忠告
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「チッ…………!」
オトアの手刀が女性の心臓へと深く埋まってしまう前に隼綛は足を掴み上へ投げ飛ばす。
天井に叩きつけられたオトアはしばらくそこから落ちることなく、地面に落下してきた時にはすでに気絶していた。
最後の悪足掻き。渾身の力で持ってしてオトアはこの女性を殺したのだろう。
オトアも始めの時にこう言っていた。
"オレは全てを殺して世界を壊す。そしてここにはアンタがいる。だから殺す。それだけだ"
この場にいる人間でおいて殺せると思えた人間はあの女性だけだった。だからオトアは殺した。
ここにいたから殺した。狙った理由はたったそれだけ。
「…………ッたく、コイツァ」
目を閉じ、まるで死んだように静かに眠るオトアを睨み付けながら隼綛は溜息混じりに呟いた。
隼綛はオトアを殺す為だけの存在と讃えた。故に、一度目を付けた獲物に対しては意地でも殺しに掛かってくるものだと思っていた。
だが違った。篠守オトアという人物は、今の所は殺せれば誰でもいいらしい。
その認識の違いが隼綛に隙を生み出し、その一瞬でオトアは女性を殺した。
隼綛は片足を上げてそのままオトアの首へと落そうとする。
その行為をするだけで隼綛は力によってオトアの首を裂き、殺す事ができる。
一応は自分の上司のような存在を殺されてしまった身である隼綛としては形式上、仇討の一つでもしておいた方がいいと考えていた。
だがそもそも隼綛が、形式上の礼儀と自身に対する愉悦を秤に掛けたとしたら、当然、愉悦を率先するのだろう。
オトアの首のすぐ真横に足を落し、そのまま床を裂いてちょうどオトアの体が落ちてしまう様な穴を創り出す。
瓦礫と共に自由落下していくオトアの見下しながら、隼綛の顔は自然と喜びに歪んでしまう。
「……さァて、どォしましょうか王様。その体は完全にアウトですよね」
将来への期待を地へと落した後に隼綛は事後処理にかかる。
正直オトアの最後の足掻きは相当の痛手となっている。
「代えの体は」
「ありませんでしョうよォ多分。ここの建物内にいる人間は大概死んでますから」
魔神と隼綛の戦闘による二次被害、さらにはオトアによっての殺害。
確率としては99%の割合で死んでいる。残りの1%が本当に存在するかすら怪しい。
「何なら、オレの体に移ります? 別にオレは構わないですけど」
「こっちがお断りだ」
血反吐を吐きながら女性は平然と喋り続ける。
この女性の体は本人の意思で動いてはいない。乗り移られている、【虚無の王】という呪いに。
『呪い』というものが隼綛にはよく分からない。【虚無の王】がやらかそうとしている事は隼綛にとっていずれ利点が生じるために協力しているだけの関係の為だ。
【虚無の王】自身は隼綛にその事を説明したはずだが、隼綛にとってはそんな事すら忘れさせてしまう魅力的な利点に釣られて協力しているような関係だ。
故に、ここで【虚無の王】に死なれては少しばかり困る。
「そォ言われても、今から生存者探したッてその前に死ぬのがオチですよ」
「小月っ!」
隼綛がどうしようもない状況に悩まされている所にタイミング悪く、張空陽介は来てしまった。
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ようやく小月に追いついた陽介が屋上駐車場で見たものは血だまりに埋めている女性とその近くに立ち尽くす青年。そして何故か呆然としている小月だった。
「小月っ!」
声を出さない様に隠密に動いている余裕などもう無いだろう。
あの青年が女性を殺したかどうかなど、どうでもいい。
ともかく今はここから小月を連れて逃げ去ってしまうことが優先だ。
あの青年からはどこかヤバいような雰囲気を感じる。
声を掛けられても振り向きもしない小月の手を握り、陽介はその場からすぐさま逃げ去ろうとする。
だが。
「兄ちャん、ちょっとオレの快楽のために協力してくれねェか?」
気付いた時には、先程の青年が陽介の肩に手を置きながら問い掛けてきていた。
