第15話
第1章最終話です!舞台が森から王都へ移ります。
第15話 王都への帰還
光が、静かに収束していく。
封印の間を満たしていた眩い輝きは、次第にその輪郭を失い、淡い粒となって空気に溶けていった。
足元に刻まれていた紋様も、ひとつ、またひとつと光を失っていく。
――終わった。
けれど、胸の奥は、まだ静まりきらない。
確かに守れた、封印は結ばれた。
それでも、何かが残っている。
胸元のペンダントの石が、まだ熱を持っている気がした。
その瞬間だった。
足元の感覚が、ふっと消える。
「……え?」
視界が歪む。
重力が抜け落ちたような、浮遊感。
だが、不思議と恐怖はなかった。
ミラベルの持つ石の花弁が、青い光に満ちる。
だがそれは先ほどのような強さではなく、どこか穏やかで、優しい光だった。
導くように。
送り出すように。
そして――景色が、変わった。
風が頬を撫でる。
草の匂い、木々のざわめき。
ミラベルは、ゆっくりと顔を上げた。
「……ここは……」
そこは、見覚えのある場所だった。
円を描く石柱。
柔らかな光が差し込む空間。
――王の庭。
封印の間ではない。
だが確かに、あの場所と繋がっている。
振り返ると、マルクスも静かに周囲を見渡していた。
「……転移か」
短く、そう呟く。
「封印の間が、役目を終えて俺たちを外へ出したんだろう」
淡々とした声。
森で聞いたものと同じはずなのに、どこか違って聞こえた。
その時だった。
「動くな!」
鋭い声が、空気を裂いた。
次の瞬間、複数の兵が一斉に姿を現す。
整えられた装備と、統率された動き。
――待ち構えていたのだ。
「第二王子殿下、ご無事で何よりです」
一人が進み出て、膝をつく。
「ご命令通り、包囲を完了しております」
その言葉に、兵たちが動く。
抵抗の余地もなく、パルス伯は取り押さえられた。
「……離せ……!」
呻く声に、応じる者はもういない。
マルクスは一瞥だけくれ、すぐに視線を外した。
「……あとは任せる」
短く告げる。
「はっ」
即座に返る声。
そのやり取りは、あまりにも自然で――あまりにも、“王族”のものだった。
ミラベルは、わずかに息を呑む。
(……ああ)
分かっていたはずなのに、それでも、どこかで忘れていた。
彼は――王子なのだと。
その時だった。
「殿下」
さらに一人進み出る、王宮の紋章を纏った男。
「王宮より、お迎えに上がりました」
深く頭を垂れる。
マルクスは、わずかに頷いた。
「ご苦労」
その声音は穏やかだった。
だがそこには、明確な距離があった。
そして――男の視線が、ミラベルへ向く。
「……そちらの女性は?」
わずかに、息を飲む音が聞こえた。
マルクスは、まるで言葉を選ぶように間を置く。
その一瞬が、妙に長く感じられた。
「ミラベル・ウィルスナー」
その声は、やたらとはっきりしていた。
「今回の件において、重要な存在だ」
簡潔で、正確な言葉。
それ以上でも、それ以下でもない。
その距離に、ミラベルの胸がわずかに揺れた。
「……丁重に扱え」
短く命じる。
「決して、無礼のないように」
「承知いたしました」
即座に応じる声。
すぐに、別の馬車が用意される。
「こちらへ」
促されるが、ミラベルは一歩踏み出せずにいた。
(……あの人は)
視線が、自然とマルクスへ向く。
兵と短く言葉を交わし、完全に“第二王子”として振る舞っている。
(……もう、森の猟師じゃないものね……)
ただ“元に戻った”だけ。
本当の、彼の役割へ。
それなのに、どうしてこんなにも遠く感じるのだろう。
ミラベルは、小さく息を吸って前を見る。
(……そうね)
ここは――すべてを、自分で選ぶ場所。
何を守るのか。
どう生きるのか。
すべてを、自分で選ぶことができる。
(選べるとしたら――)
