観覧車
だから、タイトルなんかに意味は無い
シキが凝視した観覧車。
その中には灰色のジーンズに半袖ワイシャツに黒のアンダーを着た赤黒い髪に黒眼の青年が…篠守音亜が確かにそこに居た。来させられていた、と言った方が正しいが。
彼をココに来させたのは、対面に座る少女。
白のワンピースに緑の薄めのパーカーを羽織った、赤い猫のような目と無邪気で無垢な顔立ち少女がオトアをここまで来させたのだ。
「で、何でオレはわざわざこんな物に乗せられてんだ?」
オトアは対面に座るその少女を睨み付けながら問いかける。
「仕方ないじゃない。ゆっくりと出来るアトラクションがこれしか無いんだもの」
少女は視線を外に向けながら適当な調子で答え、オトアの苛立ちを静かに増させていた。
オトアがココにいる理由は極めて単純。雇われたのだ、この少女に。
数日前、牢獄で話を持ちかけられ、オトアはそれを条件付きで承諾した。
承諾から数時間後、話を持ち掛けてきた者と今現在目の前にいる少女がオトアの前に姿を現し、彼を牢獄から出したのだ。
「オレがオメェに雇われてるのは理解している。この首輪がある限り逆らったら死ぬ事もな」
オトアはそう言い、自分の首に付けられている銀色の少し厚めの首輪を指で軽く突く。
「えぇー、別に逆らっても死ぬわけじゃないよ。ただ無断で能力使用すれば頸動脈に直接毒をブチ込むし、行方が分からなくなったり無理矢理その首輪を外そうとすれば爆発するような仕組みがされてるだけだよ」
少女はまたもや適当な調子で答え、外の景色をご満悦している。
どうにか苛立ちを抑えつけながら、オトアは少女にまた話を振る。
「……まァ、オレがわざわざオメェらに逆らう理由なんてまず無いんだがな。それよりも仕事の話だ」
「そんなの後でいいじゃん」
我慢の限界というものを迎える前にオトアはジーンズのポケットからMP3プレーヤーを取り出し、イヤホンによって耳を塞ぐ。
相手も話す気が無いのだ。これ以上、少女と話す気は無い。
そう判断したところで、今度は少女の方からオトアに話を振ってくる。
「そう言えば、篠守君って【蒼い死神】に倒されて投獄されたんだよね」
「正確には、【蒼い死神】達だ」
少女は外に、オトアは手元にあるプレーヤーに視線を向け互いに顔を見合わないまま話が進んでいく。
「2対1だったから負けたの?」
「オレがそんな言い訳をすると? あれは完全にもう一人のガキの策に嵌ったから負けたんだ」
「そのガキについて、知りたくない?」
「どうでもいい」
「篠守君を策に嵌めて負かしたガキね、中に魔神がいるんだって」
「は?」
思わずオトアの視線が少女へ向けられる。
少女の表情は笑い、外に視線を向けたまま話を続ける。
「予想通り、食いついたね」
「……あのガキに魔神がいるってのは、どういう事だ?」
少女の言葉によって不貞腐れたような顔になるが、オトアはそのまま真相を聞こうとする。
「どうしてそうなったのかは知らないよ、当事者じゃないから。でも張空小月…篠守君を負かしたガキの中には魔神の魂? が存在するらしいよ。一応言っておくけど確かな情報だから」
「………」
オトアはそのまま会話を切り、少女と同じく外に視線を向ける。
「プレーヤーの電源つけないの?」
「こっちの勝手だろォが」
「ねえねえ、篠守君。もしかしてコレってあなたを縛る鎖に成りうる情報だったりする?」
「んな訳ねェだろ。何故、そんな事を聞く?」
「いや、そうだったらあなたが裏切る理由は先に潰しておく方がいいなーと思って」
「……くだらねェ」
「じゃっ、そろそろ色々とお話をしよっか」
そう言って、少女は外に向けていた視線をオトアへ向ける事にした。
オトアも同様に視線を少女に向け、イヤホンを取った。
「そんなにお行儀よくしなくてもいいのに。ただの雑談だよ?」
「その雑談の中に、仕事も含まれてんだろ?」
「まっいいや。それじゃ何からお話する?」
「ご自由にどォぞ。雇い主はそっちだからな」
少女は顎に人差し指を当てながら、譲られた権利をどう行使するかを考える。
その間、オトアはまた窓の外に視線を向けていた。
見つけたのだ。
