転校生
校門、昇降口、階段を上り、そして教室へ。
いつも通りの朝、なんて表現になってしまうが、実際そうなのだ。
俺は誰かと一緒に登校することも、登校中誰かと会う事も無いのだ。
自然と通学路がそうなっている。まあ時間帯をずらせば俺の学校の生徒とは出会うかもしれないが、いかんせん興味がない。
だってそうだろ。同じ学校でも知らない人には変わりはない。同じ電車に乗った知らない人に話し掛けないのと同じことだ。
さぁて、俺は教卓のすぐ前の席に鞄を置く………つまりは俺の席は教卓の前という地獄の席なんだ。
最初の席替えが5月頃だったからもうすぐ席替えをするとは思うのだけど……いつになったら俺はこの縛りから解放されるのだろうか?
はぁ……、と溜息を吐いた後、教室内を見回す。
俺の宿敵である古瀬の姿が見当たらない。新学期早々、どこで何やってんだ?
まあ、いい。好都合だ。
これで遠慮なく、トイレに行って、16人前蕎麦を吐き出せる。
新学期と言えば、まあ集会である。
俺は無駄に大人がぺちゃくちゃ喋っているこの集会の意味合いが未だに理解できない。
いやだって、お前らの言葉を聞いて『よし、今学期も頑張ろう!』と思う生徒がいるのかという話だ。
もしかしたら他に目的があって集会を開いているのかもしれないが、だとしたら尚の事、校長の言葉はいらないと思う。
~~を頑張りましょう、的な言葉を言われても頑張る生徒と頑張らない生徒の比率は変わらないし、注意なんかは担任が言えば即解決。むしろ普段会いもしない大人よりも説教の意味がありそうだ。
それに校長本人だってわざわざ言葉を考えるのは面倒だろう。
ならばいっその事、校長の言葉を無くしてしまえば良いのだ。
………などと考えているうちに集会は終わって、教室に戻る。
その途中で、古瀬に話し掛けられた。
「よう、小月」
「……今日は随分と機嫌が良いんだな、古瀬」
ニヤニヤとした顔で俺の肩に腕を回してきて毒舌を吐かない古瀬なんて、機嫌がイイに決まっている。
世の中単純なものだ。
「実はよ、物凄い情報を掴んだんだ」
「だから今朝は教室に居なかったのか……」
「あぁ、その情報の真偽を確かめに行ってたからな」
「それで、その情報とやらは?」
大体予想がつくが、一応古瀬に聞いてやる。
つーか、古瀬が食いつくネタなど一つしかない。女性関係だ。
夏休み前までは、古瀬と一緒にそういうネタを追いかけていた俺が言うのだから間違いない。
女性関係で、学校で、今の時期と言ったら………おおよそ、転校生ってところか。
この時期に新任教師が来る理由が無い。となると転校生が一番可能性が高いだろう。
「ウチのクラスに転校生が来るらしい」
ほらやっぱり。転校生だった。
にしても、ウチのクラスに転校生………。
「珍しいな、転校生が来るなんて」
留学生とかが来る学校は多いかもしれない。外国のどこかの学校と姉妹関係を結んでいたら。
しかし転校生自体が珍しい。
高校生なんだから、最悪はバイトして独り暮らしを出来るのだ。
親の都合で転校してきた、なんて事があまり起こらないだろう。ちなみに俺は働くのが面倒なのであっさり転校してしまうだろう。
まあ基本、自分で高校とかは選ぶものだから転校はありえないと言っても過言ではない。
でも転校生だそうだ。しかもウチのクラスに。
……………ここからは俺の勘で言うが、微妙に嫌な感じする。
シキと出逢って、俺は裏の世界に関わってしまった。
その裏の世界の臭いがするというか、なんというか………。
「しかもな、けっこう可愛い子だった」
古瀬が嬉しそうに言う。そういや性別を聞いてなかったが、まあこれも予想通り女だったか。
「そうか、それは楽しみだ。さっさと教室に戻ろうぜ」
「ああ」
古瀬は頷くと、回してきた腕を元に戻してさっさと移動してしまう。
さぁて、緊急事態だ。絶対にウチのクラスに来る転校生は裏の世界の関係者だ。
勘でわかる。女の勘ならぬ男の勘だ。
まあ勘以外で説明するなら、さっき言った通りに高校で転校生はあまりない事。
そして美少女という事。とくにこの美少女という所は重要だ。
美少女、それは危険の塊。絶対的な非日常の塊。
んなものと関わったら面倒事になるに決まってる。最悪だ、と呟く事に決まっている。
絶対に関わるものか。
俺はそう心に決め、古瀬の後を追うのだった。
「――――実はウチのクラスに転入生が来ることになりました」
古瀬の情報は確かであった。まあもう関わらないって決めたんだけど。
俺は机に突っ伏して、寝てるふり……というか割とマジで意識の半分は寝ていた。
先生の横にいる奴の顔は見えない。というか視界は真っ暗だ。瞼を閉じてるからな。
声だけしか聞こえない。
どうやら転入生とやらが前に出て自己紹介を始めたようだ。
「張空亜実だ。張空小月の婚約者だから、皆よろしく」
「小月を狩り殺せぇ!」
「先生、気分が悪いんで早退しますっ!!」
言うや否や、俺は反射的に鞄を取って教室を飛び出していた。
………ごめん、何が起こった? 正直半分寝てたから、古瀬が『小月を狩り殺せぇ!』と言った部分は聞こえたんだが、何が起こった?
ともかく後ろから迫る禍々しい殺意を振り払わなければ、状況整理も出来やしない。
あぁ、何故だが安全安心な学校生活が去っていくような気がする………。
まったく新学期初日から、最悪だ。
小月の平凡な生活は、一体どこにあるのだろう?