第1話 まだ存在しない名前で呼び合っている
__神立転生待機学園。
現世で死を迎え、転生する権利を得た者達が、希望する転生ポストの空きができるまでを過ごす神聖な学び舎だ。
ここでは、転生後に役に立つ知識を学んでもよいし、別に学ばなくてもよい。
その中庭で、今日も平和な昼休みが流れている。
少なくとも、傍から見れば。
だが実際には、告白を先延ばしにしながら、さらなる先延ばしを目指し、同じ世界に転生するための高度な心理戦が行われていた。
「斎藤くん」
声をかけたのは、転生待機学園4ヶ月生の中田唯だった。
なお、この時点で彼女が「斎藤くん」と呼んだのは、周囲に人がいたからである。
「卒業後の志望世界、もう決めた?」
__質問に見えるが、攻撃。
しかも初手から核心に近い。
「まだだよ」
斎藤裕貴は即答しなかった。
代わりに、ほんの一拍置いてから答える。
__防御成功。
しかし、“決まっていない”という情報は渡してしまった。
「優柔不断ね」
「中田さんは?」
「わたし?」
彼女は一瞬だけ視線を逸らし、すぐに笑顔に戻る。
__思考中。
この沈黙は、嘘を組み立てている時間だ。
「まだ検討中よ。世界観って大事でしょう?」
__正論。
そして何も言っていない。
ベンチの少し後ろで、クラスメイトたちが小声で話し始める。
「またあの2人だ」 「仲いいよね」 「付き合ってるの?」 「いや、あの距離感で?」
__なお、当人たちは一切聞いていない。
聞こえていたとしても、気にする余裕がない。
「ねえ」
今度は裕貴が切り込む。
「もし、同じ世界を志望してる人がいたらどうする?」
__来た。
これは探りではない。踏み込みだ。
唯は、わずかに眉を上げた。
「奇遇ね」
即答。
「わたしも、同じ世界の方がいいと思ってたところ」
__宣言。
ただし、主語は曖昧。
「そっか」
裕貴は頷き、何気ない調子で続ける。
「じゃあ……アリシアとしては、どんな世界がいい?」
空気が、一瞬止まった。
「……今、何て?」
クラスメイトの一人が小声で言う。
「ア、アリシア?」
「誰?」
「中田さんの親戚?」
__違う。
まだ存在しない名前である。
唯が、転生後の自分の名前だと勝手に自称している名前。
なお、転生先については、「チーレム主人公」や「スローライフ」など様々に希望を出し、その条件に合う空きポストがどこかの異世界にできるまで、この学園で過ごすシステムだ。
__したがって、転生後の名前を自分で決めることはできない。アリシアというのは単なる自称。
「そうね」
中田唯――もとい、
アリシア・フォン=ローゼンベルグは、何の躊躇もなく頷いた。
「その名前で呼ばれる予定ですものね」
「ああ」
裕貴も、自然に受け入れる。
「レオンとしても慎重に選ばないといけないからな」
__当然のようにそう返す。
こちらも存在しない名前。繰り返すが、単なる自称である。
「え、今度はレオン?」 「え、何? 役名?」 「演劇部?」
ヒソヒソが加速する。
「そういえば、レオン。名字は?」
「……ないんじゃない?」
「ないの?」
__ない。
少なくとも本人は、そう思っている。
「レオンはどういう世界を考えてるの?」
アリシアが、あくまで冷静に尋ねる。
“あなた”ではない。“レオン”だ。
「追放されてもやり直せる世界かな」
__本音に近いが、まだ核心ではない。
「それは……」
アリシアは顎に指を当て、考える素振りを見せる。
__時間稼ぎ。
ここで即答すると、合わせようとしていると悟られる。
それは、唯の中では即・告白判定であった。
そうなれば惚れた弱みにつけこまれ、悪役令嬢への転生を諦め追放勇者世界への進路変更の必要が生じることは必然である!
「悪役令嬢としては、少し物足りないかもしれませんわ」
「そっか」
裕貴は、引き下がる。
__今日はここまで。
深追いはしない。
こうして今日も、告白は行われず、志望世界の変更も互いに行われない。
「ねえ、あの2人さ」 「なんで自分で役名つけてるの?」 「しかも2人とも」 「……お似合いじゃない?」
__実際お似合いだが、当人たちはまだ、もう一つ重大な問題に思い至っていない。
彼らがこの学園で転生を待っているのは、「悪役令嬢」も「追放勇者」も人気ポストであり、転生の順番待ちが発生しているからに他ならない。
逆に言おう。裕貴が折れて「悪役令嬢世界の騎士」と進路希望を変えようとも、唯が折れて「追放勇者世界の女魔導士」と進路希望を変えようとも、そのような希望者の少ないポストは、希望した瞬間、待機者ゼロで即・転生が始まるのである。
つまり、その方法では同じ世界に転生できる可能性は、絶望的と言わざるを得ないのだ。
転生までのカウントダウンが迫る中、二人は明日も、同じ世界に行くためだけに、言葉を選び続ける。