ジェットコースターの列に並ぶ二人の人物を。
二人とも黒髪で、片方は【蒼い死神】と呼ばれる少女。もう片方はその中に魔神という存在を気付かぬうちに匿っている少年だ。
(………アイツの中に『アレ』が在る、か…………………)
オトアは何かを疑うような視線でその二人を見続けていた。
そんなオトアの様子に気付いた少女はこう話を切り出す。
「そう言えば、篠守君の能力って皮肉だよね」
「……んァ?」
二人から少女に視線を映すオトア。その視線は先程とは違い何を言っているか分からないような視線だった。
「篠守君の力って本来、空間を隔てて歪める力なんだよ。知らなかった?」
「隔てて?」
眉をひそめるオトアに少女は笑いながら話を進める。
「歪めるって言ったって、篠守君の場合は自分の空間を作るように見えない壁で隔てる力なんだよ。空間をぐんにゃり歪めてるわけじゃない」
「証拠は?」
「拒絶したもの」
「…………間接的に、ってわけか」
少女の言葉に納得したような様子でオトアが言う。
オトアが雑音拒絶を得る時に拒絶したものは、世界だ。
世界を拒絶したその結果、空間を隔て歪める力が手に入ったんだと少女は言っている。
しかしそれでは、間接的では無く直接的なものになってしまう。
それでもオトアは納得した。自分の力が空間が隔て歪める力だと他人に言われ納得した。
考えられる要因は―――――
「まさか篠守君が超絶破壊主義者だとは、思いたくないな」
「残念ながらその通りだな」
世界ともなれば、色々な拒絶がある。
色々なものに干渉されたくない、縛られたくない。こんな世界よりも他の世界がいい、どこか別の世界に行きたい。
こんな世界の全てを破壊したい、殺したい。
色々な拒絶がある。その中でオトアは世界と壁を作る拒絶ではなかったという事だ。
その中で、全てを壊し殺したいと願った……世界を拒絶しただけだ。
「壊したいと願ったら守る力が与えられるとか、本当に皮肉だよね。そう思わない篠守君?」
「どォでもいい事だ」
「ところで篠守君。その力に名前はあるのかな?」
「名前?」
いきなり何を言い出すんだコイツは頭大丈夫か、という視線をオトアは少女に送る。
しかしそんな視線は無視して、少女は話を身勝手に進める。
「篠守君って【蒼い死神】みたいな通り名が無いじゃん? それに加えて能力名も無いんなら呼び名とかが定まんないよ。皮肉も言い難くなるし、何より篠守君みたいな中二病丸出しの野郎が能力に名前付けてないなんて有り得ない!」
「……ブッコロスって言ってもいいのか?」
「さぁ考えて篠守君! これは今後の仕事にも会話にも関わる事だから」
そんなバカな事がありえてたまるか、とは思いつつも一応オトアも考えてみる。
しかしそんな事を考えてるのは生まれて初めての経験なので中々思いつきはしない。
大体、先程少女に能力の詳細のようなものを言われてきたばかりなのだ。
それは今までの乱暴な使い方のほとんど全てを否定されたようなもので、唯一否定されていない力の使い方と言えば。
「鎧、か」
「鎧! 何それ聞かせて!」
自分の雇い主は結構なバカなのか? と思いつつもオトアは詳細を説明する。
「オレの力で防御の使い方一つだ。空間を身に纏う形で歪めて鎧のような感じにする。無重量で相手には見えない、その上、相手の攻撃は全て逸らす。死神の蒼い炎であれだ。まあオメェが俺の力が空間を隔て歪める力だっていうんだから間違った使い方かもしれねェがな」
「それだ!」
「どれだよ」
「思いついた! 今から篠守君は能力の事を《不可視の鎧》って言って。言わなかったら首輪爆発するから」
「不条理な………インビジブル ロックって透明な錠だよな? それだと不可視は意味として合ってるが鎧の部分が意味として――」
「篠守君、細かい。いいの中二病的センスには意味なんて言葉は無用なのカッコ良ければ何でもいいの。分かった? まだ文句言うなら首輪爆発だから」
「無茶苦茶だな。まァ、雇い主がそォしろというならオレは異論はもうねェよ」
そう言ってオトアは外を見る。彼は口に出さずとも思っていた。
インビジブルロックって少しダサいな少し気に食わないなー、と。