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桜、咲け。

 この番外編は不可侵区域・本編のネタバレがあります。お読みになられる際はぜひ不可侵区域本編を読み終えてからになさいますようお願い致します。

 

 ドンドンと激しくドアを叩く音が千歳(ちとせ)の部屋に鳴り響いたのはとある早春の夜のことだった。

「お。結恵(ゆえ)、来たのか。随分早かったなー」

 これから行くから! とメールを受信したのはほんの三分前なのだが。

「走ってきたのか? 何だろなー?」

 ピザマンを食べている鷹槻(たかつき)を振り返りながら、千歳は首を傾げた。

「どーぞー」

 とりあえず千歳が声をかけると、部屋の扉が勢いよく開け放たれる。もう夜も遅いと言うのに元気なことだ。

「お邪魔しまーす! 見て見て! 制服できたっ!」

 部屋に入ってきた結恵は、上機嫌で千歳と鷹槻の前に立った。

 濃紺のブレザーに校章入りのエンブレムと金ボタン。青と緑系のチェックのリボンタイと、それと揃いのチェックのスカート。紺のハイソックスにも校章が刺繍されている。

 これが結恵と鷹槻が四月から入学する高校の制服だ。

「おーもう出来たのか。似合う似合う」

「へへ~ありがと」

 結恵は頬を弛ませて千歳と鷹槻の向かいのソファに座った。

「実は昔から憧れてたのよね~ここの学校。基本的に初等部までで大方の人間が入っちゃうから、中等部・高等部はごくごく少数しか取らない日本きっての金持ち学校にしてエリート養成校!」

「何か知らないけど嬉しそうで何よりだなー」

「そりゃあ嬉しいわよ!」

 結恵は身を乗り出して拳を握り締めた。

「学費・偏差値・設備の充実度は国内随一と名高い名門校だもの! 国の重要文化財だというお城のような本館校舎に、一流企業のような校舎の数々。プラネタリウムに音楽堂に温水プールにスポーツジム、蔵書百万冊を超えるという図書館、最新機器の揃ったIT室、購買はまるでショッピングモール、学食・カフェテリアは和・洋・中で味は高級料亭並み!」

 熱く語る結恵を、千歳と鷹槻はのんびりとお茶を飲みながら眺めていた。

「その上この制服だって靴下、皮靴まで一流ブランド一式! 値段を聞くのも恐ろしいわ! この年でこんな贅沢味わっちゃっていいのかって正直腰が引けてるのよ! けどやっぱり嬉しいの! 何と言っても長年憧れていた学校の一員になれたって気がするじゃない!?」

 それでも結恵の興奮は冷めることはなく、まだまだ熱く語っている。

「……結恵はこんなに熱く語るキャラだったのかー」

「……俺も頼まれて学校案内した時に驚いた。目が違うんだよ、煌めいてるんだよ、ものすごく。本当に不登校児か? こいつ。学校嫌いなんだと思ってた」

「結恵をそんなに煌めかせるくらいの学校かぁ。俺も行きたいなー」

「何言ってんだよ、クソジジイ。頼むからそれを本気で実行するなよ?」

 鷹槻は呆れ混じりに言って、空になった湯呑みに新たに茶を注いだ。

「クソジジイってその呼び方いい加減に直せってーの。年長者は敬えって言ってる何度も言ってるってのに。あー何かムカついたから本気で学校通おうかなー。しかもせっかくだから、うちの大事な大事な結恵と同じクラスにしてもらおうかなー。変な虫がつかないか心配だしなー」

「はっ!?」

 鷹槻は湯呑みを叩きつけるようにテーブルに置いて、千歳を見た。

 そんな様子を見て、千歳は笑いを押し殺していたが、鷹槻はそんなことには一切気付いた様子がない。

(こっちもかわいい奴だよなぁ)

