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ブラックな日々で不満が溜まる聖女は考えた。そうだ、神の名で全て公開しよう。  作者: ねぎまろ


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4、穏やかな日常


石畳の床に、柔らかな絨毯が敷かれていた。

窓に掛けられた冷気を遮る厚手のカーテンは端にまとめられ、陽光が部屋の中を照らす。

暖炉があるから、朝の冷たい空気が混じっても、ほんのりと部屋は暖かい。


「……美味しい」


アリアは、湯気の立つスープを静かに口に運んだ。

とろとろに煮込まれた野菜と、柔らかい鶏肉。塩気だけでなく、素材の甘みが身体に染み渡る。

パンは白くて柔らかく、もう唾液でふやかして砂利を気にする必要もない。


王侯貴族のようなフルコースではないけれど、1日3食、温かくて栄養のある食事が取れるようになった。

アリアにとっては、十分すぎるほどの贅沢だ。


「皆様も赤貧の生活に身を置いているようだし」


アリアがクスクスと笑った。

あれ以来、あちらこちらで、かなりの人員整理が行われたようだ。


神殿では、神官長とその周辺が失脚した。

信仰と秩序のためだと信じていた彼の理屈は、信者たちの前では何の盾にもならなかったようだ。

神殿にまだ籍を置いているが、今は見習い神官と同じ、使いっ走りの子どもがするような仕事に就いている。


新しく神官長に就いた者から、地方の神殿ではまだ彼らの影響力があるから、あえて王都に残して監視しているけれど、不快にさせていたら申し訳ないと謝罪を受けた。

別に不快ではないと答えたけれど、実際に気にはしていない。


彼らなりの信仰心もあったのだろうとは今は思う。実際にルヴィスが神官長になってから国民の人口は増え、熱心な信者が多くなった。

上の立場の者たちには、とても上手く国が回っていたのだ。

ただ、生きる楽しみの全てを犠牲とされ、神殿の贄にされた私は許容できなかっただけで。


信者たちに取り囲まれた時に負った傷で多少不自由になった体を動かし、真面目に励んでいる姿を水鏡で見る。

向こうが謝罪し、お願いに来るまでは治してあげないと思うのは、意地が悪いだろうか?



第一王子カイルは廃嫡され、王位継承権を失った。

彼の友人たちはみな疎遠となり、親しかった女性たちも王子に見向きもしなくなった。

城内での彼への視線は冷え冷えとしたものだろうが、淡々と公務をこなしているという。


あの後、一度会って謝罪を受けた。

会うたびに表情や感情が薄くなる私に、どうすればいいかわからず、自分の能力不足に苛立ち、そう感じさせる私自身が疎ましくなっていったと告白された。


その言葉の全部が全部を信じたわけではないけど、憑き物が落ちたように静かな顔で申し訳なかったと謝られて、小さい頃の、優しく声をかけてくれたカイル様を少しだけ思い出した。


陛下や宰相からも謝罪を受けた。

「私が虐げられていたことをご存知でしたか?」と聞くと、額に汗をかき、無言で顔色を悪くしていた。

自分なんかの言葉で、国の偉い人たちが慌てるのは、何だか不思議な感覚になる。


あの日から国は少し変わった。

神殿は透明性を求められ、貴族も王族も例外ではなくなった。

次は自分たちが晒されるのではないかと、身に覚えのある者たちは恐れつつ毎日を過ごしているようだ。


民は噂する。


この国は浄化された。

お偉い方々が改心した。

無垢なる聖女さまのおかげだ、と。


「違うでしょ」


アリアは困ったように小さく微笑む。

自分の心は、全く無垢ではない。

長年虐げられた恨みもまだ胸に抱えたままだ。

元権力者たちが以前とは違う赤貧の暮らしに身を落とし、汗を流して働く姿を見ていると、正直すごく気分いいし。


「この結果は私が欲深い人間だったから」


自分だけが我慢するなんてズルいという怒りや欲望を、神の名を借りて無理やり行使した。それだけだ。


窓の外を見上げる。

空は青く澄んで、瘴気はどこにも見当たらない。早朝から起き、時間を掛けてアリアが祓ったからだ。

形だけでも一人の人間として尊重してくれるのなら、聖女として頑張ってあげてもいい。


あまり我が侭を言い過ぎたら、百五十年前の聖女のように、こっそり暗殺されるかもしれないし。

膨大な力を持つ聖女でも、眠ってる時は無防備になるみたいだから。


神殿にすら病死と記録されていた──公に出来ないこの話を、陛下たちが密談でしていたのは、こちらが覗いているのを知ってる上での牽制なのかもしれない。


確かに聖女がいない期間は過去にあるし、その間は瘴気から生まれる病や魔物に国民たちが力を合わせて抗ってきた歴史がある。

カイル王子が言ったように、聖女は便利な道具でしかなく、やり過ぎれば廃棄されるだけの存在なのかもしれない。


とは言え、かなり便利な道具だろうから、余程のことがないかぎりは、多分、大丈夫。


「……ごちそうさまでした」


アリアは立ち上がり、ふかふかの寝台へ再び身を沈めた。

貴族たちのささいな治療の時間がなくなったから、朝食後はこうして微睡む余裕も出来た。

うとうとと眠りに落ちつつ、アリアは小さく呟いた。


「……あれ、やっぱり嘘よね」


負の感情や欲望が瘴気を生む。

聖女は力が強いから、余計に瘴気を生む、ってやつ。

もし本当なら、私の黒い感情で国中に瘴気が溢れ返ったはずだもの……。


小さくあくびを漏らして、アリアは穏やかな眠りに誘われていった。



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― 新着の感想 ―
 ラストが直前の語りで暗殺までの伏線に見えるんだが。
加害側が怨嗟の言葉を吐き続ける、のではなく内なる瘴気じみたものを排して内にある筈の善を取り戻そうとしているのが新鮮でしたわ。 聖女ちゃん、我慢し過ぎですわーでも結果全て良い方向に風向きを変えられました…
道具ならちゃんとメンテナンスしろよ 意味もなく生命線となりうる道具を手荒に扱うのは愚かとしか言いようがないな
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