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王の庭に咲く花~身売り同然の婚約なんてお断りです!~  作者: 幽々子由馬


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第10話


第10話 妖精の庭


 森の奥へ進むほどに、空気は異質な重さを帯びていった。

 風は吹いているはずなのに、どこか滞っている。

 耳に届くのは、囁くような音だけだった。


「……おかしい」


 マルクスが低く呟く。

 その手はすでに剣の柄にかかっていた。


「この辺りは何度も通っている。だが、こんな場所は見たことがない」


 その声には、明確な警戒が滲んでいる。


「ここは“妖精の庭”と呼ばれている区域だが……」


 ミラベルは思わず足を止め、彼を見上げた。


「どういうこと……?」


 マルクスはしばし沈黙し、やがて口を開く。


「“妖精の庭”……伝承では妖精の住処とされる場所だ」


 空気が、わずかに張り詰めた。


「……ここは、その“本来の場所”なんだろう」


 ミラベルの喉が、ひどく乾く。


「ウィルスナーの血――君が導いたと考えるのが自然だ」


 マルクスは振り返り、まっすぐ彼女を見る。


「ミラベル。俺がついている。進もう」


 その言葉に、ミラベルは小さく頷いた。

 不安は消えない。

 けれど、一人ではない。


 二人は、霧の奥へと足を踏み入れた。


 やがて、視界が開ける。

 そこに広がっていたのは、静まり返った湖だった。

 水面は鏡のように揺らぎひとつなく、二人の姿を映している。


 突然、湖の中心が、ゆらりと波打った。

 青白い光が、水の底から立ち上る。


 光の中から、一つの影が現れた。

 人の形をしている。

 だが――“形を真似ているだけ”だった。

 透き通るような存在。

 その姿は美しいのに、目を逸らしたくなるほどの威圧感を伴っていた。

 ここは、"妖精の庭"。

 その存在が何であるか、言葉にしなくても分かった。


「――客人よ」


 声が、直接心に響く。

 ミラベルの背筋が凍る。


「この湖を越えるには、真実を示せ」


 静かな宣告だった。

 だがそこには、一切の逃げ道がない。

 マルクスが一歩前へ出る。


「俺たちは、この森と封印を守るために来た」


 妖精は微笑む。

 だがその目は、まるで試すように鋭い。


「言葉では足りぬ」


 空気が、重く沈む。


「問おう」


 その視線が、マルクスを貫いた。


「そなたがこの娘を守る理由は何だ」


 一瞬、世界が静止する。


「義務か」


 間。


「――それとも、欲か」


 その言葉と同時に、空気が締め付けるように圧を増した。

 嘘は許されない、そう直感できるほどに。


 マルクスは、すぐには答えなかった。

 ほんのわずかな沈黙。

 だが、それは確かに“迷い”だった。

 ミラベルは思わず彼を見る。


(……マルクス?)


 彼の視線が、わずかに揺れる。

 ミラベルと視線が交差する。

 その瞬間――何かが、確かに繋がった。

 言葉にできないものが、互いに伝わる。

 マルクスは深呼吸して、目を閉じた。

 そして、見開く。


「……どちらも、だ」


 はっきりと、言い切る。

 空気が、さらに重くなる。


「彼女は、この森と封印に関わる存在だ。だから守る」


 それは事実。

 だが――それだけではない。

 マルクスは続ける。


「……だが、それだけじゃない」


 視線が、ミラベルを捉える。


「俺は、この人を失いたくない」


 その言葉は、飾り気のない本音だった。


「俺の人生において、とても……かけがえのない人だ。」


 一歩も退かない。


「それを欲だと言うなら、否定はしない」


 沈黙が痛い。

 妖精は、しばらくマルクスを見つめていた。

 やがて――


「……よい」


 その一言で、空気が緩んだ。

 湖が静かに割れる。

 水面が左右に開き、石でできた一本道が現れた。


「進め」


 ミラベルは、ゆっくりと息を吐いた。

 マルクスが手を差し出す。


「行こう」


 ミラベルは一瞬だけ迷い、そしてその手を取った。

 温かい。

 その感触に、胸の奥が静かに揺れる。

 二人は並んで、石の道を進み始めた。


 しばらく歩いた後、ミラベルが、ぽつりと呟く。


「……さっきの言葉」


 マルクスは視線を前に向けたまま答える。


「嘘をつけば、見抜かれていただろうな」


「……ずるいわ」


「そうか?」


 わずかに笑う気配。

 その距離は、以前よりも確かに近い。

 だが次の瞬間――視界が歪んだ。


 空間がねじれる。

 意識が、引き裂かれるように遠のく。


「――っ」


 気づいたとき、ミラベルは一人だった。


 闇。


 音も、気配もない。


「……マルクス?」


 返事はない。

 代わりに、声が響く。


『問おう』


 冷たい、無機質な声。


『そなたは何者だ』


『価値ある存在か』


 胸が、強く締め付けられる。


 思い出す。


 父の言葉。

 “役に立たない”

 “価値がない”


 あのときの絶望。


 心が、揺らぐ。


(……私は……)


 何も言えない。

 膝が崩れそうになる。

 

 ――絶望に苛まれる。


(これじゃ、何も変わらない……)

 

 浮かぶのは、別の記憶。


 暖炉の前。

 優しい声。


『君は、自分で選んでいい』


 その言葉が、闇の中で光る。

 ミラベルは顔を上げた。

 震える足で、立つ。


「……違う」


 声が、震えながらも強くなる。


「私は……誰かに決められる存在じゃない」


 拳を握る。


「私は、私の意思で生きる」


 はっきりと、言い切る。


 その瞬間――闇が砕けた。

 光が溢れる。

 両手の中に、温かな輝き。

 それは花の形を宿した、青い光の石だった。


『よくぞ越えた』


 声が、柔らかくなる。


『我が末裔よ。その意志、確かに受け取った』


 光が弾ける。


『これから、更なる試練がそなたを襲うだろう』


 石が熱く、鼓動した。


『そなたが――この先を選ぶのだ』

 

 ――次の瞬間、視界が戻る。

 目の前には、マルクスがいた。


「ミラベル!」


 強く抱き寄せられる。

 その腕は、わずかに震えていた。


「……無事で、よかった」


 その声に、ミラベルはそっと微笑む。


「大丈夫よ」


 静かに答える。


「もう、迷わない」


 マルクスは目を見開き、そしてゆっくりと頷いた。

 二人の手は、自然と繋がったままだった。

 霧が、少しずつ晴れていく。

 それは、試練を越えた証だった。


(……全部、ここから始まる)


 迫り来る脅威が消えたわけではない。

 すべては、ここから始まるのだ。


 つづく

 

お読み頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。

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