現在へと至る
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………なんで?」
隼綛が去ってから数時間後。
事後処理という名目で誤魔化して、シキは唯音と音亜を助けに来た。
助けに来た、と言っても正確には生き返らせにきたという所だ。
彼女は死神と呼ばれる存在であり、その名に相応しい力を持っている。
「……なんで…………」
シキは少しばかり罪悪感と責任感に苦しめられていた。
このスーパーを教えたのは自分で、そして偶然か必然か、今日に限って建物が倒壊するような事件が起こった。
彼女はこの倒壊までの間に何があったか、どうしてそうなったか、その理由すら知らない。
その為、自分のせいだ、という感覚に縛られてすぐさまにこの現場へと駆け付けて活動を始めた。
だが。
「…………なんで、生き返らないの」
その現場で見つけた唯音の体にすぐさま力を行使したが、彼女は生き返らなかった。
そもそもその肉体は唯音が作りだした偽物のため生き返るはずなど無いのだが、その事実を知らないシキからしてみれば自分の力が失われたのではないかという疑念を抱くしかなかった。
唯音の体は生き返らず、さらには音亜の姿はまだ見つかってすらいない。
自分がこんな場所を教えたばっかりに……。
「偽物だねぇー、これ」
「鑑…………どうして?」
いつの間にか現場に来ていた鑑は唯音の体を見て、シキが失望している姿を見て、そう判断した。
シキの問いかけに答える前に鑑は優しくシキの体を抱きしめて、それから答える。
「僕自身に掛けられた呪いが解けていない。これが本物の死体だとしたら、当然、僕は元の状態に戻っているはずだ」
「デマカセじゃないだろうな」
「元の状態なら、デマカセを言う気にすらならないって話だよ」
鑑はそう言った後にシキの体を離して、辺りを見渡す。
例え彼が魔神の呪いによって精神状態がおかしくなったとしても、一つだけ気がかりな事があった。
「音亜くんは?」
「…………まだ、見つかってない」
「そう。それはヤバいね」
魔神が自分の偽物の死体を用意しなければいけない事態が起こった。
そしてその現場から彼女の兄である篠守音亜は発見されない。
つまりは彼はどこかへ消えた。
逃げた、というのならばまだ平気。彼もただの人間で臆病風に吹かれたというだけの安全な状態。
しかしそれ以外ならば、最悪。
魔神を殺す程の力を持った何者がいたことは、偽物の死体から察せられる。
神を殺せる力など想像もつかないが、それによって魔神が致命傷を負ってしまったのだとしたら。
きっと音亜は殺す為に動き出すのだろう。
「シキは引き続き、他の人の手当てに行って。この事は僕が処理しておくから」
ひょっとしたら、たった数時間前に世界の全てを殺せる存在が覚醒してしまったのかもしれない。
そんな事を思いながら鑑はシキにそう言いつけて、無表情の唯音の偽物を眺めていた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「……あの、ヤロウ…………」
建物の全壊から数十分後、オトアはようやく目を覚ました。
起き上がった時には辺り一面は瓦礫の山へと変わり果て、辺りからは音一つ聞こえない。
眉一つ動かさず、自身の体中に走る痛みに耐えながらオトアは立ち上がりフラフラと歩きはじめる。
どこへ行けばいいかは分からない。何をすればいいかは分かっている。
隼綛を殺すために自身の体を鍛える事。それと分からなくなってしまった隼綛の居場所を捜し出す事。
何故そこまでして隼綛に拘るかは自分でも分かってる。唯音の復讐ではなく、あれが生きてる事がムカつくからだ。
だがきっと本気の隼綛を殺せるようになるまでには相当の時間が掛かるのだろう。肉体における成長としては最低限5年間は必要とするだろう。
その5年間に隼綛を捜しきれるとも限らない。一生涯かけても見つからないかもしれない。
ともかく色々な情報網を作る必要があるだろう。
それについては問題無い。この醜い世界には常に自分の代わりに邪魔者を殺してくれる奴を求めているクズがいるのだから。そこから当たってみればいい。
鍛え、殺し、捜し、消す。
これからの自分の人生はそれだけの為に存在し、それが自分の全てになってしまうのだろう。
