろ、鷹槻を本家の人間と認めるのと同じことだから」

 本家を絶対視する綾峰の大人達。

 微妙な立場の鷹槻を本家として認めるか否か。

 その様子が目に浮かぶようで、苦いものが胸に広がった。

「桂子の夫は分家からの入り婿で、正式には本家の人間じゃなかったからな。……ああ、そんな大人の汚い事情はいいな」

 千歳は顔を強張らせていた結恵を気遣うように零すように笑い、話を切り替えた。

「とにかくあいつに初めて会った時さ、何つーガキだって思った。もうじき中学生って子供が冷めきった目ぇして妙に達観したような顔して。当たり障りない話し方をして。……全力で他人を近寄せないようにしているみたいだった」

 軽く目を伏せ、長い睫毛が千歳の端整な顔に影を作る。

「ちょっとからかってやろうと思って可愛げないガキーとか言っても、あいつ全然反応しなかったんだ。耳に入っていないのか気にする必要がないと思っているのか、それとも言われることを当たり前と考えていたのか……俺にはわかんないけど」

 確かに鷹槻は同世代の人間の中でも特に大人びていて、どこか冷めたところがある。まだ半年程度の付き合いだが、彼が感情らしい感情を剥き出しにしているところなどほとんどお目にかかったことがない。

「結恵はケンカってするか?」

 唐突に千歳は訊いてきた。

「ケンカ?」

 結恵は軽く面喰いながらも過去の記憶を手繰り寄せていった。

 ケンカ……そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、この家に来る前のこと。

 この家に留まる決意を固めさせた、夏の日の出来事。チクリと胸の奥で古傷が痛む。

「あ。ケンカって言っても仲直りできるやつ。ガーっと怒り合っても、後には関係修復できるやつな?」

 結恵の心情を察したかのように千歳は付け足した。

「関係修復できるケンカ……」

 少し考えてから真っ先に浮かんだのは、

「律、とかかな。後は四葉たちと令をいじり倒したり」

「四ノ峰のガキ共?」

「うん。律はケンカっ早いから、私だけじゃなくて薫子とも演武みたいに凄いケンカもするし、令のこともいじめてるけど。だから私も気が長いほうじゃないからけっこう激しく言い合うよ」

「そっか。でもその後もちゃんと気まずくなったりはしないんだろ?」

 穏やかな口調の千歳に、迷うことなく頷く。

「まったくならない。一日経つと忘れるどころかね、三時間経つと何が原因でそんなにやりあってたのか忘れる」

「義将とかとは?」

「おじいちゃん?」

 一年前に亡くなった祖父は……。

「まぁけっこう怒られたから普通に。小さい頃とか。泣きながら反抗した時期とかもあったし」

 幼稚園くらいの頃の話だけれど。祖父は怒ると怖かったし。両親も怒ると怖いけど年齢を重ねている分、一番威厳があるというか怖い怒り方をするのは祖父だった。

「おじいちゃんの盆栽にボールぶつけて壊したのを黙ってた時は本当に怒られたなぁ」

 今思うと本当に怒られた理由は、悪い事をしたのに黙っていたことなんだってわかるけれど。でもあの当時は盆栽の一個や二個でそんなに怒らなくてもって大泣きして部屋に閉じこもった。

