第2話 騎士道とは、安易に譲らないことと見つけたり
昼休みの転生待機学園は、奇妙な静けさと騒がしさが同居している。
ここにいる全員が「いずれ去る」ことを知っているせいか、会話は軽く、別れは淡泊だ。誰かが卒業しても、拍子抜けするほどあっさりしている。
唯はその中庭のベンチに腰掛け、隣に座る裕貴を横目で見た。
――今日だ。
そう決めていたわけではない。ただ、この話題を出すなら、今しかない気がした。
「ねえ、斎藤くん」
「ん?」
呼びかけたものの、すぐに本題を切り出すのはためらわれた。
掲示板の前を通り過ぎていくクラスメイトたちを眺め、わざと一拍置く。
「……騎士って、どう思う?」
「騎士?」
裕貴は怪訝そうに眉を上げる。
それもそうだ。転生志望の話題は日常茶飯事とはいえ、ここまで唐突なのは珍しい。
「悪役令嬢のそばにいる騎士よ。剣を振るって、主君を守る役割。世界観的にも、かなり重要なポジションじゃない?」
唯は自分の声が、必要以上に冷静であることを自覚していた。
誘導している。
だが、嘘は言っていない。そこだけは、はっきりしている。
「……まあ、悪くはないな」
裕貴は腕を組み、視線を空に向ける。
「前線に立つ役割だし、存在感もある。悪役令嬢の側近なら、立場も安定してそうだ」
「でしょ?」
胸の奥で、小さく安堵する。
強く押したわけではない。ただ、選択肢を提示しただけだ。
その会話を、すぐ近くで聞いていた声が割り込んできた。
「それ! それだよ!」
二人が振り向くと、同じクラスの男子生徒が、身を乗り出していた。
いつも明るく、転生後の話題になると妙に饒舌になるタイプだ。
「騎士はいいぞ。強くて、かっこよくて、誇りを持って生きられる」
彼は、自分のことのように語り出す。
「主君のために剣を振るうって、簡単なことじゃない。でもだからこそ価値がある。騎士は男のロマンだろ?」
唯は、内心で息を呑んだ。
――言ってほしいことを、全部言ってくれている。
「悪役令嬢のそばにいる騎士なんて、物語の中心だしさ」
「脇役どころか、正真正銘の英雄だよ」
熱のこもった言葉に、裕貴も苦笑しながら頷く。
「……確かに、そう聞くと悪くないな」
その瞬間だった。
『校内放送。1ヶ月生、2組9番――』
淡々とした声が、中庭に響き渡る。
『志望ポスト確定につき、本日付で卒業手続きを開始します』
一瞬、時間が止まったように感じた。
次の瞬間、男子生徒がきょとんとした顔で、自分の名札を見下ろす。
「あ、俺だ」
「……え?」
「騎士志望、通ったみたいだな」
彼はあっさりとそう言って、肩をすくめた。
「じゃ、先行ってくるわ。二人とも、悔いのない志望しろよ!」
引き止める暇もなく、彼は学園の出口へ向かっていく。
別れの挨拶すら、必要ない。卒業とは、そういうものだ。
残された二人の間に、沈黙が落ちる。
唯は、視線を伏せたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……ごめん。今の話、忘れて」
「え?」
「これだと……タイミングが合わない」
正しい選択であっても、早すぎれば意味がない。騎士志望は案外少なく、彼ら2人のような長期の順番待ちを必要としない。
それでは、一緒に行けない。
裕貴は少し考え、静かに頷いた。
「……そうだな。やっぱ、やめとく」
二人は何事もなかったかのようにベンチを立ち、掲示板から離れた。
騎士は強くて、かっこよくて、誇り高い。
それは間違いない。
だが騎士道とは、
安易に譲らないことでもある――
少なくとも、彼らはそう結論づけたのだった。




