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魔王とかめんどくさ  作者: 空白
新たな世界
6/25

第5話 突然の災い

五話と六話は、当初一話として書いていましたが、文字数の都合で分割しています。こちらは前半部分です。

このあたりから、アルムの異常性が少しずつ目立ってきます。

馬車は森を抜け、やがてごつごつとした石畳の道へ入っていく。

窓の外に広がるのは、見たこともない深い緑と、低く伸びる木々の影。


(……空気がちがう)


アルムは声を出さず、ただじっと風景を見つめていた。

初めて踏み出す“屋敷の外の世界”は、静かで、でもどこか胸をざわつかせる何かがあった。


「到着いたしました」


御者の声とともに、馬車が止まる。

重々しい沈黙のなか、父と母がゆっくりと立ち上がった。


アルムはメイドに手を取られ、馬車のステップを下りる。

目の前には、森の中にひっそりと建つ――石造りの家。


古びた石壁に、蔦が絡みついている。

屋根は苔むし、煙突からはわずかに煙が上がっていた。


門も塀もない。

ただ、そこに「家」が在る。それだけで、周囲の空気が変わる気がした。


その家の前に立ち、アルムはそっと息を吸い込んだ。

まだなにも起きていないけれど――何かが始まる、そんな気がしていた。


木製の扉は、重たく閉ざされている。


(この中に、魔法使いが……)

母が扉をノックした。


「コン、コン」


すぐに、ギィ……と古びた音を立てて扉が開く。


現れたのは、白髪を後ろで束ねた背の低いおばあさんだった。

小さな身体にくすんだローブをまとい、杖をつきながらもまっすぐこちらを見ている。


(……この人……なんか、羅生門のおばあさんってこんな感じだったかも……)


ふと浮かんだ言葉に、アルムは首をかしげた。


(……らしょうもんって、なに?)


自分でもわからない“知識のかけら”が、頭の奥からふっと湧いてきて、またすぐに消えていった。


「いらっしゃいましたか」


老婆は、穏やかな笑みとともに言った。


「お話、聞こえておりました。どうぞ、こちらへ」


(え……はな、し……?)


アルムが不思議そうに母の顔を見ると、ミアが少しだけ唇をゆるめて言った。


「先に、声を飛ばしておいたのよ。ちょっとした魔法を使ってね」


それだけを告げて、ミアはさらりとした動作でアルムの背をそっと押した。


アルムは、開かれた扉の奥を見つめる。


老婆の扉が静かに閉まると、屋敷の中にはふわりとハーブの香りが広がった。


壁にかけられた絵画、浮かぶ燭台、奥へと続く長い廊下。

外から見たボロ屋とはまるで別物の、まるで城の一室のような空間だった。


(……おかしいな。さっきまであんなにボロかったのに)


アルムは、ぽかんと口を開けたまま天井を見上げる。


「どうぞ、奥の部屋へ」


老婆がふと振り返る。

その声は柔らかいのに、どこか“知っている”ような響きを含んでいた。


「……先ほどの“やりとり”、ちゃんと届いておりましたよ。ミア様の声、はっきりと」


ミアが静かに頷いた。

「“伝える魔法”を少し工夫しました。……音を、遠くまで流すように編んで」


「音で、話し声を……?」

アルムは、心の中でぽつりと呟く。


(……それって、なんか……空を飛んで届く“声”みたいな……)


言葉ではうまく言えない。けど、“電波”みたいなもの? というイメージがふと浮かぶ。

もちろん、“電波”なんてものがこの世界にあるわけじゃない。

ただ、そうとしか思えないような“すごいこと”が、いま目の前で当たり前のように起きていた。


(お母様って、やっぱり……ただの“お母様”じゃないんだ)