「でも結恵は、義将のこと嫌いじゃないんだろ」

「……うん」

 嫌いなわけない。怒られて腹が立ったこともあったけど、それでも大好きな家族だってことは変わらない。

「義将も、結恵のこと大事に思ってたって桂子から聞いてる」

 千歳は柔らかに笑って言った。

「土台に信頼関係があるからケンカしてもまた元の関係に戻れるんだよな。義将はなかなかいい家族関係を築いたらしい」

「……悪くはなかった、と思うよ」

 本当は間違いなく良かったと思うけど。けどそう言うのは何だか照れくさい。

 つい俯いていると千歳が小さく呟いた。

「うらやましい」

 聞こえるか聞こえないかというほどの声に、結恵は弾かれたように顔を上げた。すると千歳がどこか寂しげに笑っていた。

「――千歳?」

「俺は嫁さんもらうまで、そういうケンカってしたことなかったから」

 そうだった。千歳は今も昔も隠されてきた存在。

 今はその希少な性質から大切に大切に……守るという名目で捕らわれている。

 だけど昔は、兄と同じ顔をした不気味な存在と疎まれてきたという。

 両親からも兄弟からも離れて育ったと聞いたのは半年ほど前のこと。

「俺はケンカ出来る相手がいるってのが、悪いことじゃないって知ったのはけっこう経ってからなんだ」

 伏し目がちに千歳は笑う。

「鷹槻を見てるとさ、時々俺のガキの頃を思い出すんだ。神隠しに遭って帰ってきて……血の繋がった両親兄弟と暮らすようになって、けどうまく付き合えなかった頃のこと。だからつい、あいつを構いたくなるんだよな」

「だから、千歳がケンカ出来る家族になったの?」

 千歳は曖昧な笑みを浮かべた。

「そんな大層なものじゃないな。単なるお節介ってやつ。ほら、最近はキレる若者とかって増えてるんだろ? あいつもたまには怒ってストレス発散させておかないといつかキレるんじゃないかと思ってさー。鷹槻みは秘密な? わざと怒らせてるなんて知れたらまーた可愛くないこと言いだすから」

