転移
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……小月。俺は布とか取ってくるから、この子の意識が途切れないように傍に居てあげてくれ」
「分かった」
……誰? 近くで人の声がする…………。
大人じゃない……子供……音にぃと同じくらいの歳の人と私と同じくらいの歳の子供かな。
どうしよう……心臓の蘇生と血液量の調整は終わったけど、傷の修復が終わってない。
きっとこの子たちは普通の生活を送ってきた子たち……私の傷の修復を見せるのは危険…………。
だったら、目を逸らさせないと…………丁度、色々と都合がいい。
どうせこの体で隼綛の元に向かったところでまた殺される。別の体に変えていかなきゃ、バレる。
近くにいる子に移って、あともう一人の子の眼を私の体から逸らせる。
そのうちに傷の修復と、容姿の偽装を行ってしまえば……。
「…………うぅっ……」
「だ、大丈夫?」
私が声をあげようとすると傍にいた子が顔を覗くように体を向けてきた。
よく平気だな……今の私は全身血塗れなのに、臆せず覗いてくるなんて…………。
でも、今の私には都合が良い精神力だ。何も知らないこの子の体に移らせてもらう。
「あ……ぁぁっ」
「え、えっと……」
私が伸ばした手を、何も考えずに握ってしまった名前も知らない子供。
次の瞬間には私の体から力が抜けて、本当にもぬけの殻のように動かなくなる。
「……小月?」
後ろからの声を気にせずに私はこれからの行動を確認する。
やるのは偽装。死体と本体とそしてこの体の偽装。
死体はすぐに創れるし、この体にはもう乗り移れた。あとは本体をどこに隠すかだけど……。
「…………おい、どうした小月」
誰かが肩に手をかけてきたけど、それを無視して私は天井を見上げた。
音がする。爆発音というか、暴風の音というか……とにかく途轍もない騒音。それが上からする。
……このスーパーには平面駐車場だけじゃなくて立体駐車場もあるの…………?
初めてきた場所であるためまったく分からないが、それでもこの騒音の原因としてあるのはきっと隼綛白兎なんだろう。
立ち上がり、辺りを見回す。エスカレーターも壊れてしまっているためとにかく上までは足で上がらなければいけなくなるだろう。
別に、それでも構わないけど。
「おい、小月! どこに行くんだよ!」
上を目指して駆けはじめた私の後ろから誰かがついて来る。
きっとこの体の子に関係がある人なんだろう。さっきから名前のような物を連呼しているから。
何も知らないこの子たちには悪いけど、今は私の我儘に付き合ってもらう。
音にぃが暴れてない事を祈りながら、私はひたすら上へと駆け上がる。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「…………ッ」
「ほらほら、もッとペースアップしてやろォかァァッ!?」
自身に迫ってくる二つの風の束を捌きながら、暴風の鎧を削る隼綛の顔にはまだまだ余裕があった。
対してオトアには笑みを浮かべるような心も余裕もない。殺すために考え、殺すように体を動かす。
やはりこの差は隼綛が未だに手加減をしているという事が原因なのだろう。本当に隼綛がオトアを殺そうと思えば、今すぐにでも殺せる。そういう事なのだろう。
(……詰めれない…………鎧以来、差を詰めれてない…………)
オトアは身を持ってそう感じていた。隼綛との差を埋められていない。隼綛を殺すに至れていない。
まるで隼綛がオトアの才能に合わせて加減してきているため、殺す手立てを実行する前にその手を崩されているような状態。
オトアの最大の武器であるものが相手に通じなくなってしまった。そう本人は感じていた。
事実、先程から隼綛に向けて振るわれ続けている風の束を掻き集めた剣は、その軌道こそ必殺に至るものかもしれないが一度たりとも隼綛に届いてはいない。
対して隼綛の拳は着実に鎧を削っていっている。暴風の鎧にはもうすでに修復が間に合わずに隙が生まれ始めていた。
「……チッ」
「おいおい逃げるなよォ」
一時的に退いたオトアの行動にどこか落胆しながら隼綛は腕の軌道に沿って空間を裂く。
瞬間移動の時の裂き方とは違う。大きく空間を裂いているのだ。そして軌道も途中で曲がっている。
オトアが疑問を持つ前に空間を埋めようと空間自体が動きだし、強烈な風を生み出す。
まるで隼綛の元へと無理矢理に連れて行く鎖のような風が。
「…………ッ!?」
「ほォら、一回死んだ」
姿勢が崩れたまま隼綛の前に連れて来られたオトアの腹部に膝蹴りが叩き込まれ、そのまま拳で壁まで殴り飛ばされた。
肺にあった空気がすべて口から吐き出され、そのままオトアは膝をつく。
「言った通りだろ? 今のお前じゃオレには届かない」
「何を…………」
空気と共に吐き出された唾液や血液などを腕で拭いながら、オトアは立ち上がろうとする。
その時初めて、隼綛の言葉に納得してしまった。
「…………へ?」
「そォいう事なんだよ」
別に隼綛からの追撃を喰らったわけではない。だからこそオトア自身、最初は何が起こっているのかが理解できなかった。
自身の体全身が震えている。
その現象がオトアには不可解で仕方なかった。隼綛の強さに恐怖することも無ければ、自身についても恐怖するような精神を持ち合わせてはいない。さらに言えば今の状態のオトアは自身が死ぬことも、すべての物事に対して恐怖など感じていない。
なのに全身が震えている。
「簡単な話だ。肉体のスペックが限界なんだよ、今までの無茶な動きのツケだ」
隼綛はそう落胆的に話す。
オトアは今までとても大人でもそう簡単にできるような事を何度もし続けていた。当然その行動すべては自身ができる範囲内での事だったため、オトア自身は尚更気付く事が出来なかった。
普段からスポーツなどをしているわけでもない少年が、長時間行動するには無理なことが多過ぎた。
さらには行動だけでなく自身が生み出した爆風などの圧力を受けてダメージを負っている。
子供の肉体で受けきれる限度を超えている。むしろよくここまで誤魔化せた方なのである。
彼には殺す為の力も殺す為の心も殺す為の才能も揃っている。しかし肉体はまだ未完成なのだ。
「惜しィよ。こォいう終わり方はオレ的にも白けちまう。でもまァ、これだけはどうにもできないからな。諦めろ」
「…………ッるせェ、このヤロウ」
暴風の鎧によって無理矢理締め付けるようにして体の震えを止めて立ち上がったオトアの眼には未だ殺意が籠っている。
オトア自身でも分かっていた。才能で導き出される隼綛の殺害方法が急激に減っていっていることによって、自身の肉体の限界がきているということは。
それでも殺す。アレは自分の手で殺す。
「……面白ェ…………最高だよ、オトア」
「黙れ、殺す、隼綛」
愉悦に表情を歪ます隼綛に、オトアは静かにそう返す。
この二人の殺し合いの結果は、ほぼ確定している。オトアの敗北だ。
今のままのオトアでは鎧を削り取られてしまえば、簡単に倒れてしまう。そんな状態で隼綛に勝てるわけが無い。もしもオトアが隼綛に勝つ方法があるとしたら、限界を超えるか、奇跡が起こると願うしかない。
もう上手く動ける事が無くなったオトアに対し、隼綛は瞬間移動などを使う事はなく歩きながらオトアを裂き殺しにいった。




