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第1話:それが彼の人生だった。


 ミーンミンミンミンミーン───


 2025年、8月23日。

 その夏、世間はこの異常なまでの暑さを「異常気象」と呼んだ。熱中症による死亡者は前年の数とは比にならないほどにまで上昇し、地球温暖化の影響をその身で感じるような夏だった。そんなこともつゆ知らずだった俺と、俺の幼馴染である蓮結はすきは、自転車で十分ほどの距離にある海岸線を訪れていた。しかしマトモな暑さ対策も施していなかった俺は、海を訪れてまもなく、意識を失うこととなる。

 そう、突如頭に鉄の塊を押し込められたかのように、自身の首と体が頭の重さに耐えられなくなり、そのまま重力と頭の重さに流されるがまま、砂浜と海岸を走る道路を繋ぐ石階段の角に頭を強打させたのだった。

ッ……⁉︎」

 薄れゆく意識の中、視界には、まるで豆鉄砲をくらった鳩のような形相でこちらへ駆け寄る蓮結の姿だけが鮮明に映っていた。

 そして、ついに闇の彼方へと意識を放りかけたその時、俺は全てを思い出す。


「ちょ、ちょっと、織羽⁉︎ 大丈夫?」


 来年……2026年のちょうど今日ごろ、


「はっ……はっ……」


 俺は《《こいつに》》殺される。


 



  『天使のブラックリスト』



   第一章:果てぬ恐怖。

 第一話:それが彼の人生だった。


 

 


チリン。鈴音が空間を裂く──


 扇風機の風に目を覚まし、シャッターのようにピシャリと閉じた瞼を開く。

(ここは一体どこだ……?確か、さっきまで俺は蓮結と海にいて……)

 文鎮の如く重し上半身を、足と腹筋の力で起こし、掠れた視界を指で擦ってピントを合わせる。そこで見たのは、膨大な量の書類やファイルを収めた事務用棚と、ペンや書類で騒がしくなった事務所用机。その机の上にある大きなモニターに繋がっていたHDMIコードは、机の下に収納されている古めかしいPCへと導かれている。

 「どうやらここはどこかの事務所のようらしい。」その結論に至るのに、そう時間はかからなかった。

 俺はすぐさま立ち上がり、周りに誰か事務員さんがいないか、扉を開けて辺りを見渡した。鋭く輝く太陽を恨めしく思いながらも、その光を反射させるコバルトブルーの海に美しさを覚え、遺憾と感嘆の感情が入り混じった不可解な感情に俺はため息を吐く。

 体と頭を120度程度に動かして事務員らしき姿を見渡すがそこには何者の影もなく、強いていうならば白く輝く羽を見に纏う白鳥だけが、堤防線の上で羽を休めていただけだった。

(もしかして蓮結が俺をここまで運んでくれたのか?)

 首を傾《《かし》》げながら俺はもう一度事務所の中へと戻る。再度詳しく事務所の中を探索してみようと思い立った俺は、まずはその汚さが目に余る事務所机の前に立ってみた。


 第一印象は「汚い」。俺も整理が苦手なタイプであり、母さんから頻繁に部屋や勉強机を片付けるよう強く言われることもあるが、そんな俺でも流石にここまでのものは作り上げることはない。この机の主は余程の怠け者とみた。

 手当たり次第に気になるものを取っていくが、どれも大したものではなく、すぐに机の上に戻していく。

 ある程度の山が片付いた後、書類と文房具に下敷きになっていたあるものを、俺は発見する。

「これは……日記帳?」

 黒と白でデザインされた分厚いノート。厚紙で作られた表紙にはデカデカと


『2023年6月23日〜 天使のブラックリスト』


 の文字があった。

(天使……こんな時代に厨二病患者か?)

 心の中の鼻で笑い、表紙を捲《《めくる》》る。

『西暦2023年12月5日。第6270冊目。』

「……」

 その奇妙な文字列に、俺は何か特別な感情─失笑や羞恥─を抱くことはなかった。こんな痛々しい題名をつけるような持ち主だ。そういうお年頃なのだろう。俺にもそういう時期はあるにはあったし─ここまで酷くはなかったが─、人並みに理解はあるつもりだ。

 その後も黙々と指で紙を弾き書かれていることを読み進めていくが、その内容もまた不思議なものであった。というのも、そこに書かれているのは日々の日記というより、まるで何かの予言書のようなものだったからだ。普通日記というのは1日の終わりに書くものだが、ここに書かれているのは『今日は〇〇県で殺人事件が起こる』、『学校で抜き打ちテストがあるはずだ』などのようなものばかりであった。まるで神様がその日に起こることをあらかじめこのノートに書き残していったような。

 そこで俺はもう一度表紙に目をやる。

「天使…か…。」

 確かに、この題名はある意味相応しいかもしれない。とすると《《ブラックリスト》》はどういう意味になるのだろうか。

(……うん、考えてもわけがわからないな、やはり。)

 手を顎につけ徐に思慮を巡らせている素振りをとってみるが、その内心はコレといって何かいい考えが浮かんでいるわけでもなく、ただひたすらに何かを考察し解き明かそうとしている自分に酔いしれていたかっただけである。

 

 その時、窓がガラガラと音を立てて開く音が、俺の鼓膜を響かせた。「はて? この部屋には誰もいないはずだ」。そんなことを考えながら窓の方へ目をやると、

「んっとっと……ん?」

 そこには、汗でびっしょりになったカッターシャツを身に纏った1人の少女が立っていた。

「……」

 思わず言葉を失う。それは彼女の行動が明らかに不審な物だったことと、彼女の容姿に惚れ込んでいたこと、その両方が起因している。その少女の白金色の髪は淡い癖を持ち、風のない空間でも、まるで揺れているように見えた。彼女の長い前髪は左目を隠し、見えている右目は淡い金色で、こちらを覗き込むように静かに光っている。

 互いに互いの顔を見つめ合い─無論、ラブコメや恋愛映画のようにドラマチックな物ではないが─、2人の間に沈黙がのしかかってくる。

 俺はそっとノートを閉じ、机の上に置く。まるでクマやトラと対峙した人が、彼らにできるだけ刺激を与えないように振る舞いその場から逃げようとする、ネットでよく見かける動画のように。

 この沈黙を破ったのは、彼女からだった。

「……君は?」

 びしょびしょになっているシャツの端っこを絞りながら彼女は言った。

「え?」

「君は一体誰なんだ、と聞いている。何をしにここへ?」

 彼女のその感情のこもっていないような目に気圧され、俺は背筋に冷や汗を垂らす。

「あ、お、俺は綱原つなはら織羽…です。どうやら意識を失っていたらしくて……気付いたら……ここに。」

「……よくもまあ、こんなに暑いのに海なんかに来るね。」

 ハスキーな声が、部屋によく響く。

「あ、あはは……暇だったもので……」

 『あなたも今海にいるでしょう。』なんて不躾ぶしつけな返答は心の中にしまっておこう。

 謎の少女は外を確認し、ゆっくりと窓を閉める。まるで誰かから追われているかのように振る舞う彼女に、少し違和感を感じた。

「あ、あの……?」

「おっと、名乗るのがまだだったね。」

 パチン。彼女は窓の鍵を閉め、こちらに振り向く。


「私は、御影忌理みかげいみり。よろしく、織羽。」

 ズキリ。突如頭痛が走る。忌理……どこかで聞いた名前のような……いやしかし彼女とは初対面のはずだ。多分……俺の勘違いだ。

「…こちらこそ…お願いします。」

 俺は俺が何についてお願いしますと言ったのか、全くわからなかった。




第1話:『それが彼の人生だった。』終

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