 本当はきっともう、鷹槻だって気付いているだろうに。

 人目につかないようにしなければならないにも関わらず、頻繁に千歳のもとを訪れる彼を見ればわかる。

「……鷹槻は頭いいから、きっとわかってるよ」

 結恵の言葉に千歳は言葉なく緩く微笑んだ。

 本当は千歳だって結恵が言うまでもなく分かっているのだろう。

 こういう時、二人の間の繋がりが少しうらやましくなる。

 結恵が出会うより三年早く出会い、培われた二人の絆が。

「それにしてもどんどん口論がエスカレートしてって冷や冷やしたよ。二人とも今まで見たことのない剣幕で言い合ってるんだもん。怒ったフリにはとても見えなかったよ」

 つい先ほどの激しい口論の様子を思い出し、結恵は息を吐いた。

「……んーまぁ、フリだけじゃないし?」

「え」

 千歳は少しばかりばつが悪そうに頬をかいた。

「いや、俺も最初は怒ったフリとか思ってたんだけど、気づいたらつい本気になってたりとかさ」

「……」

「そんな目で見るなよ。だってアイツも酷いじゃんか。半魚とか言われるわ、俺が違うーって言っても信じてくれないわ」

 千歳は拗ねた子供のように口を尖らせた。

「そう言えば、本当に千歳じゃないの? 出歩いてたのって」

「何だよ、結恵までそういうこと言うのかー? 俺は違うって言ってんのに」

「だ、だって! 千歳じゃなかったら誰でもないってことでしょ!?」

 結恵は青ざめた顔を両手で覆う。

「ほ、本当に千歳じゃないの!?」

「……結恵。怖いのか?」

 そう言った千歳の表情が意地悪げな笑みを含む。

「こ、ここ、怖いんじゃなくて! 不気味なの!」

 やばい。噛んだ。これでは怖いと言ってるも同然だ。

「ほ、ほら! 防犯上の問題もあるし! 本当に不審者でも入り込んでるんだったら私達だけの問題じゃなく綾峰家全体の問題にもなりかねないし!」

「うんうん。そうだなぁ」

 にこにこと頷く千歳の生暖かい視線が何とも言えない。

「……本当の本当に千歳じゃないの?」

「結恵はどっちがいい?」

 花が咲くような笑顔で聞いてくるのがまた腹立たしい。

「っやっぱり千歳でしょー!?」

「うんうん。じゃあ俺だね?」

 綺麗だけれど胡散臭いことこの上ないその笑顔からは嘘か真か測れない。百パーセント彼だと言いきれないから嫌になる。

「結恵ー? 顔が青いぞー?」

 笑顔だ。ものすごくいい笑顔だ。

 そんなに人をいたぶって楽しいのか、このギネス御長寿は。

「いやー本当怖いなぁ。本家に向かってたんだっけか? その人影は。誰なんだろうなぁ」

「そ、そんな棒読みで何が怖いのさっ」

「いや怖いだろー? 亡者がうろつく閉ざされた富豪一族の屋敷……」

「や、やめてよ!」

 だが千歳は嬉々として続ける。

「一人、二人……順番に消えていく血塗られた一族」

「いーやーっ!」

「ある者は代々伝わる歌に則って。ある者は不可解な血文字を壁に残して。またある者は古い人形に見立てられて……」

「あーっ! 聞こえない聞こえないーっ!」

「っていう展開だったら怖いなーと」

 無邪気な笑顔を向け、千歳は言った。

 対する結恵は涙目だ。

「……ち、千歳の鬼っ! 悪魔っ!」

「鬼に悪魔って、酷いこと言うなよー」

「酷いのはどっちさ!」

 クッションを投げつけながら、結恵は眉を吊り上げた。

 それを片手で受け止めながら、千歳は声を上げて笑った。

「あはは。だって結恵があんまり楽しい反応してくれるからさー」

「! やっぱりからかってたの!?」

「ん? 外で歩いてたかってこと? あーうん。もういいよ。からかってたーってことにしてあげよう。でないと結恵が今日から夜一人で眠れなくなっちゃうもんなー?」

 子供をあやすような声音に、結恵は顔を真っ赤にして立ち上がった。

「~っもういい! 千歳の意地悪じいさん!」

「じいさんて……結恵まで反抗期か?」

「人を怖がらせて楽しむからだ!」

「あ。やっぱ怖かったのか」

 千歳の呟きに、結恵ははっとして固まった。

「そっかーごめんなー?」

 にっこりと笑う千歳が憎い。

「っ! もういい! 自分で監視カメラの映像チェックしてくる!! お邪魔しました!!」

 結恵は肩を怒らせ足音荒く部屋を後にした。

 それを笑顔で見送った千歳はソファにもたれかかって息を吐いた。

「……かわいいもんだなぁ。うちのガキどもは」



 翌朝、やってきた客は少しばかり珍しい相手だった。

「お早うございます。千歳さん」

 千歳はソファの上で丸まったまま、その客人を見上げた。

「あー……桂子? 何だよ、珍しいなー。まだ朝だろ?」

 大きく欠伸をしながら、千歳は身を起こして向かいのソファを桂子に勧めた。

 綾峰桂子(けいこ)。綾峰の現当主であり、綾峰家の最高権力者。結恵の大叔母にあたる彼女は上品に微笑み、勧められるがままにソファに腰を下ろした。

「結恵さんは昨夜、あまり眠れなかったようですよ」

 にっこりと顔は微笑んでいるがこれは怒っている。

 千歳は笑顔で誤魔化そうとするが、七十を超えた彼女はそうそう誤魔化されてもくれない。

「あまり若い方たちを無闇に怖がらせないで上げて下さいね」

「あははははは……怖がってないって本人は言ってたんだけどなー」

「千歳さん」

 少しばかり強い調子の声に、千歳は乾いた笑いを収める。

「監視カメラに不審者が映っていないかと四ノ峰分家の子息と鷹槻さんが確認したそうですよ」

「あーそうなんだーぁ」

「結恵さんも今朝がた確認したいと申し出てらしたので、どうしたのかと尋ねました。……話は概ね、伺いました」