 いじり甲斐が出てきたと言うか。この点では特に結恵に感謝をしなければなるまい。

「え、何? 千歳も学校通いたいの!?」

 ようやくこちらの世界へ戻ってきたのか、結恵は我に返ったように驚きの目で千歳を見た。

「おい結恵。このジジイの言うことをいちいち真に受けるな……」

「うん。せっかくだから通ってみたくなった。ちょっと桂子に頼んで、他の奴ら脅してみようかなーって気になってる」

「千歳っ! お前もあんまり冗談が過ぎると……」

「いいじゃん! 千歳も同じ学校だったら楽しいよ! ね、鷹槻」

 結恵は常なら考え難いほどのテンションと笑顔で鷹槻を見た。

 きっと今のすっかり舞い上がった彼女には何を言っても無駄だろうと、鷹槻はここで悟る。

「男子の制服は同じ色のネクタイだったよ。きっと似合うし、鷹槻! 鷹槻の制服、千歳に貸してあげてよ」

「……絶対嫌だ」

 不機嫌なオーラをまき散らして鷹槻は呟く。

「えー何でよ」

「第一千歳には俺の制服じゃデカイだろ?」

「少しくらい平気でしょ? ねぇ?」

「そうそう」

 千歳は鷹槻の不機嫌の要因を理解した上で結恵に同意する。

 クソジジイ! と胸の内で毒づきながら鷹槻は千歳を睨むが、当の千歳はどこ吹く風だ。

 それほど表情豊かでない鷹槻がこれ以上ないほど不機嫌な顔をしたところでさすがに千歳も遊びすぎたか、と軽く反省してみたて話題を変えることにした。

「まぁそんな冗談半分はさておきだ」

「冗談なのっ!?」

 結恵ががっかりしたように声を上げた。

「うん。興味本位で行ってみたいなーくらい」

 千歳はこくりと頷いて結恵と鷹槻に笑いかけた。

「もう半月後にはお前たち高校生かー。本当だったら入学式に行ってカメラとかDVDとかでお前たちの晴れの日をぜひとも永久保存したいんだけど、そうもいかないから、せめて写真を撮って俺のところに持参しろよ?」

「写真なんか欲しいもの?」

 結恵は不思議そうに千歳を見た。

「欲しいさ。可愛い子供達の晴れ姿だからな。と言うわけで鷹槻。お前もしかめっ面じゃなく、ちゃんと笑顔で写ってこいよ?」

「……めんどくせ」

 鷹槻は軽く顔を背けて言う。けどその表情からは、先程の不機嫌が若干抜けていた。

「入学式には桜なんだってな? 今年は桜の開花が早いらしいからお前たちの入学式まで咲いてるといいんだけどな」

「そうだね。校門前の桜並木すごかったし、どうせなら桜満開の入学式がいいなぁ」

それから結恵は思い出したように鷹槻を見た。

「そう言えば鷹槻」

「何だ?」

「入試の時に見かけたんだけど、中庭に大きな桜の木が一本植わってるじゃない? あれって中庭のシンボルみたくなってるって聞いたんだけど、何か特別な由来でもあるの?」

「中庭……」

鷹槻は全く興味がなかったそれに関する記憶を手繰りよせ、しばらく考えていたかと思うとゆっくりと顔を上げた。

「ああ、思い出した。あの木は緑の桜が咲くんだよ。うちの学校の創設者がその桜が好きで植えたらしいとかって」

「え、緑の桜なんてあるの!?」

「正確には鬱金桜(うこんざくら)って言って、ごく薄い黄色なんだけど、周りの葉の影響とかで薄緑っぽい色の花に見えるんだよ。そう希少な品種ってわけではないらしいけどな」

「へぇ。桜って言ったらピンクしかないんだと思ってたよ」

「俺も。入学式の時、そこでも写真撮ってこいよ。俺も見たい」

「確かあの桜はソメイヨシノよりも開花時期が少し遅いから無理だと思うぞ?」

「えー残念」

 結恵はあからさまに残念そうに肩を落とした。

「まぁ入学式じゃなくてもいいじゃんか。咲いたらその時にまた写真撮ればいいんだからな」

 千歳がなぐさめるように結恵に言う。

「何でそんな花見客みたいな真似するんだよ? 恥ずかしいだろ」

「何だよー年寄りを喜ばせろよ」

「……ジジイ呼ばわりしたこと、根に持ってるのか?」

「まさか」

 千歳はにっと笑って結恵と鷹槻の頭をそれぞれの手で撫でた。

「楽しみにしてるからな。お前たちの晴れ姿。永久保存して墓に持ってく」

 結恵はくすぐったそうに笑って頷く。

「携帯に写メ送ってあげる」

「あ、それいいな。携帯の待ち受けにできる」

「やめろよ、どこの親バカってか爺バカだよ?」

「我が子がかわいくて仕方ないのは親の務めだ」

 自信たっぷりに言う千歳に、鷹槻は頭を撫でられたまま小さく呟く。

「爺バカ」

「何とでも言え」

 楽しげに千歳は笑い声を洩らして言った。

「二人とも、三年間たくさん思い出を作れよ。その時はムカついたりしんどかったりしても、大人になった時には恥ずかしくて穴掘りたくなったり、笑い合ったりできるようなのをたくさん」

千歳の手の下で、結恵と鷹槻は顔を見合せて小さく笑った。

「うん」

「やっぱり千歳は爺バカだよな」

「爺にバカに本当言い放題だなーお前は」

 千歳は二人の頭を撫でていた両手で鷹槻の両頬を遠慮なく引っ張り、結恵はその光景を見て声を上げて笑い、鷹槻は全力で抵抗して。

 桜の季節はもうすぐそこ。

                                     了

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