第1話 アルム生誕
※この物語は、転生して赤ちゃんからやり直すことになった“めんどくさがり”な少女が、気づいたら「魔王」として知られる存在になっていく話です。
異世界ですが、チートも勇者もそんなに出てきません。めんどくさいことから逃げながら、それでも生きていく話。
どうぞ、ゆるっと読んでください
……目が覚めた。
ん……
まぶたを開けると、やわらかな光が差し込む。
あたたかい腕の中で、わたしは抱かれていた。心地よい揺れと、包まれるぬくもり。けど――
(ここ……どこ……?)
ぼんやりした頭のまま、首をぐいっと動かして辺りを見回す。視界はまだぼやけていて、細かいものははっきりしない。それでも、わたしの目に映ったのは――
天井の木目、金色の飾りがついたカーテン、真っ白なシーツ、そして顔を覗きこむ――女の人。
(誰……? 病院じゃない、よね……日本、じゃ……ない……?)
目の前の女性はわたしを見つめながら、やさしく微笑んでいた。肌は少し浅黒くて、髪はつややかな黒。着ている服は……あれ? なんか、時代劇みたいな……?
(……え、これ、異世界とか……?)
ぽかんとしたまま、呆然としていると――
(ふえ……? えっ、えっ、なに!?!?)
口元に、やわらかい感触が押し当てられる。
(ま、まって!?!? え、これ、え……!?!?)
お、おっぱい!?!?
なにこれ!?!?
ちょっと落ち着いて!?!?
――なのに、口は勝手に吸い付いてた。
そして、出てくるぬるくて甘いミルク。
(やだ……まさか、わたし……ほんとに……赤ちゃん……?)
体は動かない。言葉も出せない。
それでも、わたしの中に残っているのは――
(ともえ……)
それだけ。たった一つの名前。
だけどその名前を思い浮かべただけで、涙がこぼれそうになる。
――ともえ。わたし、いま、どこにいるの……?
なんとなく耳に入ってくる声がある。
だけど、それが何を言ってるのか、さっぱりわからない。
(……ん? なんか、変じゃない?)
語尾もリズムも、聞いたことがない。
まるで、歌みたいに高低があって、舌を巻くような音も混じってる。
(これ……前にどこかで聞いたこと、ない……)
はっきり「知らない」って思える感覚があるのに、
自分が「なにを知っていたか」は思い出せない。
言葉、国、名前……全部、もやがかかってる。
でも確信だけはあった。
この言葉は、“前の世界”とはまるで違う。
目の前の女の人――たぶん私の母親――は、優しく話しかけてくれる。
その声が心地よくて、安心もするんだけど、意味は全然わからない。
それでも、なにかを話しかけられてることくらいは、赤ちゃんの私にも伝わる。
(……なんか、異国とか、異世界とか、そういう感じ)
わけのわからないまま、温かい母乳を吸ってる自分に、ちょっと笑えてくる。
状況は全然わかってないのに、なんでか妙に落ち着いてて……。
(あー……まためんどくさい人生がはじまっちゃったかも)
口には出せないけど、そんな気分だけはしっかりあった。
……あー、なんかもう、いろいろ考えるのも……めんどくさい。
なんでこんなに頭使ってんのよ……赤ちゃんなのに……。
おっぱいはあったかいし、なんか包まれてるし……もういいや。
ちょっとだけ……寝よ。
***
「……奥様、この子、本当に全然泣きませんのね」
「ええ……まるで最初から、この世界にいるのが当然みたいな顔をしてるわ……」
「それに……なんというか、目つきが……落ち着きすぎているというか……赤ちゃんらしくないというか……」
「……私も、少し不安なの。もしかして……この子、人間じゃないんじゃないかって」
「えっ……! まさか、魔族……!?」
「しっ、声が大きいわ。……魔族の子を産んだなんて噂が立ったら、バーンデット家の名が地に堕ちるわ」
「で、ですが奥様、実際に……人間の赤子なら、もう少し泣いたり、喚いたり……」
「……あの子に角が生えたり、爪が黒くなったりしない限りは、誰にも言ってはだめよ」
「……は、はい」
「私が産んだ娘なの。どんな子でも……私が守るわ」
「奥様……」
最初の一話、お読みいただきありがとうございました!
主人公アルムは、めんどくさがりでちょっとネガティブですが、本人はいたって真面目です。
ちなみに母乳の描写が妙にリアルなのは作者の趣味……ではなく、たぶんリアリティ追求の結果です!(たぶん)
次回は、赤ちゃん生活、もう少し続きます。よかったらお付き合いください
初めての作品なので読みにくいなどありましたら連絡お願いします!