 桂子の笑顔は無駄に迫力あるものとなって千歳に向けられた。

「監視カメラには誰も映っていなかったそうです。そうでしょうね。貴方は何処に監視カメラがあるのかなど、熟知しているでしょうから」

「やーそうでもないけどさ」

「……貴方の悪癖はまだ治っていませんでしたか」

 桂子の低い声と、滅多に見られない鋭い眼差しが千歳を追いつめる。

 これはまずいと千歳は軽く身構えた。

「六十年ほど前にも本家屋敷を徘徊する影、という怪談がありましたね?」

「あははははは。そんなのあったっけ?」

 さっと顔を逸らす千歳。

 鋭い目を向ける桂子。

「ありました」

「……そっかー」

「仕込んでおいた食材がいつの間にかなくなっている。見覚えのない若い人影を見かけた。他にも色々ありましたね。当時幼かった私は泣きながら兄のもとへ行きました」

「そうだったんだー?」

「ええ。他にも昔から当家には色々と奇妙なことがあったようですね」

「さー? 俺は知らないけどー」

「千歳さんっ」

 桂子の思いもよらぬ大きな声に、千歳は思わず身を竦ませた。

「全て貴方ですね?」

「……いや、その」

「兄にすら認めなかったと聞き及んではいますが貴方の他に、該当する者はおりません」

「えーとだな」

「私も今になれば、若い方たちを怖がらせてみたくなる気持ちがわからなくありませんが」

 桂子は盛大に溜め息を吐いた。

「貴方なりの可愛がり方だということは今となればよくわかりますが、今朝の結恵さんの目の下のクマは酷いものでしたよ」

「あーそれはそれは」

「昔から度々本家屋敷に仕える者たち、それより以前は一族の子供達の間で、実態のない亡霊がうろついているといったような怪談が流れることは多々あったようですね」

 千歳は笑顔を崩さず、桂子の言葉を黙って聞いている。

 桂子は再び溜め息を吐いた。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花。知っている者から見れば小さな話に怯える子供達を見ることが楽しいということはわからなくもありません。ありませんが、貴方のそれは度が過ぎます!」

 ぴしゃりと言い切られ千歳は情けなく笑った。

「桂子も昔はすぐ怖がって泣いてなのになー」

「ええ。随分貴方の遊びに付き合って泣きましたとも。貴方に伺っても『何も知らない』の一点張りでしたし、兄が貴方を疑えば拗ねてしまわれるし……」

 昔から時折、綾峰家には奇妙な怪談が流れることがあった。

 多少違いはあれど、その全ての根底には『いるはずのない人間が一族内をうろついている』というもの。いるはずのない人間の正体を知る者は少なく、時には警備上の問題などとして大騒ぎになることもあったがその正体が賊であったことなどは一度もない。

 その時々の一族の権力者によって全て無かったことにされてしまう。

 長くこの家で生き、桂子もその意味に気づいた。

「あまり皆さんを怖がらせて遊ぶことも、控えてあげて下さいね」

「……んー」

 千歳は曖昧な返事をして、毛布をかぶって再び丸まった。

 それを見て桂子はよろしくお願いしますねと念を押して部屋を出て行った。

 扉が閉まり、部屋にはまた静寂が訪れた。

 そして瞼を閉じれば、闇の向こうに光を見る。

 その光の中に、自分と全く同じ顔形をした子供がいる。

『昭三。見ろよ、これ』

 その手には手足をバタバタさせる(かえる)

『草次郎。そんなの見たら女連中が悲鳴を上げるぞ?』

 だがそう言っても双子の兄が聞き入れるはずもない。

『いいからいいから。これを水瓶に仕込んでだな』

『あーあ。最近入った新しい女中が泣くな』

 そして同じ顔を見合せて二人、笑い合う。

 案の定、水瓶に仕込んだ蛙はみね屋の女中たちの悲鳴を呼び、双子の兄弟は揃って父に呼び出された。

だが父の第一声はこうだった

『昭三。お前がやったのか』

 有無を言わさず、父は弟である彼を睨んだ。

『峯家の男子があまり愚かな振る舞いをするんじゃない』

『……ち』

 違うことは、ない。

 草次郎と共にいたずらをして笑っていたのは確かに自分だ。

 だけど。

(何で俺だけなの?)

『ち、父上! ごめんなさい! 俺が昭三を誘ったんです!』

『何?』

 草次郎がそう言わなければ、永遠に自分は父からひとり疑われ続けたのだろう。

 疑われる土壌があったわけじゃない。

 ただ峯家では何かあった時、疑われるのが自分の役目だっただけだ。

 忌み嫌われる畜生腹の子として。

 それは当り前のことだったが酷く寂しく、虚しかった。

 誰にも自分の言葉は届かない。

 皆、自分を信じてはくれない。

 ――それは自分が信ずるに足りない者だから。

 ――それだけの信頼関係を築いていないから。

 そう理解はしても、時折頭の片隅から寂しさが首をもたげた。

 妻を迎えて子供達が生まれて、初めて無条件に自分を受け入れてくれる人が出来るまで。

 思えばケンカをして仲直りというものをしたのも、彼女らが初めてだった。

 それからはたくさんの『子供達』とも。そんな彼らが可愛くてついついいたずら心が芽生えてしまい、からかってしまうクセが出てはまたケンカした。

「……悪いクセだとは思ってるんだけどなー」

 鷹槻の端から疑ってかかる態度にムッとしたとは言え、図らずも本気で結恵を怯えさせてしまったようだし。その鷹槻も、結恵が千歳を構ってばかりいることが気に入らないという可愛らしい嫉妬心から自分に食ってかかることくらいわかっているのに。

