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絶望

それは、楓が6歳の誕生日を迎えた日のことであった。

風鈴院家では6歳から厳しい修行がはじまる。食事などの作法はもちろん、法師としての仕事も、父親のハヤテに付き添い、一人前になるための修行をおこなわなければならなかった。


滝行、座禅、体術、呼吸法、絶食、さまざまな修行が、幼い楓を蝕んだ。

中でも一番辛かったのが法術の修行だ。


法術など、でないからだ。他の修行は決められたメニューをこなせば終わった。

しかし、法術の修行は、無から有を生む、もっとも神に近い行為。

父は精神と肉体を極限までひとつにし、その術が存在することを強くイメージ出来たときに、法術は発生するといった。


「いいか、楓。法術ってのはそう簡単にできる技ではない。焦らず、しかし確実に修行を積むのだ。

他の修行もすべて法術に繋がっている。

心の鍛錬を怠らないように。」


厳しくも、春の日差しを思わす暖かい父の右手が、楓の頭をなでた。


「はい、父様。」


父にはすべてを見透かされてる。そう思うことが時々ある。

楓が虚無に襲われたときや、脱力感に苛まれたとき、かならず父は優しくアドバイスをくれた。

その的確なタイミングと、厳しくも子煩悩な両親のおかげで、楓はなんとか辛い修行に耐えることができた。

尊敬する父と同じ職につきたい、という念も、また楓を強く支えた。


「はは、まあ百聞は一見にしかず、だ。今から父さんが出す法術をよくみていなさい。」


そういって、右手を前方に伸ばし、左手を右腕の肘に添えた。

森のざわめきが沈静化し始め、小鳥のさえずりが急に静まり返った。まるで、時をとめたようだ。

父の集中力は、肌で感じ取れるほどだった。


牙砕炎法撃がさいえんほうげき!!」


空気が完全に凍った。そう思った瞬間、父が言霊を発した。

時は烈火のごとく動き出し、すさまじい熱気を感じた。

前方にある大木を、巨大な炎の牙が喰らいついた。

視界が赤く炎で埋め尽くされたことに気付いた時、すでに目の前の大木は、灰に変わっていた。


緊張の糸をといた父はいつもと同じように、楓に説いた。


「いいか楓、法術というのは、自分の肉体的なエネルギーを消費して無から有を生む技ではない。

脳内で再生したイメージを、現実に呼び起こす技だ。

今父さんは、炎であの大木が包まれ、灰になる想像を強く、した。

肉体と精神が一致し、言霊によりその力を増幅させて、法術を行ったんだ。わかるな。」


「はい、父様。」


「つまり、他の修行の成果が、この法術を左右するってことだ。

一人前になるために頑張りなさい。

着実に修行を積めば、いつか必ず法術は発動する、大丈夫、楓は私の息子だ。」


父が法術に長けた法師だということは聞いていたし、寺に妖怪が襲撃してきた時に、爺様と一緒に戦闘するところは遠目でみていた。

しかし、極至近距離でみたソレは、楓の心を強く揺さぶった。

畏怖さえ覚えるその威力、果たして使いこなせるだろうか。


その日から楓は、さらに修行に熱が入るようになった。

ハヤテには持病があったからだ。父が死んだあと、母様を守り、寺を継ぐのは私だ。

はやく一人前にならなくては、と。


しかし、楓の願いとは反して、一向に法術は発生しなかった。

肉体と精神を一致させ、法力によって身体能力を著しく向上させる技は身に付いた。しかし、放出系の法術は、どうあがいても身に付かなかった。

父とともに出かける妖怪退治も、魑魅魍魎どもを殴りとばす程度。

妖怪や鬼、化物や影は、この世のものでは滅することはできない。

放出系の法術、もしくは極限まで高められた体術(やはり、そこには法力を身に纏う必要があるのだが)を取得するしかなかった。





時は流れ、楓は15歳。父の持病はさらに悪化し、戦闘などは爺様が変わって行っていた。


「失礼します。」


すでに起き上がれなくなった父の部屋は、森林の香りがして、楓の気持ちを落ち着かす。

精神修行の座禅も、この部屋でよく行っていた。


広い正方形の空間の中心に、布団を敷いて父は寝ていた。

しかし、その法力は健在で、父が寺にいるだけで、妖怪共は敷居を踏むことすらできない。


楓の精神と肉体は、厳しい修行によりかなりのものになっていた。

下級妖怪程度なら、ひとひねりにできる。

だが、やはり法術を使用することはできなかった。

しかし、中級妖怪以上になると訳が違う。

肉体による直接攻撃では限界があった。

なぜ、私には法術の才がここまでないのだろう。何が足りない。何をしたらよいんだ。

楓の焦りは限界に達していた。


「楓。」


震える声で、楓の鼓膜を振動させる。


「はい、父様。」


「すさまじい修行をしているな。見事な肉体と精神状態だ。私が15の時には、そのような力、もっていなかったよ。」


唇を噛み締め、楓は言った。


「しかしっ・・・。しかし私は法術を使役できません。これでは、父の跡目になるどころか、母様を守ることすら。お年の爺様を働かせてしまうような私など!・・・・」


「取り乱すでない。すべての法は冷静沈着な心から生まれる。精神の修行を積んだ楓なら、わかっていることだろう。

それに、爺様の件は、楓の責任ではない。本来ならまだ私が働くべき時期だ。すまない思いをさせている。」


「父様・・・。声を荒げてしまい、申し訳ありませんでした。失礼します。」


私は馬鹿だ。大馬鹿だ。父様の前で情けない姿を見せた上、恥までかかせてしまった。

どうしたらよいのだ。


修行内容をさらに厳しくしたが、人間としての格が上がるばかりで、法師としては見習いにもなれなかった。







楓、16歳夏、父、颯が逝去した。

楓が誰よりも努力していることをわかっている母様や爺様は、責めることなどしなかった。


罵ってほしかった。

お前のせいだ、と。代々続くこの寺も、もうおしまいだ、と。


優しさが、ただ、怖かった。


死のう。この世に俺は必要ない。これ以上生きても自分の無力に苦しむだけだ。


亡者より亡者らしく、魂の抜けた楓は食糧も水も持たずに、フラフラと樹海の闇へ、足を運んだ。

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