裂かれた心
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「チッ……あれ、本当に人間なのっ?」
誰に問うでもなく、唯音は呟いた。
自身の兄が戦闘に巻き込まれなように移動したのはともかく、隼綛と名乗る青年の強さが異常だった。
自身が作りだしたすべてが切り裂かれる。
別方向から同時に攻撃しようとも、大質量の攻撃を放とうとも、隼綛はなんなく切り裂いてしまう。
確か、鑑の話によると『空間を歪める力』だというが一体どう空間を歪めれば自身の攻撃が全て裂かれてしまうのか、唯音にはとても検討は付かなかった。
「みィーつけたァ!」
先程の唯音の呟きを頼りに隼綛が斜め上から斬りかかりにくる。
唯音はすぐさまにダイヤモンドの壁などというこの世には存在しえないものを創り出すが、その防壁が意味を持ったのはほんの数秒間だけである。
「バケモノが……喰い殺せっ!」
両手一杯に球体を創り出し、そこから3桁を超す獣が生み出てくる。
それらは主の命令通り、隼綛に向かって喰い殺そうとそれぞれ跳びかかる。
「楽しませろよォ」
腰を低く落し、ゆらゆらと不安定な足取りをしながら獣たちへと向かう。
獣の対応速度よりも早くその腕を振るい、次々に獣を引き裂いていく。
裂いて、裂いて、裂いて、裂いて。
気付けば3桁を超していた獣たちは全員がバラバラに裂き殺されていた。
「もォ少し、手応えがあると思ッてたんだけどなァ」
「……チッ」
唯音が獣を放った理由は隼綛を討とうとしていた意味もあるが、能力の発動タイミングを計るためであった。
それすら分かれば、魔神の力である事象の有無によって能力発動を阻害できる。
だからこの攻撃の後に、一気に仕掛けて終わらせるつもりでいたのだ。
しかし、分からなかった。
隼綛の能力について大体は分かったが、発動タイミングを変則的にしてくるため掴めなかったのだ。
「……何が『空間を歪める力』よ。アンタの能力の本質は『空間を裂く』ことにあって、空間を歪めるのはその副作用じゃない」
「んァ? 分かったのか、バレねェようにやったつもりなんだが」
仕事でミスでもしてしまったかのような、そんな顔で頭を掻く隼綛。
それを知られる前に決着をつけたかったのか、それとも遊んでしまっていた結果としてバレた事を恥じているのか。
どちらにしろ彼のその言葉は、唯音にとっては嫌味にしか聞こえなかった。
彼の空間を裂き歪める力は、非常に物質と相性がいい。物として形があれば切り裂く事が可能なのだから。
そして能力としての発動時間は一瞬。裂くときに力が発動し、そして後は裂かれた空間がその分を埋めようと作用する。
魔神から見れば、相性最悪だ。
物を作って攻撃しようと思えば、裂かれてしまう。
能力発動を阻害しようと思っても、その機会は一瞬で過ぎてしまう。
このままでは、負ける。
音亜にシキへ応援に来てくれるよう頼んでおけばよかった。
そう思いながら、目の前の青年を睨み付ける。
「……どォした、どォした。もォ攻めんのは終わりかァ?」
「まさか。知らないの? 魔神に時間を与えると、大魔術をやられて死んじゃうんだよ?」
当然、嘘である。
こんな少量の時間で人の存在や歩んだ過去を変えることは不可能だし、自分たちがこのスーパーに来ない様に時間を戻すのも無理だ。
音亜もどうせ自分がココに居る限り逃げ出さないであろうし、時間を稼ぐことに意味など無い。
彼女として残された策は、隼綛からの攻撃をわざと受け、それを重傷のように見せかけて隼綛を撤退させるというもの。
その策だって、隼綛から傷を負ってしまうし、もしかしたら音亜が隼綛に飛びかかるかもしれないし、それよりもまず隼綛からわざと受けた傷が致命傷になってしまう可能性すらある。
綱渡りな状況に思わず歯噛みをする。
「いくよ」
小さく呟くと共に、獣、無数の砲台、槍の雨を同時に創り出し、隼綛へ向けて放つ。
爆撃の嵐に槍の豪雨、さらに変則的に動く猟犬。
これだけのものを一斉に受けたとしても隼綛は無事で帰れる自信があるのだろう。
薄らと顔に笑いを浮かべながら片手を上げる。
その手は何か模様を描くような軌跡をつくりながら空間を裂き、裂かれてしまった空間を埋めるように暴風が吹き荒れる。
風の影響によって垂直に降り注ぐはずだった槍は隣り合う槍を互いに弾きながら隼綛に当たる事なく地面に散る。
そのまま向かってくる砲弾も爆撃も爆風もその全てを裂き、硝煙から跳びかかってくる獣たちをその場で対処してしまう。
魔神が放った攻撃のすべてが防がれた。
「さてェ……ここらで空間を歪める力らしいことでも見せてやるよ」
硝煙を払いながら、隼綛は指を動かして小さく空間を裂く。
裂かれた空間は埋まるのではなく、広がり、瞬く間に人が入れるような割れ目となる。
そのまま隼綛はその割れ目に入り、割れ目はすぐに空間によって埋まってしまう。
唯音はその光景について考えてしまっていた。
隼綛は自身が裂いた空間に入ってしまった。果たしてこの場合、裂かれた空間はどこに繋がっているのか?
亜空間、異空間。そういった言葉が当て嵌まるのだろうが、何故、その空間に入り込んだ。
隼綛は唯音を殺すためにここに来て、第一、距離すら埋めれば殺せる状況だ。
そこで何故、異空間へ逃げ込む必要がある。
隼綛が裂いた空間は、他の空間によって埋まる。
もしかして、今、隼綛がやっていることは。
「瞬間移動。空間を裂いて、距離ごと埋める。楽しめたかな?」
そう訊く隼綛は、唯音の目の前に突如姿を現した。
「ッ!」
「さァて」
唯音に抵抗する間を与えずに、首の真下から腹部までに掛けてを裂く。
噴き出る鮮血をよそに隼綛はその裂き目に手を伸ばし――――、
「魔神の力ッてのは、傷の修復すら出来るらしいがァ――」
「ッ!? ぐフッ………ゥっ!」
「―――心臓を捥ぎ取られたらァ、心臓が新たに出来るのか?」
――――――――唯音の心臓を掴み、裂いた。
あれは、何だ?
突然、移動してしまった唯音を追ってきた音亜はとある光景を目にした。
それは普通では、日常では見る事のできない不可解な光景。
隼綛と名乗っていた青年の腕が、唯音の胸の辺りへと突き刺さっている。
あれは、何だ。どうしてああなった。何をやっている。
音亜の疑問に言葉で答えるものなどいない。その代りと言ってはなんだが、光景がその答えを与えた。
唯音の胸から抜け出た隼綛の腕は、何かを掴んでいた。
それはドクンドクンと勝手に動き、その鼓動に合わせて紅い何かを噴出している。
考えたくない。考えられない。考えるべきではない。
音亜の意志に逆らって、その思考は答えへと辿り着いてしまう。
――――"あれは、唯音の心臓だ"――――――。
何も噴き出さなくなった何かは直後、隼綛の手の中でバラバラになった肉片へと変わる。
そしてその肉片は紅い血だまりへと向かって、地面に落ちていく。
バラバラになって落ちていくのは、音亜の心。
……なんて分かり難い描写ですよね。俺にはもう少し幼稚なものがお似合いです。
今度からこんな面倒な描写は、まあ、できないだろうから気にする必要はないか。




