誓い
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「音にぃ」
部屋に入ってきた唯音は特別、何か僕に言葉を掛けるわけでも無い。
そのまま静かに室内を歩き、僕に後ろから抱き着いてきた。
「ごめんなさい」
「なんで……謝るんだよ」
「私のせいだから。私のせいだから……」
「……お前が僕に悪い事したか」
振り向く事も、唯音に何かするわけでもない。
問うことしか出来ない。本当に自分でも唯音が何を言ってるか分からないから。
「だって、ずっと音にぃは抑えてるでしょ」
何を。
「私は枷なんでしょ」
違う。
「鎖なんでしょ、音にぃを縛り付ける」
本当に。
「私がいるから音にぃは我慢しなきゃいけなくて―――」
僕は。
「―――依存していると勘違いしなきゃ生きていけないんでしょ?」
でも。…………でも?
でもって何だよ。僕は唯音がいなきゃ殺人衝動が抑えきれない、そういう設定だろ。
……設定?
あれ、だって、さっき、でも、なんで。
鑑優斗だって言っていた。逆なんだと。実際は篠守音亜の殺人衝動は篠守唯音の存在で抑えられているのではなくて誘発されている。
違う。唯音がいるから僕は人として生きようとしている。唯音がいなければ僕はただの殺人鬼だ。
ならば篠守音亜の殺人衝動の原因は、理由はなんだ。
簡単だ。そのすべては篠守唯音にある。篠守唯音を傷付ける者、殺す者を殲滅する。だから殺す。
つまり篠守唯音がいなければ篠守音亜に殺意という感情は生まれない。
違う。唯音がいない世界なんて必要無い。きっと僕はそんな世界を殺すだろう。
しかし篠守音亜ならばもっと単純で明確に世界を消す方策を取るのではないのか。
当然だ。篠守音亜ならば自殺という閉鎖的な行動により自分の見ている世界を強制的に終わらせる。
だから結論として篠守唯音がいることによって篠守音亜は何を得るのか。
答えは――――――、
「違う」
思わず口に出てしまう。唯音の問いに答えるわけでもないのに動いてしまう。発してしまう。
僕は唯音に依存している。今までそう思っていた。
しかし唯音はそれを否定した。それは勘違いだと。
ならば何故、僕は唯音に依存していると勘違いしたのだろうか。
答えは簡単だ。篠守唯音が邪魔だった。
僕の布団に入ってくる唯音。僕に抱き着いてくる唯音。
僕に好意を向けてくる唯音。僕に甘えてくる唯音。
その全てが、存在が邪魔だった。
唯音がいるから僕は、他人に、世界に、目を向けてしまう。
目を向ければ当然、自分の中の人を殺す才能が暴れ出してしまうだろう。
唯音さえいなければ、僕は順当に無関心に社会と関わり、死んでいったのに。
「音にぃ、無理しないで。もう私を手離していいよ」
「でも」
反論しようとするのに、言葉は止まってしまう。
唯音の判断は正しいのだ。僕の為にも。他人の為にも。世界の為にも。
僕たち兄妹が一緒にいることで生まれるのはいずれ来る破滅だけだ。
どちらかが死ねば、どちらかが世界を壊す。壊してしまう。
だから、どちらともが世界の端っこにいるよりも別れた方が良い事なのだ。
どちらかが死んだとしても、その知らせは来ない。来なければ壊せない。壊す理由がないから。
だから離れた方がいいのだ。別れた方がいいのだ。
そうすれば誰も死なないし、何も壊れないし、みんな幸せになるのだ。
…………でも、違う。
今までの気持ちが勘違い? そんなもの関係無い。
僕が唯音に依存してようが邪魔がってようが、関係無い。
さっき、鑑さんだって言ってただろ。
"君がその才能を使う理由があったとして、その理由となってしまった人物の気持ちまで考えてあげたことはあるかい?"
