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王の庭に咲く花~身売り同然の婚約なんてお断りです!~  作者: 幽々子由馬


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第9話


第9話 奪われた花


 パルス伯の屋敷――重厚な石造りの一室。

 荒々しい男たちが一堂に集められ、室内には押し潰されるような沈黙が漂っていた。


 その中心に座る男――パルス伯だけが、微動だにしない。


「……娘を見失った、だと?」


 低く、抑えられた声。

 だが、その奥に潜む怒気は隠しきれていない。

 報告に立つ男が、わずかに震える。


「は、はい……森の中で……第二王子に阻まれ――」


 その瞬間、鈍い音が響いた。

 パルス伯の拳が、机を叩きつけたのだ。


「マルクス・ヒース……」


 その名を、噛み潰すように呟く。


「やはり嗅ぎつけていたか……」


 その一言に、部屋の空気が凍りつく。


 “偶然ではない”


 そう断言している声音だった。


「ウィルスナー家の娘は、ただの令嬢ではない」


 ゆっくりと、言葉を刻む。


「“王の庭にて、封印を結ぶ花”――」


 その言葉を、当然のように口にした。


「その血を引く者だ」


 部下たちがざわめく。

 だがパルス伯は構わない。

 すでに確信している。


「遺跡は見つかった。あとは“鍵”を揃えるだけだ」


 その視線が、冷たく細められる。


「逃がすわけにはいかん」


 静かな一言。

 だがそれは、命令というより、宣告だった。

 部下たちは何も言えず、その場を後にする。

 

 やがて一人残されたパルス伯は、窓の外を見やった。

 広がるのは、自らの領地。

 だがその視線は、そこには留まらない。


 遥か遠く――王都のある方角へと向けられていた。


「王族だと?」


 鼻で笑う。


「所詮は封印に縋るだけの家系だ」


 ゆっくりと立ち上がる。


「その封印を、この私が解く」


 唇が歪む。


「そして――その力ごと、奪い取る」


 ――――――――



 一方、ミラベルとマルクスは遺跡を離れ、森の奥深くへと足を進めていた。

 しばらくの間、二人の間に言葉はなかった。

 だがその沈黙は、先ほどまでとは違う重みを帯びている。

 やがて、ミラベルは何かを振り切るように顔を上げた。


「……ねえ、マルクス」


 一瞬だけ迷い、そして意を決したように言葉を続ける。


「あの石柱に刻まれていた花の文様……あれ、私が生まれた時に咲いた花と同じなの」


 言葉にした瞬間、胸の奥が強くざわついた。

 偶然で済ませていいはずがない。

 マルクスは、すぐには答えなかった。

 ただ、その場に立ち尽くしたまま、わずかに目を伏せる。

 その沈黙は短いはずなのに、妙に長く感じられた。

 やがて、ゆっくりと息を吐く。


「……そうか」


 低く、押し殺したような声だった。

 顔を上げたその瞳には、もはや迷いはない。


「……君の話で、はっきりした」


 断定だった。

 その一言に、空気が変わる。

 ミラベルは思わず息を呑んだ。

 マルクスは一歩踏み出し、まっすぐに彼女を見る。


「ウィルスナー家は、封印に関わる血筋だ」


 その声音は、確信に満ちている。


「そして――君は、その役割を継ぐ者だ」


 ミラベルはかすかに首を振った。


「……でも、私は……何の力も感じたことなんて……」


 言いながら、自分の言葉が空虚に思える。

 遺跡での出来事が、それを否定しているからだ。

 マルクスは静かに頷いた。


「自覚がないのは当然だ」


 短く言い切る。


「問題は、“花”だ」


 その言葉に、ミラベルの指先がわずかに震えた。


「君が生まれた時に咲いたという、その花――それはただの花じゃない」


 一拍置き、はっきりと告げる。


「ウィルスナー家における“証”であり、封印に触れるための“媒介”だ」


 その意味が、ゆっくりと胸に沈んでいく。

 幼い頃から大切にされてきたあの花が、まったく別の意味を持ち始める。


「……じゃあ、私は……?」


 震える声で問いかける。

 マルクスは、少し思案するように間を置いた。


「君は――“王の庭にて、封印を結ぶ花となる”者だ」


 先程聞いた言葉と、同じ言葉。

 

 知っている、その言葉を。

 母が最期に伝えた、あの文言。

 御伽噺だと思った。しかし。

 それが今、現実として突きつけられている。


「……花は、あくまで“繋ぐためのもの”だ」


 マルクスの声が続く。


「だが封印を結び直すのは――君自身だ」


 遺跡での反応が、脳裏に蘇る。

 自分だけに起きた、あの現象。

 すべてが繋がる。


「……その花なら」


 ミラベルの顔から血の気が引く。


「パルス伯が……持っていったわ」


 一瞬、空気が止まった。

 マルクスの表情が、明確に変わる。


「……そうだったのか」


 低く呟く声に、わずかな苛立ちが滲む。


「なら、辻褄は合う」


 ゆっくりと視線を上げる。


「花だけでは足りなかったんだ」


「え……?」


「媒介だけでは、封印には触れられない。“結び直す者”がいなければな」


 その言葉に、ミラベルは息を呑む。

 花と、自分。

 その両方が揃って初めて、封印に届く。


「……私が逃げれば」


 震える声で呟く。


「きっと、どこまでも追いかけて来るわ」


 マルクスは静かに頷いた。


「そうだろうな」


 短く、重い肯定。

 そして、続ける。


「だが、それは同時に好機でもある」


 ミラベルは顔を上げる。


「花は取り戻す必要がある。そして君が自分の役割を理解すれば――封印を結び直すこともできるはずだ」


 震える手を、ぎゅっと握りしめる。

 怖い、それでも。


「……私にできることをするわ」


 はっきりと、言葉にする。


「このまま見過ごすわけにはいかないもの」


 握りしめた拳はまだ小さく震えていた。

 しかし。

 マルクスを見つめる瞳からは、運命に怯える色は消えていた。


 マルクスはそれを見つめ、わずかに表情を緩め、静かに頷く。


「ああ。共に行こう、ミラベル」


 その言葉に、ミラベルは小さく頷いた。

 もう、迷いはなかった。


 つづく

お読み頂きありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。

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