陽介とあの青年との間には相当な距離があった。それが一瞬のうちに埋まってしまっていた。
どこの少年漫画だ、などと陽介が心中で悪態をつこうとしている間もなく次の瞬間には今度は自身が女性の元へと移動していた。
握っていた小月の手もいつの間にか離してしまっていたようで、視界の端に小月のその姿が映った為、自分が瞬間移動なんていうものを体験してしまったことに気付いた。
「どォやら王様は日頃の行いがよろしい様で」
「グッ……っ!」
青年に頭を押さえ付けられて、女性の前に陽介の顔が出される。
一体何が行われるか、今の陽介にはまだ分かっていないが、きっとそれが自身に不幸をもたらす事だと言うことは察しられた。
「本当に、運が良い」
口から血を流す女性は平然としたような声でそう発した。
陽介にはとても信じられない光景。致命傷を負って今にも死にそうな人間が、まるで日常生活を送っているかのような平然とした声で喋っている。それはとてもじゃないが陽介には信じられない。
女性は陽介に手を伸ばしてその顔に触れる。
その瞬間、陽介の視界も思考もその全てが黒に呑みこまれた。
「がぁぁァァァァあああアアアアアアアアアアッ!!」
悲痛を表すような叫びを上げると、陽介はそのまま地面に倒れ込んでしまった。
隼綛はその光景を見てしばらく経った後に、不都合が起きたことを知る。
「ありャァ……拒絶反応なんて見たこと無かッたけど、やッぱオレに移っておいた方が安全だったんじゃねェか?」
普段ならば乗り移った直後から何事も無かったように動き出す【虚無の王】が何の反応も示さない為、隼綛は自己判断で動くしかなくなった。
「まァ……どうせ魔神を殺してあるからな。死神は来るだろ」
隼綛が考え付いた判断。それは『面倒だから全壊させて誤魔化す』という非常に大雑把なものだった。
怠そうに頭を掻いた後、全壊作業へと移ろうとした隼綛の視界にある少年の姿が映った。
確か先程、小月、と呼ばれていたはずの少年。
「アンタのやりたい事はよく分かったわ。でもわざわざ死ぬ気なの?」
「…………あァ、そォいう。こりャ王様だけを強く責められねェなァ……オレも失敗していたみたいだし」
突然話し出した少年に対して大きく抱いた隼綛は、その中身が魔神であることに気付きどこか面目無さそうに笑う。
「『最上の抑止力』と殺し合いをしたって、結果なんて最初から決まってるわよ」
「ほォ……なんでオレの利点を知ッてんだ?」
「神様の中で2番目に強い私を殺そうとして、その上、張空の方にまで手を掛けようとしてたんでしょ? だったら答えなんて考えるまでもない」
「おいおい一体どこからオレたちの話を聞いていた?」
「音にぃが負ける前から。それで隼綛白兎……シロウサギ。鬼神と戦ってまで何がしたいわけ?」
「シロウサギって……ちゃんと名前で呼べよ。気にしてんだから」
「鬼神と戦ったって負けるの決まってる事だし、アレをわざわざ呼び寄せようとするなんて正気の沙汰じゃない」
「別にオレは死んでも構わないんだよ。圧倒的な差であれ拮抗している状態であれ、完敗でも相討ちでも勝利でも、本気で殺し合いが出来ればそれでいい」
「……狂ってる」
「だろォな。よく知ッてる。それでもオレにとッて世界の価値ッてのは、後はそれくらいしか残ッてないんだよ」
「別に私はアンタが鬼神と戦って死んでも構わないけど、一つだけ忠告しておくよ」
「んだァ? 神様のアリガタイご忠告ってのは」
「音にぃはお前を殺すし、お前は音にぃに殺される」
「そォだとイイな」
隼綛は片手を大きく振るう。
それと共に建物全体が軋みを上げて、至る場所に亀裂が入っていく。
「それと」
空間を小さく裂き、今にもこの場から立ち去ろうとする隼綛の背中に唯音は一言だけ付け加えた。
「私はお前を許さない」
「別に。怨まれるのも慣れてるよ」
隼綛がその場から姿を消した直後、降り注ぐように地面へと瓦礫と共にあらゆるものが落ちていく。
ダラダラと長く続いた過去編は、次でラストです。
その後どうしよ。どこら辺で止めようか。




