問い
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「音にぃ、音にぃ!」
「そんな大きな声で呼ばなくても聞こえてるよ」
一応として出された夏休みの宿題を途中で止めて、唯音の声がした方へと向かう。
唯音はリビングにある机の上に紙を広げて何かを描いていた。
「見てみて音にぃ! 上手いでしょ!」
そう言って見せてきたのは何かのキャラクターの絵。
どこかの漫画の人物を模写したのかと思ったが、どうやら唯音の自慢げな顔がそうではないと語っていた。
となるとオリジナルで描いたキャラクターらしい。
黄色に塗られた髪に灰色の瞳で……胸があるところからして女性、いや少女の絵なのだろう。
「唯音、これは一体誰を描いたんだ?」
「分かんない!」
笑顔で答える唯音に思わず頭を悩ませそうになるけど、いつもの事だから馴れていると言えば馴れている。
「それでね、音にぃにこの娘の名前を決めて欲しいの!」
「また難しいお題だね」
キラキラと瞳を奥を輝かせながら、唯音は僕の命名を待っている。
……さて、そういきなり名前を付けろと言われても…………名前というものはすぐに思いつくものでは無い。
小説家や占い師でもないんだし、まだ子供である僕の頭では全然閃かない。
…………あっ、そうだ。
「秋音、なんてどうだ?」
「どうして?」
いきなり唯音が僕の命名にケチを付けてきた……わけではなく、単純にどうしてその名前が思いついたかを知りたかったのだろう。
どうして、と言われれば生前の両親に僕たちの名前の由来を聞いたことを思い出したからだ。
「秋は唯音の好きな季節だろ。音は僕らの名前に入っているから」
「だから合わせて、秋音?」
「うん、そう」
それぞれに自分なりの、自分だけの物を大切にしてほしいから、両親は僕らの名前に音という字を入れたらしい。
別に音という字でなくてもいいと思うのだが、それはもうセンスとかの問題になるのだろう。
「……うん。なら今日からこの娘は秋音ね! 秋音ちゃん!」
唯音はそう言いながら色鉛筆で『あきね』とキャラクターの傍らに書いていた。
「それにしても、どうしていきなりそんな絵を描き始めたんだ?」
「だってこの前、音にぃ言ってたじゃん。兄妹同士じゃ結婚できないって」
何がどうなったら、その話と絵が繋がるんだろうか?
「だから秋音ちゃんになって、音にぃと結婚するの!」
「整形でもするつもりか? ダメだぞ整形は。せっかく父さんと母さんが生んでくれた体なんだから」
「違うぅー。私はね、実は魔法少女なの!」
そう言いながら変なポーズを取り出す唯音。
アニメの見過ぎだろうか? 少しばかりテレビの時間を制限してあげた方がいいのではないだろうか?
かなり妹の将来が心配になってしまった僕をよそに唯音は喜々として語る。
「実はね夜な夜な、ひそかに変身してるんだよ! 姿も変わって……音にぃにも見せてあげたいなぁ!」
「唯音、魔法少女なんてものはこの世にはいないんだよ」
「あるもん! 私、変身できるもん!」
「そうか。なら今、お兄ちゃんの前で変身してみてくれないか?」
「うぅ……できるもん…………」
涙目で服の裾を力強く掴み出した唯音の姿を見て、少しばかりやり過ぎたと思った。
しかしこのまま将来、現実という名の壁に当たった時に妹は耐えきれるんだろうか? ここは兄として強く現実を諭してやるべきではないだろうか?
……いや、その時が唯音は自力で乗り越えるのだろう。乗り越えられそうになかったら自分が支えてやればいい。
今は兄として妹の言ってる事が真実であれ妄想であれ納得してやるべきだろう。
「そうだな。唯音は華麗に可愛く変身できるもんな」
「……うん!」
途端に笑顔になった唯音は、僕に抱き着いてきた。
「音にぃ、大好き!」
「うん。僕もそうだよ」
「なでなでしてぇ」
「はいはい」
言われた通りに唯音の頭を撫でてやると「うにゃぁ」やらなんやら声を上げながら猫のように体をうねらせていた。
……妹はこんなに自分を慕ってくれる。自分もそれに少しでもいいから応えてやりたい。
ずっと前からそう思っている。今は昔よりも強く、そう思っている。
両親が死に、肉親として残った兄として……いつもコイツの傍にいてコイツを守ってやりたい。
唯音のためなら何だって捨てられる。自分の欲求だって不満だって肉体だって、自身の全てを捨てられる。
もしも誰かが唯音を傷付けるんなら、そいつを殺してでも唯音を守ってみせる。
この世界全てが唯音を苦しめるんなら、全てを壊し尽くしてでも唯音を守ってやる。
その為に、自分がどうなろうとも構わないし、他人がどうなろうと構わない。
でも、果たしてそれを唯音は許してくれるだろうか?
その問いのお蔭で今は留まれている。今のこの場所に。唯音と一緒に暮らせるこの平穏に。
でももし、その問いの意味が無くなってしまったのなら……僕はどうなってしまうのだろうか。
「イテッ」
そんな事を考えていると、唯音が僕の頬をつねってきた。
あまりにも僕は辛気臭い顔をしていたのだろうか。唯音はどこか不満そうな顔をこちらに向けている。
「音にぃ、もっと私に構って」
「……まったく」
軽く溜息を吐いた後、僕はご希望に応えるために唯音の脇をくすぐり始める。
……今はこれでいい。見えない事を考える必要はない。
唯音が笑顔でいれば、僕はそれでいいんだから。
魔法少女ではなくて、多分、この時の年齢なら魔法幼女じゃ……。
いやそもそもアンタは魔法少女なんてレベルじゃなくて魔神でしょうが。




