音亜の才能
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「うにゃぁーっ!」
「シキぃ、可愛いよぉシキぃ」
現在、シキちゃんは我が妹の毒牙から必死に逃げようと暴れている。
しかし唯音のあの怪力はどこから来るのだろう。あんなにシキちゃんが暴れているのにまったく動じていない。
「そういえば、鑑さん」
「何だい?」
「放置でいいんですか?」
「えぇーと……僕にはどうにも出来ないからね。君が止めたら」
「無理です」
こうして、シキちゃんは虚しく我が妹の生贄となったのだった。
「うにゃぁぁっ!!」
「鑑さん、さっきシキってだけ名乗ってましたけど……その、苗字は無いんですか?」
「残念ながらね。親すら分からない」
本当に悲しそうな目で、シキちゃんを見ながら鑑さんは語る。
はたしてその目の理由は、彼女の過去にあるのか彼女の今の状態にあるのか……僕には見当もつかない。
「うにゃぁぁ……」
あ、とうとう力尽きた。
「発見された時には、周りに何もなかったそうでね」
「一体、どんな状況ですか……」
「紛争。それに巻き込まれたんだろうね……独りでいたそうだよ」
争いに巻き込まれて、両親を失ったんだろうか。
それとも最初から両親のいなかった孤児なのか。
どちらかすらも分からない。とにかく彼女が発見された時、その周りには何も無かった。
両親も、いなかった。
そういう事なんだろう。
「ハーフだった……というわけでも無いだろうからね」
「え?」
鑑さんの一言に少しばかり驚いた。
世界中を探して、黒髪なのは日本人だけというわけではないが……おそらくはアジア方面の人間だろう。
それから蒼い瞳からして、ヨーロッパ諸国あたりの人間だろうと予測できるのではないのか?
完全に予測することなどは出来ないが、ハーフやクォーターであると考えるのが普通だろう。
「世の中、そう簡単には行かないという事さ。君の知らない知識が一杯溢れてる」
僕の疑問に対して、鑑さんはそう何かを避けるように答えるだけだった。
一体、さっきの唯音の態度といい……この鑑優斗という男は何を知っているんだろうか。
「あぁ、それよりも……ちょっとばっかし君と話がしたいな」
「別にいいですけど」
「できれば、唯音ちゃん抜きで」
「……唯音」
「シキぃ、あぁプニプニしてるぅ…………ん、音にぃ何?」
「僕の部屋に行っててくれないかな。シキちゃんを連れてもいいからさ」
「分かった。行こっ! シキ」
「ふにゅぅ…………」
そう言って、彼女たちはリビングを後にした。
そして残ったのは、鑑さんと僕。それと養父さん。
「できればマンツーマンで話したいから、藤松さんも席外してくれません?」
鑑さんの頼みに、養父さんは静かに従った。
僕と鑑さん。リビングにはその二人しか残らなくなり、ようやく本題に入れるわけだ。
「音亜くん……もしも僕が唯音ちゃんを殺したらどうする?」
「…………多分、許さない。殺すと思います」
「そっかぁー。なら、僕が原因で唯音ちゃんと引き離されたらどうする? 僕を許さずに殺す?」
「それは……唯音の反応次第だと思います」
もしも誰かが唯音を傷付けたのなら、僕は問答無用で相手を殺してしまうだろう。
もしも誰かが唯音を殺したのならば、僕は苦しみなど感じさせず即座にこの世から消し去るだろう。
だが、もしも誰かが僕と唯音を引き剥がしたのならば……僕は一体どうするのか。
唯音がそっちの方が良いと判断し、自分の心を殺してまでそうするのならば……僕は従ってしまう。
唯音が泣いて、僕と一緒に居たいというのなら……禁忌であろうが何であろうが壊し尽くして僕は唯音の言葉に従ってしまうだろう。
……自分でも思うが、僕は唯音のことが好きで好きで堪らない。
本心を言えば、唯音を離したくないし、唯音を守りたいし、唯音に愛されたいとすら思っている。
だけど、もしも唯音がそれらを拒絶すれば止めてしまうんだろう。