家の中からは、ほんのりと――薬草のような、どこか懐かしい匂いが漂ってきていた。



アルムの視線が、その扉に向けられる。

クロロはひざを正し、静かに言葉を選ぶようにして言った。


「賢者ノンナ・オルタナクト様のお話は、穿っております」


ノンナはふっと笑ったように見えたが、言葉を挟まず黙って耳を傾けている。


「南の大国、リュサニア王朝の現王の異母姉にして、

西の大国カリュディアとの“白鯨戦争”では、ノンナ様なくして勝利はなかったと……

その名声は、我がアストロ王国のような小国にすら届いております」


「……恐縮です」

ノンナが小さく頭を下げると、クロロは少し身を乗り出して続けた。


「本日は、そのような名高い賢者様に、大変恐れ多いお願いがあり、こうして参上いたしました」


ノンナの視線が動く。ちらりと、アルムの方を見る。


「アルム様の件ですね?」


クロロがうなずくと、ノンナは落ち着いた声で言った。


「……サラ様から、だいたいは伺っております」


その一言に、ミアが小さく頷いた。


「ですが、本当に……無詠唱と無意識で魔法を?」


ノンナの声色がわずかに低くなる。 場の空気が、すうっと張り詰めていくのが感じられた。


「無詠唱は私も可能です。訓練を重ねれば、人間でもできるようになります」


「けれど、“無意識”の発動となると話は別。意図せず魔力が漏れることはあっても、“魔法”として成立することは、まずない。……エルフでも無理です」


「そして、“無詠唱”と“無意識”が重なるとなれば……」


ノンナは、目の奥をじっと光らせるように、アルムを見つめた。


「――それが“人間”であれば、あり得ない話です。

……ですが、“魔族”であれば、可能かもしれませんね」

ノンナの視線が自分に向いているのを感じて、アルムは無言のまま瞬きをした。

大人たちが何か難しい顔で話してるのはわかるけど、言葉の内容なんてほとんど理解できない。

「魔族」とか「無詠唱」とか「無意識」とか、なんだか知らない単語がいっぱい出てきて――


(……なんか……めんどくさいな)


魔法ってものがこの世界にあるらしい。

もしかしたら自分も使ったらしい。

でもそれがどうしたの?という気分だった。


(ただ絵本がびしょびしょになっただけなのに……)


アルムは、ぶすっとした顔で座ったまま、むくれたようにほっぺを膨らませた。

父も母も、そして目の前のおばあさんも――勝手に盛り上がって、勝手に難しい話をしている。


(喋らなくても伝わるのに……)


心の奥で、そうぼやいていた。

「それでは……アルム様、失礼しますね」


ノンナは静かに膝をつき、椅子にちょこんと座るアルムと視線を合わせた。だが、アルムはなにも言わず、ただじっとノンナの顔を見ていた。


無表情ではない。ただ、“何も言わない”。

そして、驚くほどに静かだった。


(……ほんとうに、ニ歳?)


そんな疑念を浮かべつつ、ノンナは指をゆるやかに動かす。


「《魔力量測定・第一段階──エルリア》」


ふわりと淡い魔法陣が空中に浮かび、中心に青白い球が出現する。


「……うん。魔力量、平均並みですね。特別多くも少なくもない、まさに“標準”といったところです」


「ええ……」ミアが頷いた。だが、その眉間にはしわが寄っている。


「続けます。《適性測定・第二段階──シルファリア》」


続けて五色の小さな光球――火、水、風、地、光の五属性が浮かぶ。それぞれがわずかに光っていた。


「こちらも……全属性、平均的ですね。突出した適性はありませんが、使えないほど低いというわけでもない」


ノンナは肩をすくめた。


「まさに“普通”。母親のミア様のような天才的な偏り....感じません」


「……この子が、昨夜――」


ミアが呟く。視線は、自分の娘の横顔に注がれていた。


無垢で、無言で、ただじっと目の前のやり取りを眺めているだけ。


その瞳の奥には……ほんのわずかに、「退屈そうな」気配すらあった。


「これほど普通の子が、詠唱もせず、意識もせずに魔法を……?」


ノンナが言葉を切った、そのときだった。


――“ゴォオ……”


まるで空気そのものが波打つような、魔力のうねりが部屋中を包み込んだ。


「っ……!」


ミアとノンナが、同時に顔を上げた。


「これは……水の魔力!?」


「町の外から、森のほう……っ、ものすごい質量の水が……!」


窓の外には、遠くに広がる“湿った空気の壁”――まるで水の結界のような気配が広がっていた。


魔力視界を開いたノンナの顔色が、変わる。


「これはもう……ただの水魔法じゃない。町一つを包めるほどの、規格外の魔力量……!」


「このタイミング……」


ミアが、息を呑みながら――アルムに視線を移した。


アルムは、小さくあくびをしながらノンナを見上げている。


(……そろそろ、あたらしい絵本、かってもらえないかなぁ)


そんなことを考えているような、ほんのりとした表情だった。


何も知らずに。何も語らずに。

でも――何かが、確実に“起きている”。

「まさか……エルフたちの攻撃?」


ノンナの声が低くなり、魔力を探るためにそっと目を閉じる。


「けれど……この魔力、確かに尋常では――」


その瞬間だった。


――ズウゥゥゥン……ッ!!


屋敷全体が、まるで山が崩れたかのような“圧”に包まれる。


「っ!?」


窓の外が、一気に暗くなった。


影――ではない。

水。

それは“水”だった。


圧倒的な量の水が、空から――まるで“雲”ごと押し潰すかのように――落ちてくる。


「嘘……ッ!」


ミアが即座に防御魔法を展開する。

ノンナも即座に杖を掲げ、複数層の防護結界を張る。


「こんな……質量の水を、落とすなんて……!」


ごぉぉぉ……と屋敷全体がうなる音。

水の圧力が空気ごと押し潰し、周囲の木々をなぎ倒していく。

だがその圧倒的な質量の水は、次の瞬間――


しゅううっ……


まるで何もなかったかのように、音もなく、煙のように蒸発した。


地面は濡れていない。空気すら、熱を帯びていない。 けれど、確かにそこに“存在していた”はずの水は、影も形も残さずに消えていた。


ノンナの視線が、自然と屋敷の奥に戻る。 アルムの小さな手が、ほんのり赤く輝いている。


(……まさか)


ノンナの目が一瞬だけ見開かれた。


(今の水の蒸発、あの子の……火?)


