再び
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「やだぁぁっ! 帰りたくない、もっとシキで遊びたいぃっ!」
「……あのな唯音。人には必ず別れる時が来るし、別れがあるからこそ再会した時の喜びがあるんだぞ」
「知るかぁ、んなもん!」
「はぁ……鑑さん、すいませんけど後々引き取りに来ますんで、それまで面倒見てもらえませんか?」
「別に僕は。音亜くんは帰るの?」
「えぇ。藤松さんたちに心配を掛けるのもどうかと思うので僕だけでも」
「えっ! 音にぃ帰るの!?」
「あぁ。当たり前だろ」
「やだぁ! 音にぃも一緒にぃ!」
「我儘言わないの」
……こんな感じな事が翌日の朝に起こり、唯音は最後まで駄々をこねていたが無理矢理連れて帰った。
でもまあ、また鑑さんの家に遊びに行くと約束してしまったんだが。
自分のことながら、本当に妹に甘いと思った。
しかしまあ唯音の笑顔が見れるなら些か仕方のない事だ。
そして一週間後。
僕ら兄妹は再び、鑑さんの家に来ていた。
「えぇーっ! シキは遊びに行ったぁ? 殺すぞ、お前」
「僕に殺すって言われてもなぁー、亜実が勝手に連れて行ったんだし」
「亜実? 誰それ、シキの彼女?」
「唯音ちゃん。性別ってものを考えようよ。友達だよ、シキの」
どうやらシキちゃんは僕たちが到着する前に亜実という人物に連れられて外に遊びに行ったらしい。
なんともタイミングが悪い事だ。
不貞腐れながら鑑さんを尋問した唯音は、公園に行ってくると残して玄関を出てしまった。
……あいつ、公園がどこにあるのか分かってんのか?
「音亜くん、もうちょっと唯音ちゃんに厳しくした方がいいと思うよ」
疲れたように呟きながら鑑さんは僕を家の奥へと……この前、話した部屋へと連れて行く。
まったく、鑑さんの言う通りだと思う。ウチの唯音は我儘過ぎるところがある。
しかしそこが兄としては可愛いのだが。
「君ら兄妹には自覚は無いかもしれないけど、君たちは誰よりも普通に育たなきゃいけないんだからね」
「そうなんですか」
「そうだよ。唯音ちゃんなんて魔神なんだから、変えようと思えば、人が歩んだ歴史すら変えられる」
「人の歴史……」
唯音がそれを実際にするかどうかはともかく。
人の歴史を変えられるということは、つまりは文明を進化させることも退化させることもできる。居たはずの人間を居なかったことにできる。
唯音が邪魔だと判断した人間を、この世から抹消することすらできるだろう。
「でもまぁー、魔神の力には変更する内容が大きければ大きいほど時間が掛かるんだけどね」
「タイムロスって事ですか?」
「そんな感じ。そのうちに阻止することができるだろうから、まだいいんだけど。それでもだ。君ら兄妹は普通に育ってくれ。偽善者に成ろうが善人に成ろうが構わないから、悪人にだけはならないでくれ」
「悪人って。そんな冗談」
「冗談だと……いいんだけどね」
何か含みがある言葉。正直に言えば、鑑さんが言いたい事だって僕にも分かってる。
僕ら兄妹の存在状態というものは、愛情表現というものは、価値基準というものは、歪だ。
どちらかが誰かによって傷付けば、どちらかがその誰かを殺してしまうだろうから。
二人がいれば、基本的には他の物はどうでもいいから。
だから鑑さんは心配している。どちらかが居なくなった時のことを。長い人生の涯にある別れの時を。
「でも、鑑さんは今……それが起こらないように出来るだけの対処をしてくれているんでしょ?」
「減らず口だね。でも僕が心配してるのは君たち兄妹が誰かに殺されるのではなくて、君たち兄妹が誰かを殺したくなった時だよ」
「大丈夫ですよ。唯音がいれば僕は、誰かへの殺意だって捻じ伏せられますから」
「そうかい。なら安心だ」
鑑さんはその後、デスク上の書類を漁って一枚のプリントを僕へと渡してきた。
「一応、進行状況見たいなものさ。6割方は完成している。このままいけば後一週間で完成ってところ」
「本当ですか、ありがとうございます」
そう言って、僕は鑑さんへとプリントを返す。何書いてあるか分からなかった。
聞いた事や見た事がない言語ばかりで、頭が痛くなりそうだ。
「そういえば、鑑さんは他に何か作ってるんですか?」
「他に?」
暇潰し代わりに、僕は鑑さんへと訊いてみる。
物を作るのが自分の分野だと言っていた。きっと僕らのための装置の他にも何かを作っているんだろう。
「んー……今は依頼が無いからね。自主制作で武装を作ってる」
「武装ですか……」
「あぁー、勘違いしないで欲しいんだけど。僕は人を物理的に傷付ける武装を作ってるわけじゃないんだ」
「えっ? でも、武装なんですよね?」
「人を無力化するための武装。人を傷付ける物は作らないっていうのば僕のポリシーだから」
実に鑑さんらしい方針だと思った。無駄に優しいこの人らしいプライドだ。
近くにあった段ボールを漁り、黒い拳銃を出してくる。
「名前は黑鴉。やっと試作品が出来上がって、これから本番ってところかな」
「改善点があるんですか?」
「改善点だらけさ。これはまだ単発式だし、範囲も狭いし、機能も一つだけ。まあそもそも武装って概念から言わせれば、絶対に欠陥品になってしまう」
「人を傷付けない、っていう名目の武装ですからね」
障害は普通の武器を作るよりも多くなるだろう。
威力を高くし過ぎてもダメ。低過ぎたら役に立たない。
何よりも製作者として厳しく険しい道を、鑑さんは進もうとしてる。
「でもまぁー、何よりも楽しいからいいんだけどね。さて、シキたち遅いな。もう昼食にしようと思ったのに」
時刻は正午を少し過ぎた辺り。
玄関が開いたような音が無い辺り、シキちゃんも唯音ちゃんも戻ってきてないんだろう。
「音亜くん。僕はちょっと外に出て二人を探してくるよ」
「あ、それなら僕も」
先に立ち上がり、鑑さんは部屋の外へと出て行ってしまった。
僕も席を立ちあがろうとした時、一枚の書類がたまたま目に入った。
…"他人の女性の血を飲むことによって発現する異能『雑音拒絶』について―"…
「音亜くーん? 君も探すんなら鍵を閉めなくちゃならないんだけど」
「…………あっ、はい、すいません!」
一体、どれくらいその書類の内容に目を奪われていたんだろう。
一瞬かもしれないし一分以上だったのかもしれない。ともかく内容に惹かれていた。
深く読めたわけではないのは確かだ。あっさりと概要しか読めなかった。
でも、唯音たちを見つけて戻ってきたら鑑さんにあの資料をじっくり読ませて貰おう。
そう決め、僕も部屋を出る。