『嫌われたくないから』とか『言う事に従えば好かれると思うから』とかそういうのではなく。
唯音がそう言ったから、僕は従うだけだ。
好意とかではなくて、絶対服従。
別に召使いになりたいわけでもないし、そうされて喜ぶような気質はもっていない。
ただ彼女がいるだけで、僕は救われているのだから。それに報いるのは当然のことである。
「…………異常だね。君のそれは妹を溺愛する……シスコンとかじゃなくて異常だよ。まぁーシスコンも一種の異常だとは思うけど」
僕の答えを聞いて、鑑さんはそう返した。
一体どこに異常がある……なんて惚けたことは言わない。僕にだって常識があるのだから異常だっていうことが分かっている。
だけど……。
「僕自身がそもそも異常なんですから、その愛情の方向性だって異常になるのは当然だと思います」
「……音亜くん自身が異常、ってのはどういう事かな?」
「殺し方」
「…………え?」
「……何をどういう風にどうしたらその人が死ぬか、心でも体でも殺し方がすぐに思いつくんですよ」
藤松夫妻にも言ったことはないし、当然、唯音にも言ったことはない。
何故ならただの異常な発想というだけだから。
両親が死んで、親戚たちが次々に物を取っていった時に気付いた才能。
憎いと思った。殺したいと思った。苦しめばいいと思った。
そしたら、次々とその発想が思いついた。
ある人物に対しては。寝ている時に足の腱を切り動けなくなった所を胴体に2回、両腕に1回ずつ、掌に1回ずつ、最後に首を刺し殺す。
ある人物に対しては。後ろから鈍器で殴り昏倒させ、そのうちに拘束し、口当たりをタオルか何かで縛り上げ、手首辺りを浅く切り出血させる。血が止まればまた新たな傷を作りそれを見せながら失血死で死んでもらう。
「鑑さんに対してだってすぐに思いつきますよ」
僕はそう言うと共に鑑さんに敵意や悪意を持ち、そして考える。
「鑑さんは若干悪役っぽく振る舞ってるけど根はいい人だから、あのシキって子を使って何か――――あ、ダメだ。あの子は多分、そう簡単に死なない」
思考にノイズが走り、考え付いた発想に途中でブレーキが掛かった。
今までこんな事は無かった。きっとそれは僕が知らない知識の部類に入るからなのだろうか?
「死なないなら、そうですね、辱めますか。それを鑑さんの目の前で見せる。きっと自分の無力さとかを感じ始めるんでしょうね。それからまず救うための腕を切り落としましょうか。最悪はここで失血死するでしょうが、しなかったら足を切って、その後は放置しましょう」
それできっと鑑優斗という人物は死ぬ。
簡単だ。実行するには多少の苦労があるだろうがやろうと思えば、出来るだろう。
ただ、唯音がいる。
だから出来ない。だから、する必要がない。だから、しない。
唯音がいるからこの才能に突き動かされないし、唯音がいるから今の僕は一般的な人間として生きていられる。
「……驚いた。その才能はきっと人を不幸にするだけだと思うよ」
「でしょうね。誰でも殺せる方法を思いつく才能なんて、この世にあってはいけないと思います」
「その才能の枷となっているのが、唯音ちゃん」
「えぇ」
枷というよりはシェルターだろう。殺意の渦に巻き込まれないようにしてくれるシェルター。
それが唯音。
でもその唯音に何かがあれば……止めれる自信が無い。
「なら余計、君に伝えなきゃいけない理由が増えたようだ」
「僕の……知らない知識ってやつですか?」
「あぁ。今度の土日。僕の家に来なさい。なんなら迎えに行くから」
怖いですよね。人の殺し方が思いつく才能って。
しかも多分ですけど、これら全てが本人にとって一番苦しい殺され方であり。
篠守音亜が実行可能な殺し方なんでしょうね。
ただ人を殺すだけなら誰でも思いつくけど、最適な、となると才能ですよね。
一番いらない才能ですけど。
……っていうかオトアって存在が赤タグメーカーですよね。




