死
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「ぅぅ……うぁぁあああああああアアアアッ!!」
「……任務完了ッと。確か駐車場で待ッてりャイイんだッけ?」
隼綛は、音亜の叫びなど気にせずに先程と同じ工程で瞬間的に移動する。
この場には、音亜と……心臓を失った唯音しかいなくなった。
音亜はすぐさま唯音へと駆け寄り、糸が切れた人形のように地面に倒れようとしている唯音を抱きかかえた。
「唯音! 唯音ッ!」
「音……にぃ…………?」
口から血を滴らしながら、唯音がどうにか音亜を見上げる。
どう言葉を掛けたらいいか。どんな言葉も無駄だと思われるこの体に、どう言葉をかけるべきか。
音亜には、無難な言葉を選んでる暇など無かった。
「唯音、すぐに病院に……大丈夫、助けるから!」
「さすがに、無理だよ…………心臓無いんだから……」
「でも、移植とか……他になんか手段が!」
「先に失血死しちゃう……無理だよ…………」
唯音が声が段々と弱くなる。いつもの元気な声からは想像できないくらいに小さく、弱く。
それはまるで生きてた者が……死んでいくような。
「ダメだ! 唯音ッ! 死んじゃ嫌だ!」
「音にぃ……珍しく、我儘だね…………」
音亜の願いを否定するような、無理だと悟らせるような、そんな優しい笑顔を唯音は浮かべる。
死ぬ。このまま唯音は死ぬ。
唯音の笑顔が、唯音の体から出てくる赤が、それを物語っている。変える事が出来ない運命だと。
心臓が無い事実を変えない限り、血が無くなる事実を変えない限り、唯音は死んでしまう。
…………無い事実……。
「そうだ! 魔神の力を使って、心臓を作れば!」
「はははっ……音にぃバカだなぁ…………心臓を作っても、血が少なすぎるんだよ」
「じゃあ、血も! 血も同時に創れば!」
「今の状態じゃ……どちらか一方で精一杯だよ…………」
体を引き裂かれた痛み、心臓を抉り取られた痛み、出血による貧血、失血による脳への障害。
色々な要因が、さらに時間が経つごとによって悪化していく。
状況は最悪だ。唯音を助けられる方法はない。
「でも、平気だよ……シキがいる…………」
「シキちゃん?」
「アイツらは、居るって、知らないみたいだけど……シキの力は、命を操る力なの…………だから、私がここで死んじゃっても、生き返れる……」
「死神の力、か」
「うん。だから、音にぃは……心配しないで……逃げて…………」
「……あぁ、そうだな」
「音にぃ…………?」
あまりにも潔い返答。それに唯音は疑問をもった。
自分の妹が助かる手段は、幸いにもあった。しがしながらその手段では妹は一度死ぬことになるのだ。
だから少しばかり抵抗があると思っていた。
しかし予想外に、音亜は何の反論もせずに返した。
何故だろう。自分の中で反論を呑み込んだんだろうか。
「もう……眠いのか?」
「……うん」
「なら、このまま寝ていいよ。兄ちゃんの腕の中で、寝ていいよ」
「やったぁ……」
唯音はそのまま静かに瞳を閉じ始める。
そして音亜は、そのまま胸から溢れだしている血液を飲み。
「おやすみ、音にぃ…………」
「あぁ……さよなら、唯音」
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「うん。だから、音にぃは……心配しないで……逃げて…………」
そう笑い掛けてくる。優しい笑顔で僕に、唯音は笑い掛けてくる。
自分が死ぬと言うのに、未だに僕なんかのことを心配して。
胸から未だ血が出ているというのに、僕を逃がそうとしている。
きっと痛いはずだ。きっと寂しいはずだ。きっと嫌なはずだ。
なのに唯音は、自分のそんな気持ちを捨てて、僕ばかりを心配してくる。
生き返るから? 一度は死んでしまうけど、生き返るからそんな風に振る舞えるのか?
僕なら無理だ。きっと無理だ。そんな風に振る舞えない。
なのに笑って……こいつは、本当。
「……あぁ、そうだな」
離さないって決めたのに。唯音を、離さないって決めたのに。
こうも離れていっている。死という形で、離してしまっている。
ごめんな、唯音。
僕は、例えお前が生き返ると分かってても……無理なんだ。
ごめんな、唯音。
僕は、お前が常に支えてくれなきゃ壊れてしまうほど……弱いんだ。
ごめんな、唯音。
だから僕は、お前が死んでしまう、お前を殺してしまうこの世界を壊し尽くさなきゃ……気が済まない。
「もう……眠いのか?」
唯音は瞼を重そうに、それでも僕を見ようとどうにか目を開けているような状態だ。
もしも無理をしてるのなら早めに寝てしまった方がいいだろう。
これ以上、辛い思いをさせたくない。
「……うん」
「なら、このまま寝ていいよ。兄ちゃんの腕の中で、寝ていいよ」
「やったぁ……」
嬉しそうに笑いながら、瞼を閉じ始める唯音。
最期に兄としてやってやれる事があるなら、もうこれくらいだろう。
もう僕は、唯音との約束が守れない。自分に勝つことができなかった。もう呑み込まれてしまった。
せめて唯音を守れていれば、唯音との約束も守れたのだろうか。
でも僕には守れなかった。言い訳なんてできない。守れなかった、それだけだ。
だけど、せめて破ってしまうのならば……ここで自分すら殺してしまおう。
篠守唯音の兄である、篠守音亜ごと……ここで完全に殺し尽くて、戻れないように刻み付けよう。
唯音の傷口へと、隼綛によって裂かれてしまった、捥ぎ取られてしまった心臓部分へと口を近づける。
鑑さんの家でみた資料。他人の女性の血を飲むことによって発現する異能。
確か、雑音拒絶だったか……。
「おやすみ、音にぃ…………」
唯音が消え入るような声でそう呟いた。
自分もそうだ。これで唯音と別れてしまうのだ。手離してしまうのだ。
ならば最後くらい、別れの言葉を掛けるべきだろう。
「あぁ……さよなら、唯音」
言い終わると共に、唯音の血に口をつける。自分を人として縛り付けていた枷が外れる。
力を望むわけは一つ。
唯音を殺したアイツを、唯音が居なくなったこの世界を、唯音を死なせることになったこの世界を、唯音を殺したこの世界を。
こんな世界の、その全てを――――――殺し、壊し尽くす。




