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王の庭に咲く花~身売り同然の婚約なんてお断りです!~  作者: 幽々子由馬


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第12話


第12話 森の悲鳴


 森の入口――。


 その静寂は、踏み荒らされていた。

 鉄の音と怒号。

 無遠慮に折られていく枝の音。

 パルス伯の部隊は、躊躇なく森へ踏み入っていた。

 踏み締めるたびに地面は抉れ、草花は潰れ、木々は傷つけられる。

 だが彼らにとって、それはただの“物”でしかない。


 進軍は止まらない。

 遺跡の確保。

 そして……ウィルスナーの娘の捕縛。

 その目的の前に、この森はあまりにも価値が低かった。


「伯爵様!お待ちください!」


 隊列の端から、老齢の男が声を張り上げる。

 森の案内人として雇われた男だった。


「この森はただの森ではございません!これ以上踏み荒らせば――!」


 その言葉は、最後まで続かなかった。


「黙れ」


 パルス伯は振り返りもしない。

 ただ一言、それだけで空気が凍りつく。


「我輩の目的を阻むものは、すべて排除する」


 淡々と告げる。


「森であろうが、獣であろうが――同じことだ」


 そして、短く命じた。


「焼け」


 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、兵士たちが一斉に動いた。

 松明が掲げられる。

 火が、投げ込まれる。

 乾いた枝葉に燃え移った炎は、一瞬で広がった。

 パチパチと音を立てて燃え上がる火。

 煙が立ち上り、空気が歪む。

 

 その瞬間、森の“気配”が変わった。


「……っ」


 老齢の男が息を呑む。


「何と……畏れ多い……!」


 木々が、軋む。

 風が、唸る。

 それはただの自然現象ではなかった。


 明確な意思を持った、怒り。


「もう知りませんぞ!」


 男は叫ぶように言い放ち、その場から逃げ出した。

 直後、風が狂ったように吹き荒れた。

 

 その異変は、波のように森の奥へと伝わっていった。


 音ではない。

 だが確かに――届く。

 

 森の奥深く――妖精の庭に近いその場所は、異様な静けさに包まれていた。


 風はある。

 だが、流れていない。


 木々は揺れているはずなのに、そのざわめきはどこか不自然に途切れている。

 まるで森そのものが、息を潜めているかのようだった。


「……来ているわ」


 ミラベルが呟いた。

 マルクスが顔を上げる。


「見えるのか?」


「いいえ……でも、分かるの」


 確信があった。

 確かに耳を澄ませても、何も聞こえない。


(……間違いないわ)


 聞こえないはずなのに、胸の奥がざわついている。


 不快な違和感。

 押し寄せる圧。

 

 それは、音ではなかった。

 “侵入”の感覚。


「森が……嫌がってる」


 ミラベルは無意識に呟いていた。

 その時だった。

 足元の花が、ふっと光を帯びた。


「……!」


 しゃがみ込む。

 小さな白い花。

 その花弁が、淡く、弱く、震えるように明滅している。

 ミラベルがそっと触れた瞬間、“音”ではないものが流れ込んできた。

 指先から、焼かれたような熱さと共に、おぞましい感覚が脳を焼く。

 言葉以前の、剥き出しの悲鳴。

 神経を直接掻き毟られるような痛み。

 ミラベルの視界が、真っ赤に染まる。

 

(やめて……お願い、これ以上、この子たちを傷つけないで……!)

 

 ざわり、と全身が粟立つ。

 ミラベルは思わず手を引いた。


「……マルクス」


 声が震える。


「森が……」


 言い切れない。

 だが、彼はすぐに理解した。


「侵されている、か」


 短く言い切った瞬間。

 地面の奥から、かすかな振動が伝わってきた。


 ――ドン。


 ほんの微かに、だが確かに。


 ――ドン、ドン。


 規則的な重み。

 ミラベルの顔色が変わる。


「これ……」


「行軍だ」


 マルクスの声は低い。


「距離はある。だが確実に近づいている」


 森の奥深くにいるはずなのに。

 それでも、その“存在”は無視できないほどに強く伝わってくる。

 ミラベルはぎゅっと拳を握った。


「そんな……ここまで……」


 安全なはずだった場所。

 誰にも辿り着けないはずだった領域。

 それが、侵されている。


 その時、再び花が強く光った。

 今度は、先ほどよりもはっきりと。

 ミラベルは躊躇いながらも、もう一度触れる。


 ――抑えて。


 ――痛い。


 ――苦しい。


 流れ込んでくる感情。

 怒りではない。

 恐怖でもない。

 それは、純粋な悲鳴だった。


「……だめ」


 思わず声が漏れる。

 胸が締めつけられる。

 このままでは、森が壊される。

 ミラベルは震える手で胸元に触れ、はっとした。

 そこにあるのは、青い石。

 妖精の試練で託されたものが、かすかに、熱を帯びている。

 マルクスがそれに気づく。


「……反応しているのか」


 ミラベルは小さく頷く。


「わからない……でも」


 言葉を探す。


「このままじゃいけないって……分かる」


 恐怖はある。

 自分に何ができるのかも分からない。

 

 ――だが、何をすれば良いのかは分かった。

 

 ミラベルは目を閉じた。

 花に触れた手、石を握る手。

 意識を、重ねる。

 森の声は、まだ乱れている。


 痛み、恐れ、混乱の感情。

 それらが渦のように押し寄せる。


 苦しい。

 だが、逃げない。


「……落ち着いて」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「大丈夫……」


 誰に向けた言葉かも分からない。

 それでも、続ける。


「大丈夫だから……」


 その瞬間だった。

 石が、柔らかな青い光を放つ。

 それは広がることも、爆発することもない。

 ただ静かに、周囲を癒すように広がった。


 森のざわめきが、わずかに変わる。

 乱れていた流れが、ほんの少しだけ整う。

 ミラベルははっと目を開いた。


「……今、通じた」


 ほんのわずかだが、確かに。

 マルクスが息を呑む。


「ミラベル……今のは……」


「わからない……でも」


 呼吸を、整える。


「少しだけ……落ち着いた」


 それだけで十分だった。

 完全に止められたわけじゃない。

 侵入も、止まっていない。


 それでも――。


 “抗えた”。

 ほんのわずかでも、確かに。


 ミラベルはゆっくりと立ち上がる。

 足はまだ震えている。

 だが、視線は前を向いていた。


「行かないと」


 その声は、はっきりしていた。

 マルクスは一瞬だけ彼女を見つめ、そして頷く。


「ああ」


 短く、力強く。

 二人は同時に走り出した。

 森の最深部から、侵食されつつある領域へ。

 見えない敵、だが確実に迫っている脅威へ。


 もう、逃げる理由はなかった。


 つづく

お読み頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。

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