雑音拒絶
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ、そうだ。海にでも行って来たら」
部屋から出たところで鑑さんがそう言った。
「海……ですか」
「そうそう。結構気分が晴れるよ。唯音ちゃんとか実際に行ったことないんじゃない?」
確かに、鑑さんの言う通り、唯音は海を実際に行ったことなど無い。
というか僕も含めて、さっき初めて海というものを見たのだ。
こんな海の近くに来ることも、そう滅多に無い。たしかに行ってみてもいいかもしれない。
「あ、でも水着がないから実際に入ることはできないね」
「……ちょっと浜辺ではしゃぐだけでも、唯音は喜ぶと思います」
「そうか、なら誘っておいで。ついでにシキとも仲良くなってくれないかな」
「あ、はい。分かりました」
神様と呼ばれる存在である二人。でもだからどうしたのだろうか?
ただ直すための神ならば、良いではないか。殺す才能を持ち合わせるよりもよっぽど。
彼女たちの方が、まっとうな人間だ。
……さて、唯音が追いまわしたせいでどこにいるかが分からない。
他人の家だが、勝手に詮索させてもらおう。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「さてぇー……」
音亜が探し回っている中、鑑はもう一度部屋に戻ってきていた。
理由は簡単。そこで待ってる者がいるからだ。
「篠守唯音ちゃん。君のお兄さんは本当に良い人だね」
「音にぃに何を話したの?」
先程書いていた紙を片手に持ちながら、唯音が問いかけてくる。
彼女にとっては何故か知られたくなかった事実。それをどの位の深さまで鑑が話したか。
どの程度であれ、彼女は彼を殺すつもりだが。
「音亜くんが聞きたい事だけだよ。裏の世界と神様の話だけ」
「殺す条件には十分だな」
紙を元の場所に戻し、彼女は鑑へと近付く。
おおよそ鑑の予想だと、考える暇もなく殺されるだろう。
本来ならば。
「今、僕を消しても逆効果だろうね。音亜くんと交渉を取り付けてあるから」
「交渉?」
「魔神の力を隠す装置。それの制作」
「…………余計な」
「でもまぁー、血の繋がりや神様だとか関係無しに妹を愛しているそうだから話しても心配は無いとは思うけど」
「愛して……ぐへへぇ」
思わずにやけ顔になっている唯音を見て、ようやく鑑は勘付く。
唯音が音亜に裏の世界の話をしなかったわけ。
彼が傷付くのが嫌だったからだ。少なからずとも動揺してしまうだろうから、話さなかった。
心配させたくなかった。ただ愛しているから。
おそらくは彼女も兄と同じ。
音亜を傷付ける者は殺し、音亜を殺す者は問答無用で消し炭へと変える。
篠守音亜のことを愛している。理由など、それ以上にない。
感情的に、話さなかった。ただそれだけ。
理由なんて面倒臭いといったものの類だったのだろう。
「君たちを本当の兄妹ではないと疑った自分が、余程バカだって事に気付かされたね」
「本当の兄妹じゃない? なんのことだ?」
「戯言だ。忘れてくれ」
鑑はそう言いながら、自身のデスクへと近付き一枚の書類を唯音に渡す。
そこに書いてあったのは、数年前に発見された出来事だ。
「音亜くんにもっとも教えてはいけない事は教えてない。魔神は情報通だって話だから、知ってるかな?」
「……雑音拒絶の話か」
数年前、ある異常者が居た。血を飲むことに快楽を覚え、興奮し、人を殺した異常者が。
彼はとくに若い女性の血を好み、一時期は相当なニュースになった事件の犯人。
その犯人が原因が分かった、科学的に根拠はない正体不明の現象。
名を雑音拒絶。
異能と言う表現が一番正しいが、その能力が些かややこしい。
他者の女性の血を飲むことによって発現するのだが、血を飲む際に強く拒絶したものが間接的に能力になると言った面倒な性質がある。
雑音拒絶を発見する理由になった、第一の発現者である隼綛白兎は世界そのものを拒絶し、空間を歪める力を得たという。
その力は凶悪であり、今のところ彼を止めた者は世界にいない。
「この事を音亜くんに知らせれば……最悪な時に、最悪な事態が起こってしまうからね」
「音にぃにそんな物を持たせる気なんてない」
「なら、いいんだけど」
「…………まさか魔神の力を疑ってるのか?」
「隼綛の前に鬼神が現れていないってことは、他の神様で止められるって事だとは思うけど……魔神では無いと思うよ」
「嘗めたことを」
「隼綛の動きが最近、穏便なんだ。嵐の前の静けさとでも言うかな」
「私が狙われてるとでも言いたいのか? 音にぃみたいに過保護なんだなお前」
「別に。でも神様に幸運が続く事は少ないって、僕の経験が言ってるからね」
「……お前は、物を作るのが専門じゃなかったのか?」
「そうなんだけど、死神を探しに行ったり、魔神に命を狙われたり……不釣り合いなことばかり起こるんだ」
「大変だな」
「ともかく。二週間、無事に居てくれたら君たちは表の世界へ追い出される形になる。それはまでは無事でいてくれよ」
「平気だ。安心しろ」
「…………あ、音亜くんが捜してるんじゃない? 浜辺でキャッキャうふふしようって感じで」
「マジで!? やっふぅー、音にぃどこぉ!!」
威勢よく飛び出て行く魔神の背中を見て、なんとなく信用できないと感じていた鑑であった。




