第3話 他人を正しく評価できるのは、それだけで魔法の領域かもしれない
転生待機学園の午後は、どこか気の抜けた空気が流れている。
昼休みほど賑やかではなく、授業前ほど緊張感もない。
唯は廊下の窓から中庭を見下ろしながら、隣に立つ裕貴の横顔を盗み見ていた。
――今度は、こっちの番だ。
そう思った瞬間、自分が同じことを考えていると気づく。
相手を思っての行動が、同時に自分の望みでもある。
この学園に来てから、そんな矛盾には慣れつつあった。
「なあ、中田さん」
裕貴が、少しだけ声を落として切り出す。
「女魔導士って、どう思う?」
「……女魔導士?」
唯は、わずかに瞬きをした。
聞き覚えのある流れだと、すぐに理解する。
「追放勇者を正しく評価できる立場だ。実力だけじゃなくて、人格も含めてさ」
裕貴は言葉を選びながら続けた。
「追放される勇者って、だいたい評価が歪んでるだろ?本当は有能なのに、理解されなかっただけってパターンも多い」
唯は黙って聞いていた。
これは提案で、誘導で、しかし押し付けではない。
前回唯が騎士を提案した時と、まったく同じ構図。
「女魔導士なら、戦力としても優秀だし」
「勇者の補佐役として、物語的にも重要なポジションだと思う」
――なるほど。
確かに、筋は通っている。
「……悪くはないわね」
唯は率直にそう答えた。
嘘をつく理由はなかった。
「正しく評価する役割、っていうのは……嫌いじゃない」
その会話に、背後から明るい声が重なる。
「それ、めちゃくちゃ分かる!」
二人が振り返ると、同じクラスの女子生徒が目を輝かせていた。
「女魔導士って、単に強いだけじゃないのよ。誰が本当に価値のある人間か、ちゃんと見抜ける立場じゃない?」
彼女は身振り手振りを交えながら続ける。
「追放勇者を正しく評価できるって、それだけで才能だと思う。力を見る目がある人って、魔法みたいなものよ」
裕貴は、内心で小さく息を吸った。
――ツイてる。
言ってほしいことを、全部言ってくれている。
「勇者を支える存在って、結局一番重要なのよ」
「表に出ないけど、物語を動かしてるのはそういう人だもの」
熱のこもった言葉に、裕貴は少し安心したように笑う。
「……そう言われると、確かに魅力的かもしれませんわね」
唯も、ほんの少し心が揺れた。
自分の役割として、悪くない。
むしろ、しっくりくる部分さえある。
その瞬間だった。
『校内放送。転生待機学園四年生、〇組〇番――』
事務的な声が、廊下に響く。
『志望ポスト確定につき、本日付で卒業手続きを開始します』
一瞬、誰の名前か分からなかった。
次の瞬間、女子生徒が「あ」と声を上げる。
「私だ」
「え……?」
「女魔導士、通ったみたい」
彼女は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに笑った。
「早かったわね。じゃ、先に行くわ」
そう言って、軽く手を振る。
「二人とも、自分の選択を信じなさいよ」
彼女は迷いなく、その場を離れていった。
引き止める理由も、言葉も、残されていない。
廊下に、静けさが戻る。
唯は、しばらく何も言えなかった。
正しい評価。
正しい役割。
それらが、正しいタイミングとは限らない。
「……ごめん」
先に口を開いたのは、裕貴だった。
「今の話、やっぱりなしで」
唯は、ゆっくりと頷く。
「ええ。これじゃ……合わないわね」
一緒に行けない選択肢は、どれだけ魅力的でも意味がない。
二人は並んで歩き出し、何事もなかったかのように教室へ戻った。
他人を正しく評価できることは、確かに才能だ。
もしかしたら、それ自体が魔法の領域なのかもしれない。
だが今、彼らが選ばなかったのは、
その魔法だった。