(……あれだけの量の水を、火魔法だけで瞬時に……?)


それは、どんなに高位の魔法使いでも実現困難な芸当だった。


しかも、熱気は感じない。周囲の温度は一定のまま。 つまり――火の制御が極めて精密である証拠。


(この子……一体……!?)


「……」


アルムはそんな大人たちの反応など気にも留めず、手のひらを見つめながら、きらきらと目を輝かせていた。


(火……出た……! これが、魔法……?)


(ふーん……このくらいの火なら、わたしでも出せるんだ)


(平均的って言われたけど、魔法って意外と簡単なのかな……)


そんな風に、まるで“初めて好きな遊びを見つけた子ども”のように、火の名残を楽しんでいる。


そして――ノンナだけが、震える声でぽつりとつぶやいた。


「……信じられない……今の水を……あの火で……?」


彼女の目は、はっきりと“未知”を映していた。


ノンナは、沈黙の中に沈む二人をしばらく見つめていた。


ミアの瞳はどこにも焦点を結ばず、まるで時間の外に取り残されたようだった。

クロロは眉を寄せ、時折視線を動かすものの、言葉にならない思考がそのまま顔に浮かんでいる。


……この場に、これ以上の問いかけは意味をなさない。


ノンナは、そっと目を伏せるようにして口を開いた。


「……この子のことは、後日あらためてお話しいたしましょう」


クロロが、はっとしたように顔を上げた。

ミアは反応すらできず、ただ微かにまぶたが揺れた。


「いまは――少し、おやすみになるべきです。混乱されて当然のことですから」


ノンナはそう言って、そっと手をひらく。

そこから、小さな光がふわりと浮かび、廊下の奥をやわらかく照らす。


「御者には伝えてあります。お屋敷まで、お送りいたしますね」


クロロが小さく唇を動かしたが、感謝の言葉は声にならなかった。

その代わりに、静かに立ち上がり、深く頭を下げる。


ミアもまた、ゆっくりと席を立ち、何も言わずにノンナへ一礼した。


「……もしかしたら」


ノンナはふと思いついたように言葉を継いだ。


「初めて外に出られたと、伺っておりますので……それがきっかけとなって、魔力が大きく動いてしまったのかもしれません」


やわらかい微笑を浮かべながらも、その瞳は鋭い観察者の光をたたえている。


「見知らぬ空気、見知らぬ世界。それだけで、幼い心は波立つものですから」


ミアはわずかにうつむき、小さく頷いた。


「……ご安心ください。アルム様は、しばらくこちらでお預かりいたします。ほんの少しだけ、お話をさせてください」


ミアがもう一度ノンナを見つめ、その視線にかすかな迷いを滲ませたが、最後はなにも言わず頷いた。


ノンナは小さく礼を返し、扉の方へと視線を向ける。


「どうか、今夜はご無理なさらずに。……お二人とも、お疲れさまでした」


その声は、まるで夢の終わりに告げられる子守歌のように――静かだった。



やがて、重い扉が閉まる音が屋敷に響いた。


ノンナはしばらく、その扉の向こうを見つめていた。


そして、静かに振り返る。


そこにはまだ、小さな炎の感覚を掌に残したまま、ぽつんと立つ少女――アルムがいた。


「さて、アルム様。……ここからが本当のはじまり、かもしれませんね」


ノンナのその声には、誰にも届かぬ覚悟が、わずかに滲んでいた。

白鯨戦争について

白鯨戦争とは、約30年前に起きた、西の大国カリュディア(エルフの国)と南のリュサニア王朝(人間の国)の大規模戦争を指します。


当初はエルフ側が優勢で、魔力量・技術・軍の練度すべてにおいて圧倒していました。

ですが戦況が一変したのは、前線にたった一人の賢者が現れてから――


その名は、ノンナ・オルタナクト。

元リュサニア王の命令すら届かぬまま、彼女は無詠唱で《光魔法・ロンギヌスの槍》を連発。

前線のエルフ兵たちを次々と貫き、押し寄せる大軍をただ一人で壊滅させました。


その時の彼女の姿――

灰の舞う戦場に、血の一滴すらつかぬ白いローブが、まるで“巨大な白鯨”の背中のように見えた。

その印象が兵士たちの記憶に刻まれ、「白鯨戦争」と呼ばれるようになったと伝えられています。


ノンナの戦いがもたらしたのは、勝利と、恐怖と、静かな伝説でした。

本編で説明しない戦争なのでここで説明しておきます!

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