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ふたつの人影

どこからか聞こえてきた声に、少女は驚き、足を滑らせ転んでしまった。


「大丈夫か、おい」


口の中に流れ込んできた水を吐き出し、むせながら顔をあげると、少女を見下ろすふたつの大きな人影があった。

うす明るい街灯の逆光で顔はよく見えないが、ひとりは腰まで髪を伸ばしていて、もうひとりは法衣を羽織っているのがぼんやりと分かった。


「…お主等は誰じゃ」


恥ずかしいところを見られたものだ。

少女は立ち上がって言った。


「僕は…そうだね、放浪者だよ」


「ほうろう…しゃ?」


初めて聞いた言葉を口で唱えてみた。


「なんだってこんなガキがこんな時間にこんなところをうろうろしてんだ?」


法衣を羽織った男が言う。

「ガ、ガキじゃと」


少女は聞き捨てならない言葉を発した男に水をばしゃばしゃとかけた。


「うわ、冷たっ」


飛び退いた男を見てくすくすと笑いながら、髪の長い放浪者が言った。


「キミはどこから来たの」


中性的な顔立ちをしているが、細い喉元や手首、透き通った声から女性と分かる。


「わらわは…″センゴク″から来た。城を抜け出して来たのじゃ」


「センゴクねぇ…」


少女に水をかけられてびしょ濡れになった法衣をため息混じりに手で叩きながら男が言った。


「まずいな」


「何が不味いのじゃ。飯か」


「そういう意味じゃねぇよ、あータバコが湿気っちまった」


くわえていたタバコにライターで火を点けようとするがなかなか点かない。

その様子を少女はじっと見ていたが、おもむろに手を差し出した。


「それは何ぞよ」


「あ、あぶねえ。これは火だ」


「火…」


蝋燭の先に灯るあれか。

だがあれは確か、火薬が塗られた木の棒を擦って火を出していたはず。

しかしこの男は一瞬にして火を出した。奇術師か何かなのだろうか。


「キャシー、この生き物はお前のツレか」


少女を顎で差し男が言う。キャシーと呼ばれた女性は静かに微笑み言った。


「まさか」


「な、何じゃと、わらわを生物扱いしおって」


また少女に水をかけられ、男は心底嫌そうな顔で言った。


「だーもうおめぇは…おいキャシー、コレどうにかしろよ」


「ついにモノ扱いか」


言い争うふたりを、キャシーと言われた女性は、顎に指を当てて何か考えながら眺めていたが、やがて低い声で言った。


「…範次郎、ちょっと」


少女に聞こえないよう、声を潜めて言う。


「相当まずいよ、これは」


「そうだな…、あぁ、やっとついた」


湿気ったタバコを不味そうに吸い、範次郎は言った。


「まァ…なんにせよあれひとりじゃすぐにやられちまうだろう」


うらめしそうな目で自分を睨む少女を目で差して言った。


「″奴等″に?」


「″奴等″にだ」


範次郎はそう言うと、ふう、とタバコの煙を吐き出した。

それをキャシーは心底嫌そうに見て、言った。


「仮にも聖職者の君が、タバコなど吸っていいのかい?」


「あ?ダメに決まってんだろ」


間髪入れずに答え、タバコの火を地面に広がる水溜まりで消した。


「ダメだからうめぇんだよ。」


にやりと意地悪く微笑む範次郎をキャシーは心底嫌そうな顔で見た。


「へええ…世俗にまみれた聖職者もいたものだね」


聞こえないふりをした範次郎は、噴水のレンガの縁に腰かける、頭のてっぺんから爪先までびしょ濡れの少女へと向き直った。


「お前さんは何歳だ。名前は?」


「13歳じゃ。名前はねぎ子。お城ではねぎ子姫と呼ばれておってのう、わらわはそれが嫌で嫌で…」


「13歳か。ガキで充分だな」


懐から新しいタバコを取り出しながら範次郎が言った。


「お、お主はっ」


声を荒げるねぎ子を制止するようにキャシーが言った。


「まあまあ…。ねぎ子ちゃんは、ここがどこか、自分がどんな状況に置かれているか知りたいかい?」


少女はキャシーの質問には答えずに、


「そういえばさっき何についてまずいと言っておったのじゃ、奴等とは何じゃ」


「聞いてたんだね…」


キャシーはため息をつき、範次郎は頭をがしがしとかいた。


「いいか、お前さんに話しておかにゃならんことがいくつかある。ちゃんと聞けよ」


ねぎ子にずいと近寄り言った。


「お主、よく見たらなかなかの色男じゃのう。わらわの伴侶にしてやってもいいぞよ」


「残念。俺ァ既婚者だ」


肩をすくめそう言ってから、こりゃまともに話ができそうにないな、と範次郎は思った。


「な、なんじゃと、…まぁ、よくもお主と生涯を共にしようという物好きがおったものじゃのう」


「全くなァ…」


範次郎は、キャシーが苦虫を噛み潰したような顔をしているのを見て、激しく後悔した。


「まァ、そんなことはいいんだ」


キャシーの静かな声に、今度は範次郎が慌てる番だった。


「いいかい、ねぎ子ちゃん。君に理解してもらわなきゃならないことが…そうだね、みっつある」


指を3本立て、そのうちの1本を折ってからキャシーは言った。


「ひとつは、ここが異世界であるということ。″神隠しの隠し場所″とでも言おうか。

範次郎のように、元々この世界の産まれの人もいるし、僕のように外側、君がいた世界から来た者もいる」


「神隠し…?帰れないの?」

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