ふと、脳裏に、一人の姿が浮かんだ。
雨の中で差し伸べられた手。
あの小さな家で過ごした時間。
迷いなく、隣に立ってくれた背中。
ミラベルはゆっくりと瞬きをし、その記憶を胸の奥にそっと押し込める。
そして、何も言わずに馬車へと乗り込んだ。
扉が閉じた。外の気配が、遠ざかる。
静かな空間。
だがその静けさは、森のものとは違っていた。
胸の奥に残る、微かな熱。
それだけが、確かだった。
やがて――王都へ向かう車輪が、ゆっくりと動き出した。
――――――――
王都の空気は、森とはまるで違っていた。
整えられた石畳。無駄のない建築。
行き交う人々の動きすら、どこか統制が取れている。
馬車は、王宮の正門をくぐった。
重厚な鉄扉が開かれる音。
衛兵たちの一斉の敬礼。
そのすべてが、ひとつの“秩序”を形作っている。
(……ここが、ヒース王宮)
ミラベルは、静かに息を呑んだ。
やがて馬車が止まる。
その瞬間、空気が変わった。
先に降りたのは、マルクスだった。
その動きには一切の迷いがない。
森で見せていた柔らかさは無く、完全に、“王族”の顔だった。
ミラベルが続いて降りると、すぐに数名の騎士と侍従が整列する。
その中心に、一人の男が立っていた。
視線が、自然と引き寄せられる。
黒髪。
整えられた立ち姿。
無駄のない所作。
そして――マルクスと同じで違う、金の瞳。
その目は、まるで感情を削ぎ落とした刃のように鋭かった。
場の空気が、引き締まる。
(……この人が)
言葉にしなくても、分かる。
彼が、この場の中心だ。
マルクスが一歩進み、静かに頭を下げた。
「ただいま戻りました……王太子殿下」
短い呼びかけ。
その男――エドアルド・ヒースは、わずかに頷いた。
「戻ったか、マルクス」
感情の乗らない、低く、よく通る声だった。
だが、それだけで場を支配する響きがある。
その視線が、すぐにミラベルへと向けられた。
一瞬。
ただそれだけの時間で、すべてを見極めようとするような目だった。
値踏みではなく、逃げ場のない観察。
ミラベルの背筋が、自然と伸びる。
「……その女性は?」
簡潔な問いに、余計な言葉は一切ない。
マルクスが、わずかに間を置いて答える。
「ウィルスナー家の令嬢、ミラベルです。今回の件の――中心にいる人物です」
一瞬の沈黙の後、エドアルドの目が、わずかに細められた。
「……そうか」
短い返答。
だが、その一言の中に、理解と判断が含まれている。
次の瞬間には、すでに結論に至っていた。
「保護対象として扱う。身の安全を最優先に。王宮内で丁重に遇せ」
周囲の侍従たちが一斉に頭を下げる。
簡潔な命令は、それで完璧だった。
エドアルドはそれ以上、ミラベルに言葉をかけない。
すでに“処理すべき事案”として整理し終えている。
ミラベルは、わずかに息を呑んだ。
(……違う)
無意識に思った。
マルクスとは、違う。
同じ王族で、同じ血筋のはずなのに。
向けられる視線も、言葉も、すべてが無駄を削ぎ落としたかのような振る舞い。
だが、それは冷酷さではなく――。
“必要なものだけを残した在り方”。
「マルクス、お前は報告に来い」
エドアルドが告げる。
「事の全容を聞く」
「……承知しました」
短いやり取り。
それだけで、二人の関係性が透けて見える。
対等ではない。
だが、支配でもない。
“役割”として成立している距離だ。
ミラベルは、静かに視線を落とした。
(……この人が)
次期ヒース国王、エドアルド・ヒース王太子殿下。
そして――。
(マルクスの、お兄様……)
胸の奥に、言葉にできない感覚が残る。
それが何なのか、まだ分からない。
だが確かに、何かが変わり始めていた。
つづく
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