第8話
第8話 明かされた真実
――間違いない。
マルクスは、息を呑んだ。
石柱に触れた瞬間、遺跡が反応した。
(しかも、あの娘だけに)
ミラベルの様子を横目で見る。
呼吸は乱れているが、意識ははっきりしている。
だが、何も理解していない。
自分に何が起きたのかを。
(やはり、知らないのか……)
ウィルスナー家。
その名は、ヒース王家にとって特別な意味を持つ。
古くから伝わる記録。
初代王と妖精にまつわる伝承。
そして、“封印を守護する血筋”
それが、ウィルスナー。
王家に伝わる文書には、こう記されている。
原初の妖精の血を継ぐ者。
王の庭にて、封印を結ぶ花となる。
(まさか……本当に現れるとはな)
半ば伝説として扱われていた話だ。
だが今、目の前で起きた現象が、それを否定する。
そしてもう一つ、パルス伯の動き。
あの男が執着する理由も、これで繋がる。
(あいつは、気づいている……)
だからこそ、ミラベルを追っている。
封印を解くために、そのための“鍵”として。
マルクスの表情が、わずかに歪む。
(ふざけるな……)
あの男に渡すなど、あり得ない。
視線をミラベルへ戻す。
まだ何も知らないまま、不安そうに立っている。
あまりにも無防備で、あまりにも重要すぎる存在。
(……守る)
その思いが、静かに固まる。
だが同時に理解していた。
もう隠し続けることはできない。
ここまで来てしまった以上、彼女を“何も知らないまま”にはできない。
知らなければ、選べない。
選ばせなければならない。
自分の運命を。
マルクスはゆっくりと息を吐いた。
覚悟を決め、静かに口を開いた。
「……話す必要があるな」
──────
その言葉に、ミラベルは息を呑んだ。
マルクスの声は静かだった。
だが、そこにはこれまでにない重みがあった。
何かが変わる、そう直感する。
彼は一歩、ミラベルに近づいた。
その表情は、いつもの穏やかなものではない。
どこか決意を宿した、真剣な顔だった。
「……驚くかもしれない」
前置きのように呟く。
「だが、もう隠しておくわけにはいかない」
その言葉に胸がざわつく。
でも、目を逸らすことはできなかった。
ミラベルは、ただ頷く。
マルクスは一瞬だけ目を伏せ、そして顔を上げた。
「俺の名前は――マルクス・ヒース」
ヒース――この国を冠した名。
「ヒース王家、第二王子――マルクス・ヒースだ」
思考が真っ白に染まる。
目の前の、泥に汚れ、スープを差し出してくれた不器用な猟師と、雲の上の存在であるはずの王子の姿が重ならない。
第二王子。
それはつまり――王族。
目の前にいる彼が。
「第二王子……殿下……」
反射的にカーテシーを取ろうと、震える手がスカートを握った。
「今は……ただの猟師のマルクスだ。やめてくれ。」
カーテシーを制され、ミラベルはただ立ち尽くすしかなかった。
信じられない。
だが同時に、腑に落ちるものもあった。
剣の腕。
立ち振る舞いに、あの威圧感。
すべてが、繋がっていく。
ミラベルは言葉を失ったまま、ただ彼を見つめた。
マルクスは、その視線を受け止める。
逃げることなく。
「……すまない」
短く、そう言った。
「身分を隠していたことも、すべて」
その声音には、偽りがなかった。
ミラベルは小さく首を振る。
「……いいえ」
かすれる声で、ようやく言葉を返す。
「あなたが、私を助けてくれたことは……変わらないもの」
それだけは、確かだった。
マルクスの瞳が、わずかに揺れる。
だが、すぐに表情を引き締めた。
「だが、本題はそこじゃない」
そう言って、視線を遺跡へ向ける。
「問題は――君だ」
「……私?」
ミラベルは戸惑い、思わず自分を指差した。
マルクスは頷く。
「ウィルスナー家の名は、王家にも伝わっている」
その一言で、空気が変わった。
「古くから、ヒース王家に伝わる記録がある」
伏せ目がちに、静かに語られる言葉。
「初代王と妖精が封印した“古代の力”――」
マルクスの瞳が、ミラベルへ向けられた。
「その封印を維持するために、ある血筋が必要とされた」
ミラベルの胸が、大きく鳴る。
「それが……ウィルスナー家だ」
初代王と妖精。
封印。
ウィルスナーの血筋。
言葉の一つひとつは、幼い頃から耳にしたものばかりだった。
だが、こうして並べて語られると――まるで、知らない話のように聞こえた。
「君の家に伝わる言葉があるはずだ」
マルクスの視線が、まっすぐミラベルを捉える。
「“原初の妖精の血を継ぐ者。王の庭にて、封印を結ぶ花となる”――聞いた事がないか?」
心臓が、強く跳ねた。
知っている。
その言葉を。
幼い頃、何度も聞かされた。
(でも……それが、私の事だなんて……)
マルクスは静かに続けた。
「ウィルスナー家の者は、“封印を守るための存在”だ。そして――」
一瞬だけ、言葉を区切る。
その先を言うことの重さを、理解しているかのように。
「封印が揺らいだとき、それを“結び直す者”でもある」
「……結び直す……?」
その言葉の意味を、考える事が怖い。
「それって……どういうこと?」
ミラベルの視界が、わずかに揺れた。
疑問で、はぐらかしてしまう。
だが、心は、理解してしまっている。
先ほどの出来事と、自分だけに起きた現象。
それが何を意味するのか。
「つまり……私は……」
震える声で、言葉を絞り出す。
マルクスは、静かに頷いた。
「……ああ」
その瞳は、真剣だった。
「"王の庭にて、封印を結ぶ花"となる者だ」
ミラベルは立ち尽くす。
否定することも、逃げることもできないまま。
ただ、言葉だけが胸の奥に沈んでいく。
――逃げ場はなかった。
つづく




