客
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「音にぃ、1+1は?」
「2」
「……音にぃ、質量とエネルギーの等価性(?)とも言われる式は?」
「E=mc²」
「……音にぃ、暴君とも言われたローマ帝国第5代皇帝の名前は?」
「ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス」
「……音にぃ、ペンはペンでも泳げるペンは?」
「ペンギン」
「……音にぃ、3x²-5x+4=0の方程式の解は?」
「えぇーと……分からん。僕が勉強苦手なの知ってるだろ?」
「あぁ、うん、そうだね」
何故か感情の籠らない声で返す唯音。
そもそも今までの問答は何だったのか。夏休みの宿題ではないだろう。
小学校で出てくるものではないはずだ。
「あれ、音にぃって今何歳だっけ?」
「酷いな。兄の年齢忘れるなんて……唯音と3歳差だから今年で確か、10歳だよ」
「へぇ……え?」
「ん?」
「あ、いや、うん……」
何か不服そうに頭を傾げながら唯音は黙々とプリントに何かを書いていく。
一体、今の小学一年生の宿題には何が出されているんだろうか?
方程式とか世界史とか物理とか……英才教育にも程というものがあるだろう。
「そういえば、音にぃ。お客さんってどんな人?」
もう勉強に飽きてしまったのか、ペンを置いて唯音が僕に問いかけてくる。
「さあ。僕も会ってないから分からない」
ありのままの真実を答えるしかない。本当に一度たりとも会ったことが無いんだから。
今現在リビングにはお客さんが来てるそうで、僕たちは自分の部屋で静かにしてるように言われた。
お客さんと話が長くなれば退屈にでもなると思ったんだろうか?
それで僕が部屋で言われた通りに静かに勉強していると唯音が入ってきて、今に至る。
「怖い人なのかな?」
「また何で?」
「だって、オジサンが部屋に居なさいって言うくらいだから……借金取り?」
「借金してまで僕らを引き取る義理がどこにある」
「……じゃあ、やんきぃ?」
「そうじゃなくて、大人同士で積もる話でもあるんじゃないの」
「話って積もるの?」
「そうじゃなくて……久し振りにあって色々と話すことを積もる話って言うの」
「私も音にぃと積もる話がしたい!」
「じゃあ、僕と何年も会わなくていいのか?」
「ヤダっ!」
唯音は言うと共に僕にダイブして抱き着いてきた。
一瞬、吐くかと思った。
「なら諦めなさい」
「うん」
その後、唯音が頭を撫でてとご所望だった為にそのままの姿勢で撫でているとドアをノックする音が聞こえてきた。
養父さんだろうか?
「はい、何ですか?」
唯音に抱き着かれてその場から動けないので、声だけで答える。
「唯音ちゃんもいるかい?」
ドアの向こうから聞こえてきた声は、予想通り、養父さんのものだった。
「はい、いますけど」
「なら二人ともちょっと来なさい。会わせたい人が居る」
「どうも。僕の名前は鑑優斗、君たちの今のお父さんの友達。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「…………」
赤みのかかった黒い瞳に黒髪の、一見すれば人畜無害そうな青年が挨拶をしてきた。
僕は反射的に挨拶したが、唯音はただ鑑さんを睨み付けるだけだった。
一体、唯音は何に警戒している?
「あの……ちょっと聞きたいんですけど」
「ん? 何かな?」
「ちょっと年齢に差があると思うんですけど、一体どうやって知り合ったんですか?」
藤松さんは、たしか今年で40歳くらいになるはずだ。
それに対して、友達と名乗る鑑さんはまだ20代前半くらいに見える。
15年以上の年齢差があるのに、どうやってこの人達は知り合った?
もしかしたら、唯音はそういう所を警戒しているのかもしれない。
「僕ね、中学生くらいの時から結構ヤンチャしててね……そん時に藤松さんと出会ったってわけ」
「ヤンチャって……一体どのくらいしてきたんですか?」
問い掛けたのは僕ではなく、唯音だった。
「知りたい? でもココで喋ったら……まぁー、君のお兄さんが引きずり込まれることになるけど?」
「……帰れ。殺すぞ」
唯音が無表情のまま、そう鑑さんに告げた。
先程までの敬語も、警戒もすべて無くなり……単純に殺気のみを放っていた。
なんで初対面の相手に唯音はここまでする。人見知りするような性格では無かったし、殺すなんて言葉は滅多に使わない。
っていうか、僕が引きずり込まれるってどういう意味だ?
なんで僕が?
「あぁー、怖い怖い。触らぬ神に祟りなしって事かな」
「容赦しない」
「嘘、嘘。ここでそんな事したって両者ともに損しか生まれないでしょ」
「…………」
「今日はそんな用事で来たわけじゃないんだよ。藤松さんが養子を引き取ったからどんな子か見に来たのとこの子の友達になって欲しくて……あれ?」
先程まで唯音を挑発するようなわざとらしい笑顔を向けていた鑑さんの表情が停止した。
まるで何か予定外のことが起こってしまったかのように。
「…………シキ。なんでそう誰かが来るたびに隠れるのかなぁー?」
どうやら鑑さんの背中に何かいるようで、それに対して何か話し掛けている。
何分か経った後、鑑さんの説得のお蔭で背中に居た何かは姿を現した。
黒い髪。そして蒼い瞳が特徴的な女の子だった。
「シキ……です。よろし――」
「きゃわぃいいいいっ!」
「ひぅっ!?」
先程まで鑑さんに向かって放っていた殺気はどこへやら。唯音は甲高い声で何かを叫んでいた。
その声に驚いたシキと名乗る女の子は、腰を抜かしてその場でビクビクと震えている。
何だこの構図。
「いただきまーす!」
「うにゃあぁあああああっ!!」
危険な目をしながらシキちゃんに突撃しようとする唯音を止めるだけで僕は精一杯だった。