丁度いい。篠守音亜を殺してしまった今、オトアにとっては人を殺す以外にやる事もないのだから。
人捜しなど面白味も無いが、捜し出した後に盛大な楽しみがあるのだから。
「…………ハッ」
オトアは声を出して笑うと、そのまま蜃気楼のように揺らめきながら何処かへと消えていった。
それから色々な者を殺した。色々な物を見た。色々な悲劇を起こした。
隼綛以来、あの才能は使っていない。使う意味がない。雑音拒絶のみで簡単に人は死んでいく。
そして殺しておく途中で気付いた。この世界には壊す価値すらない。
醜く歪み果てた世界は、自分が手を下す前からすでに壊れていてもう一度壊すことは叶わない。
最初からこの世界は壊れきっていた。それに気付いていなかったのは唯音が傍に居てくれたためかもしれない。
今じゃ目的の半分を失ってしまい、あとは隼綛すら殺せば死んでもいいと思っている。
「お前は誰だ?」
ある夏の日。懐かしい人物に遭った。
あの時は身長も全然小さく、無口だった黒髪に蒼い瞳が特徴的な少女。
その少女は自分との再会時にそう口にした。
割とあの頃と何も変わっていないと思っていたが、そもそもこの少女と最後に会った時にはまだ篠守音亜だったのだから、この問いも当然だろう。
この少女に対して返せる言葉は一つしかない。
「名を語るほどォ、立派に育たなかッた人間だァ」
「そうか。ならここで死んで、立派に来世をやり直せ」
「断るよ」
即答した。来世なんぞに待ってはられない。隼綛は今この瞬間にも殺したい存在だと言うのに。
ここで死んで、隼綛を殺せなくなるような失態だけは絶対にしてはいけない。
それからシキとは何故か何度も遭う始末。挙句の果てには一度殺されかけて、彼女に情でも掛けられたのか未だにこうして生きている。
その後に牢屋にブチ込まれ、変な少女に雇われた。彼女はこの世界は自分の玩具箱だと思っているらしく数々の難題を課してきやがった。
別に女の我儘は、唯音の時に聞きなれてるから問題は無かったけど時々苛立ちはした。
その雇い主の少女から聞かされた唯音が生きてるという話は中々奇妙で、何かを企んでる事くらいはすぐに分かった。
そして。
「…………魔神、篠守唯音」
彼女に再び逢った時、特にこれといって感動は無かった。
嬉しさなど存在はせずに、無類の虚無感だけが襲ってきた。
多分、8年前の自分と現在の自分を比べて呆れ果てていたのだろう。あまりの変貌さに。
「へぇ……今の一言はかなりブチって来ちゃった♪ その脳髄まで溶かし尽くして、自分が何者なのかすら分からなくさせてあげる」
「お好きにどォぞ。どうせ今のお前じゃオレには届かない」
唯音が何に怒っているのかは分からなかったが、臨戦態勢に対していつの間にか隼綛と同じ言葉が口から出ていた。
それ程の実力をつけたという事か、それとも同じような人間に成り果てたという事か。
そんな事どうでもよかった。どうせ隼綛が殺せるかどうかだけが問題なのだから。
「もう一つは、シロウサギへの逢い方」
去り際、唯音はそう口にした。
シロウサギなんていう言い方は唯音なりの嫌悪の表れかどうかは知らないが、きっと隼綛の下の名前である白兎のことだとすぐに気付いた。
「私がヒントを殺しちゃったから、代わりに教えてあげる。アレはねぇ――――狐狩りを起こせば会えると思う」
何故、それを唯音が知っているのか。そんな疑問は浮かばなかった。
嘘だという可能性もあった。だけど唯音が嘘を吐いているかいないかの判別などすぐにつく。
「そうか、ありがとな」
「うぉ! 音にぃが私を褒めた、やっほーいっ!」
礼に対して、唯音は昔通りの反応をした。
それがとても心に傷を残した……ように感じたのは自分にまだ人間としての心が残っていた為か。
思わず顔が綻びそうになるのを抑えて、無表情を繕いながら唯音が消えていくのを見ていた。
「それじゃね、音にぃ」
「さっさと失せろ」
たった8年で色々と変わるモノだ。
自分自身も、唯音に対する態度も、自分の心も。
だけど、あの時から一つだけ今までずっと変わらないものもある。
それは怨嗟とも嫌悪とも例えられる、自身に課した義務。
隼綛を殺すことだけは、例え、誰が邪魔しようとも変えられないオレの感情だ。
過去終了。
最後のオトアの回想はいらなかった気がするけど…………。
どうせ読者が少ないから作者の好き勝手にしてしまえばいいのさー。




