起因
某県のとあるアパートの一室にて。
「うにゃぁああああ! なんでなの篠守君!!」
赤い猫のような目と無邪気で無垢な顔立ちの少女が青年に叫んでいた。
「何がだよ?」
対して、叫ばれた方の青年……篠守音亜はポテトチップスを摘みながら問い返す。
実を言えば、そのポテトチップスが原因なのだ。
「なんで! なんでわたしにポテチを分け与えないの!」
「食いたきゃ、勝手に食えよ」
「勝手に!? どの口がそんな事を言えるの!」
何度、少女がポテチの袋に手を伸ばしその中にあるポテチを取ろうとしたことか。
しかし、結果は袋の入り口で手が進まなくなる。
まるで見えない壁に塞がれているように。
「《不可視の鎧》を自らのポテチを守るために乱用するとは何事か! 今すぐ能力解きなさい!」
「イヤだ。これはオレが自腹で買ったモンだ。防衛して何が悪い。よくある袋とかに自分の名前を書くのと大して変わらねェ」
「変わるよ! ただのサインペンと自分の能力を同等に見ないで! 格が違うから!」
「いや変わらねェ。印をつけるようなモンだ」
「透明な印ってさ、どうなの!? 意味あるの!?」
「あァ、現に今はオメェの窃盗を防いでいる」
「ポテチごときで窃盗なんて、篠守君って細かい男!」
少女はオトアに怒鳴り散らしている間もどうにかしてポテチ強奪を企てていたが全て失敗。ついには諦め、袋を掴んで外に投げようとする。
その投げようとした腕も《不可視の鎧》の縫い付けによって動きを止められる。
「ねぇ、これじゃ首輪の意味ないよね? 能力乱用しまくりだよね?」
「オレが裏切らねェようにするための保険だろ? こういう時に効果を発するモンじゃねェよ」
とうとう少女はポテチを諦め、袋をオトアに返す。
そして部屋の隅に行き、しょぼくれる。
「わざわざポテチごときで…………ガキか? オメェは」
「ガキはどっち? そこまで必死にポテチを守る必要あるの?」
別に必死だったのは少女の方だけで、オトア本人はむしろだらけていたのだが。
引き続き、オトアはポテチを摘みながら少女に問う。
「それで雇い主。お仕事の方がイイのか?」
実はオトアは遊園地の一件以降、このアパートの一室でゴロゴロしていた。
それは雇い主が『お仕事はまだだからここに居て。あ、くれぐれも外にブラブラ出ないでね。探すの面倒だから』と言われたからである。
別にオトアが外に散歩に行こうとも、首輪が付いている限り、どこに居るかは分かるはずなのだが。
「んー、そうね。そろそろ予言潰ししてくれる?」
雇い主は顎に指を当てて逡巡した後、気楽にそう言った。
実に軽い。ポテチの一件の方が必死に思考を回していたんじゃないかと疑うほど軽い。
重要なことじゃないのか? とオトアは思い、雇い主の態度に溜息を吐く。
「それで、手始めに何をすればイイ?」
「んじゃ、ビル潰しちゃって」
「…………あァ?」
雇い主の発言に困惑するオトア。
白昼だろうが夜空の元だろうが、ビルがいきなり物理的に潰れればオカシイと思う人間が大多数である。
そんな事をすれば、狐狩りが即起こる。
裏の世界の大量虐殺がすぐさまに起こってしまう。
「いやもうド派手にビルを丸ごと潰しちゃってよ。あ、夜じゃダメだよ。昼間じゃなきゃビルの中に居ないじゃない? 人が」
「……わざわざ狐狩りを誘発させてェのか?」
「全然まったくこれっぽっちもそんな事を思ってないけど?」
雇い主の考えが読めず、オトアは眉をひそめる。
「大丈夫。篠守君が本気を出せばバレないでしょ?」
「んなわけあるか。アホか、テメェは」
「まあ、最悪大勢にバレたら予言潰しのついでに大量に裏の世界の奴をぶっ殺せばいいだけだから」
「やっぱりバカだろ。圧倒的なバカだ」
オトアの罵声を無視し、雇い主は会話を進める。
「ビル潰した後は、こっちで指示するから携帯で連絡寄こして。アドレス帳にあるでしょ、わたしのメアド」
「あァ」
「それじゃ、さっそく行ってきて」
「無茶苦茶な」
そう言ってオトアはポテチの袋を潰しゴミ箱に捨てた後、部屋を出る。
「あ、それと」
後ろから声を掛ける雇い主に、オトアは振り返り言葉の続きを待つ。
「くれぐれも表の世界の人達にはバレない様に」
「…………ハァ」
そちらから表に確実にバレるような内容を突き出しておいて、表にバレない様にと要求を出してくるのは何事か。
確実にバカにされている。オトアはそう思いながら溜息を吐き、
「善処はする」
いくらバカにしてきているとはいえ、自分の雇い主。
ソイツの要求がいくら無謀でも善処はしなければいけない。
より一層、盛大な溜息を吐いて、今度こそオトアはアパートを後にする。
月曜から中間テストだよ、死にたい