考えたことなどない。僕は殺す時には殺す事しか考えられない人間だ。
唯音が、僕が人殺しになってどう思うなどと考える余裕などない。
そして今考えたところで、多分、僕じゃ答えは見つからない。
見つからないんなら、言ってもらえばいい話なんだ。
「唯音は、どうなんだよ」
「…………」
「僕は唯音を邪魔だと思ってたかもしれないし、枷だと思ってないわけじゃないし、我慢だって色々してるよ。自分じゃ分からないけど、無理してるかもしれないし……手離した方がきっと楽だと思う」
「……そうだよね。やっぱり」
「でも、唯音はどう思ってるんだよ。僕の事が邪魔なのか、枷なのか? 僕と一緒にいて傷付くことがあるんなら、無理してるって言うんなら……僕はお前の言う通りにする」
「………………バカじゃないの」
唯音がそう震えた声で僕の耳元で呟いた。顔は見えない。泣いてるのかもしれない。
僕みたいなトンチンカンな野郎の頭じゃ、唯音の今も表情すら分からない。そんな奴に唯音の本当の気持ちなんて分かるわけない。
だから聞くしかない。どんな言葉が待ってようと、聞く。
そして、叶う事なら僕は――――。
「私の気持ち?」
しばらくの沈黙と共に、唯音がポツポツと口を開く。
「離れたくないに、決まってるのに……音にぃと一緒にいて傷付く事なんて無いよ、あるはずない」
言葉を紡ぐたびに、唯音はより強く抱き着いてくる。
「毎日が楽しいよ。嬉しいよ。愛おしくてたまらない。今日が永遠であればいいと思うし、早く明日が来ればいいとも思ってる。毎日何をしようか、楽しみで、楽しみで……たまらないけど」
言葉が途切れる。これ以上、言ってしまえば歯止めができなくなるのだろう。
でも、言ってもらわなきゃ僕は分からない。
「…………音にぃが辛いのが分かるんだよ。音にぃ誤魔化すのが上手いから、自分でも気付いてないと思うけど」
「僕が、辛い……?」
「……二人っきりの時はいいけど、誰かいるときは相手のことを見てる」
「……嫉妬か?」
「その人が敵だった時のために弱点を探ろうとしてる目なの。音にぃ、私に向ける目と他人に向ける目が違うんだよ」
……知らなかった。初めて知った。
僕自身のことなのに、僕が知らない事だった。
あぁ、そうか。唯音はよく僕の事を見てるのか。僕よりももっと詳しく。
「その時の目、分かり難いけど、生きてないの。死んでるわけじゃないけど、生きようとしてないの」
「でも、それだけで僕が辛そうなんて」
自分でも、もう分かっていた。
先程通った筋道だった。唯音がいなければ他人に、世界に目を向けなくてすむ。
向けるから、殺したくなる。殺したくなくても殺したく。
だから唯音は、僕が辛いと思ったのだ。だから謝った。手離してもいいと提案した。
……でもさ、結局。
「僕が全てを投げ出したら、僕が唯音を手離したら……唯音は僕を許さない?」
「そんなわけないよ…………きっとそれが正しいんだから。だから音にぃは―――――」
「そうか。でも僕は僕を許せなくなる」
唯音の方に振り返り、僕の方から抱きしめる。
さっきの鑑さんの言葉の意味がよく分かる。
そうだ。ここでもしも唯音を手離して、自分だけが楽に逃げ出そうとしたら甘えなんだ。
そして、唯音を手離さなかったからと言って、人を殺したらそれも甘えなんだ。
もしも本当に、色々と面倒臭い事情なんて吹き飛ばして、唯音を愛するんなら僕は険しい道だろうと進んでやる。
甘えやしない。自分には、妥協しない。
もしも折れそうになてしまっても唯音がいる。唯音に甘えればいい。泣きつけばいい。
泣きついた分だけ、僕は強くなればいい。
「離さない。離してやらない。唯音は僕の妹だ。離す理由なんてない」
「でも、音にぃが……」
「唯音が泣くのは見たくない。だから僕は頑張るよ。自分と戦う。戦って……勝ってみせる」
「でも音にぃ、そんな無茶」
「唯音が傍に居てくれたら、支えてくれたら無茶なんかじゃない」
「…………音にぃ、辛くないの」
「唯音が居てくれるなら」
「……音にぃ、私のこと邪魔じゃないの」
「邪魔だったらさ、こんな抱きしめてなんかいない」
「ごめん、音にぃ」
「何で謝るんだよ」
「もう……私、泣きそう」
「泣いていいよ」
その言葉と共に、唯音が大きな声で泣き出した。
……まさか、普段はあんなにお転婆に振る舞ってるのに、こんなに僕のことで思いつめてたなんて。
今までは気付けなかった。これからは気付いて行こう。
唯音とこれからも一緒にいるって、自分の才能も衝動にも戦って勝ってみせるって、そう約束したんだから。
大粒の涙を流しながら叫ぶように泣く唯音をより強く、抱きしめて。
僕はもう一度、ここに誓う。
「手離しなんてしない、僕は唯音と一緒にいる」
こう、長ったらしくなると稚拙っていうかまとまらなくなるのが俺の悪い癖。
……っていうかこの誓いが守られ(ry