「けどだからって、一応俺が違うって言ってるのに頭っから否定しなくたっていいよなー」

 まぁこちらも嘘を吐いたのだからお互い様だと言えなくもないが。

 だがやはり、嫉妬心からとは言えあんなに頭ごなしに疑われるのは面白くない。

「ま、いつも通り一週間くらいしたらメールするか」

 鷹槻とケンカをした後。ぷっつりとここを訪れなくなる彼に一週間ほど時間を置いてから何事もなかったようなメールを送り、そしてまた彼がここを訪れ何となくいつもの関係に戻る。

 三年ほどそれを繰り返してきた。

 メールの内容は何かを買って来てくれと言うようなものだったり、美味い茶を手に入れたから遊びに来いと誘うようなものだったりと色々だが、ケンカしたことについてはお互い一切触れない。

 それが千歳と鷹槻なりの仲直りの仕方だった。

「けど結恵はどうしたものかなー。全部ウソでしたって言うのもつまらないしなー」

 悪い事をしたと若干の罪悪感はあっても、それを改める気がないのが千歳だ。

「……何か魔除けっぽいものでも通販で探してみるか」

 ネットでその手のものを漁れば腐るほどヒットするだろう。

「うん、そうしよう。でもってそれを霊験あらたかな由緒ある魔除けとか何とか言って渡してやろう。そうしよう」

 千歳はソファから起き上がってパソコンの前へと向かった。

「何だろなー魔除けって言うとイワシの頭と(ひいらぎ)とかか? いやあれは節分限定か? あーでも結恵は女の子だしもっとかわいい物の方が喜ぶか? なんかリボンついたワラ人形とかないかな」

 上機嫌にキーボードを打ちながら、千歳は上機嫌に画面に見入る。

「ついでに鷹槻好みの茶でも注文してー、お。この般若の置物なんてリボンついてるし結恵にいっか」

 それから千歳からのそうとは知らされないお詫びの品に結恵は更に怯え震えあがり、鷹槻へのメール送信が遅れ、三人が『仲直り』して平和な日常が戻ってくるのには一週間より少し長い時間がかかる。

 だが元通りになって三日もした頃には微妙なケンカ状態になったという事実も忘れられるほど、平和な時が過ぎて行った。


「平和だなー。何か面白いことないかなー。ちょっと外にでも出てくるかな」

「何言ってやがる。平和で悪いことなんてあるか、クソジジイ」

「あ。このチョコ美味しい」

「だろー? それ限定何品とかいうやつでさ、買うのすっげー苦労したんだ。……で、何の話してたっけ?」

「平和の話だっけ?」

「とうとうボケが回ってきたか。クソジジイ」

「ボケてもいないし、そのクソジジイ呼ばわりもやめろって言ってるだろうが。だいたいお前はー……」

「るっせぇな。モウロククソジジイ」

「やめなよ、鷹槻。そりゃいくらなんでも失礼でしょ」

「そーだそーだ。年寄りをいじめやがって。結恵はいい子だなー? お小遣いやろうなー?」

「もう完全にジジイじゃねぇか。いつも俺らのことガキ扱いしやがって」

 ぼそりと呟いた鷹槻に千歳は無言でクッションを投げつけた。

 顔面に直撃して鼻を押さえる鷹槻を見ながら千歳はにっこりと笑った。

「だってお前ら、俺の子供だし可愛がりたくなるだろ?」

                             了

 この話は当初ちょっとホラーテイストでと思っていたのですが、結局悪ふざけがすぎる千歳の話になってしまいました。悪ふざけ大好きですが千歳なりの愛情表現なんです。屈折しているけれど彼なりに全力で愛情表現しているつもりなんです!

 しかしこの番外短編は色んな千歳を書けて楽しいな~と当時すごく嬉しかった思い出があります。改めて掲載するにあたって見直していても文章や構成の甘さに泣き叫びそうにはなりますが、でも千歳書けて楽しいとか思っていました。

 そんな番外短編三作目、おつきあい下さりありがとうございました!

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