第14話
第14話 封印の選択
踏み込んだ足音が、石の床に重く響いた。
その瞬間、空気が裂ける。
「来るぞ!」
マルクスの声と同時に、兵たちが雄叫びを上げながら一斉に間合いを詰めた。
剣が閃く。
最前列の兵が振り下ろした刃を、マルクスは一歩も退かずに受け流した。
鈍い金属音が響き、次の瞬間には相手の体勢が崩れている。
速い。
だが、それ以上に正確だった。
無駄も、迷いもない。
そのまま踏み込み、二人、三人と間合いに入った兵を一気に押し返す。
だが、数が違う。
左右から迫る影、後方からの気配。
ミラベルは息を呑む。
(多い……!)
マルクスが一人で抑えている。
それでも押し切られるのは時間の問題だった。
「ミラベル!」
振り返らずに叫ぶ。
「扉へ向かえ!お前にしか触れない!」
その言葉が、胸に突き刺さる。
分かっている。
マルクスの背後を、白刃が次々と襲う。
弾き返し、応戦しているが、多勢に無勢だ。
マルクスが剣を受ける度、足が竦む。
行かなくてはと思うのに、彼を一人にできない。
視界の端で、パルス伯がゆっくりと歩み出る。
兵たちの背後。
戦いの中心に近づきながらも、一切の焦りを見せない。
手にした花が、妖しい青に光っていた。
「無駄な抵抗だ」
低い声が、場を支配する。
「どのみち、その娘はここで“使われる”」
その言葉に、ミラベルの胸が強く締めつけられる。
(……違う)
思い出す。
森の声。
花の震え。
あの“痛み”。
(違う……)
これは誰かのための力じゃない。
自分が選ぶものだ。
マルクスの剣が、再び火花を散らす。
一瞬、膝をつくのを見て、はっとした。
息が荒い。
(このままじゃ……)
守られているだけでは、届かない。
ミラベルは一歩、踏み出した。
「……やめて」
小さな声だった。
でもそれで十分だった。
空気がわずかに揺れる。
その瞬間、兵の動きが、何かに阻まれたように鈍る。
隙をついて敵の刃を潜り抜けたマルクスが、ミラベルに向かって駆け出した。
「ミラベル……行け!」
ミラベルは扉へと向き直る。
巨大な石の表面。
花の紋様が、静かに光を脈打たせている。
手の中の青い石が、熱を帯びる。
呼ばれている。
だが、それは“開けろ”ではない。
(……違う)
あの時と同じだ。
問われている。
自分が何を選ぶのか。
ゆっくりと手を伸ばす。
震えている。
それでも、止めない。
指先が、扉に触れた。
その瞬間、光が弾けた。
視界が白に染まる。
音が消える。
そして、声が響いた。
「汝、何を望む」
その声は、ミラベルだけに向けられたものではなかった。
花を掲げたパルス伯もまた、はっと顔を上げる。
「おお……!」
パルス伯が歓喜に震える声を出し、花を掲げた。
その花が、強く脈打つ。
扉の光と呼応するように、だが――歪に。
「今こそ扉の解放の時……!我が為に封印を解除せよ!」
勢い良く叫ぶパルス伯の声が、不思議と遠くに聞こえた。
ミラベルは、息を吸う。
迷いはあった、怖さもあった。
それでも――。
「守る」
はっきりと、言葉にする。
「この森も、この場所も……誰のものにもさせない」
声が震える。
だが、続ける。
「私は、“結ぶ者”としてここにいる」
その瞬間、ミラベルの手の中で、あの青い石が生き物のように脈動した。
『承知した』
穏やかな声が脳裏を掠めた。
『結ぶ者――我が主よ』
溢れ出した光が彼女の首筋を優しく包み込み、細い光の鎖を編み上げていく。
――光が収束したとき、石はミラベルの胸元で、古の契約を象徴するペンダントへと姿を変えていた。
石に呼応するように、扉の紋様が一斉に輝き、石畳へと広がっていく。
ミラベルは、はっと現実へと引き戻される。
いつの間にか、ペンダントになっていた石に触れる。
まるで最初から着けていたかのように、しっくりと首に馴染んだ。
眩い光が、封印の間全体を包み込んでいた。
兵たちが全ての動きを止める。
踏み出そうとした足が、床に縫い付けられたかのように動かない。
「……なに……?」
誰かが呟く。
パルス伯の表情が、初めて崩れた。
「……何だと……?」
信じられないものを見る目だった。
扉の光は、外へと広がる。
封印の間を越え、森へと流れ込む。
ざわり、と木々が応える。
乱れていた気配が、整っていく。
まるで、呼吸を取り戻すように。
ミラベルの手の下で、扉は静かに輝いていた。
閉ざすための光、守るための力。
そのすべてが、彼女の意思に応えている。
パルス伯が一歩、踏み出そうとした。
だが、動けない。
見えない力に押し留められている。
「……馬鹿な……!」
その手にあった花が、ひび割れる。
音を立てて、崩れた。
光を失い、ただの枯れた花となって床に落ちる。
「そんなはずはない……!」
声が歪む。
だが、もう遅い。
封印は、解かれるものではなかった。
結ばれたのだ。
より強く、より確かに。
――欲ではなく、意思によって。
ミラベルはゆっくりと手を離した。
光が、静かに収まっていく。
残るのは、深い静寂。
先ほどまでの喧騒が、嘘のようだった。
マルクスが剣を下ろし、息を整える。
そして、ミラベルを見る。
その瞳には、はっきりとした確信があった。
「……やったな」
ミラベルは小さく頷く。
まだ実感はない。
だが確かに、終わった。
パルス伯は膝をついたまま、動けずにいた。
その視線は、扉から離れない。
「……終わりだ」
マルクスの声が、静かに落ちる。
それは宣告だった。
兵たちは完全に戦意を失い、その場に崩れるように膝をついた。
封印の間に、ようやく本来の静けさが戻る。
ミラベルは、ゆっくりと息を吐いた。
胸の奥の熱が、少しずつ落ち着いていく。
森の気配が、穏やかに戻っていくのが分かる。
守れたのだ。
ミラベルは静かに目を閉じた。
そして、再び開く。
視線の先には、マルクスがいた。
何も言わない。
それでも、分かる。
すべてが、ここから先へ続いていく。
終わりではない、――始まりだ。
ミラベルは一歩、前へ踏み出した。
その先に待つものが何であっても。
つづく
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