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作者: 武田 武蔵

 越後の、とある村の一番奥地の廃寺に、一羽の雀が住みついた。

 ただの“雀”ではなく、大昔には、民草に崇められていた、鳥の神の衰えた姿であった。

「ここは、良い住処だ」

 枯葉の残る枝に止まり、雀は呟いた。

「俺を追いまわす鴉も居ない。俺を光の下に晒すガス灯も無い」 

 雀の言葉を搔き消すように、風が吹く。廃寺の賽銭箱は既に苔に覆われ、どれ程の間主が留守にしているのか判るようである。

 そう言えば、そろそろ黄昏が近付いている。

 その時であった。

 泣き声のような声が聞こえてきた。

「俺の時間を邪魔をする奴は誰だ」

 と、雀はぼやいて、声の主の下へと飛んで行った。

 麻布の、惨めな着物を着た小僧が一人、苔むした石段を上っていた。その顔は涙と鼻水に濡れ、髪は土で汚れている。

「何故、皆はおいらに石を投げるんだ……」

 潤み声で、小僧は言う。

「只、おとうのおかあも、“廓”生まれなだけなのに」

 どうやら、両親の身分から、村八分を受けているようであった。

「成る程、どの世でもヒトとは愚かな生き物だな」

 雀は独りごちた。

「俺を棄てた民草も、下らない戦に出てしまって死んでいった」

 やがて、小僧は苔だらけの石段を上がりきり、廃寺へと向かう。どうやら、通い慣れているようであった。彼は階を上り、賽銭箱に背中を預けた。そうして、鼻を啜った。

「おい、ヒトの子よ」

「だ、誰だ?」

 雀は少し興味を惹かれ、小僧に話しかけた。その声に、小僧は驚き、立ち上がった。

「俺は只の雀だ。それ以外の、何者でもない」

 雀は名乗った。大昔の話は、小僧には判らないであろうと考えた末であった。

「雀が、おいらに何の用があるんだ?」

「お前を見てられなくてな。こうして話しかけたのだ」

 その言葉に、小僧は再び賽銭箱の前に腰かけた。

「見てるだけで、おいらの何が判るンだ」

「孤独を共有する事は出来るだろう?」

 雀は、この時不思議に思った。己は、今なんと言ったのであろう。神が、所詮ヒトの子と心を通わせるなど、出来ることが出来ないと言う事を、幾度も見てきたのに。

「やっぱり、お前は普通の雀じゃねェな。雀は囀る事しか出来なのに」

「お前は勘が良いな」

 雀は小僧の肩に止まった。

「只の田舎で燻っている器では無い。都会に出ろ。きっと成功する」

「都会でも、おいらはきっと物乞いになるだけだぁ」

「そんな事はない。俺が保障しよう。その条件に……」

 古の神が言葉を吐いた。

「その条件に、金が出来たらこの廃寺を立派にして欲しい。俺はそれ迄待って居よう」

「雀、お前は何かの神なのか?」

「今のお前に言っても通じないだろう。将来、話をしよう。さぁ、涙を拭いて、立ち上がるのだ。革命を起こせ、己の人生に」

 その言葉を聞いて、小僧の歪んでいた瞳に光が差した。

「じゃあ、雀。約束だぞ」

 そう言って、彼は石段を掛け下りて行った。

 小僧が居なくなった後、雀は独り言葉を紡いだ。

「我ながら、可笑しな約束をしてしまった。ヒトの愚かさを知って居るというのに……」


 それから、幾ばくの時が流れたであろうか。

 雀が廃寺を仮住まいにしてから、一つ時が回った。村の人々は殆どが都会に出て行き、村自体も、“ダム”建設の為に、水の中に沈む計画が浮かんできていた。

「やはり、小僧は帰ってこなかったか」

 再び仮住まいを探しに、神が飛び立とうと考えていた時であった。

「ようやっと、あなたの願いを叶える事が出来そうです」

 老いた声が聞こえてきた。

「この寺は、もう直ぐダムの下に沈むでしょう。その前に、私の家の守り神になって欲しい。いけませんか?」

 老人は言った。

「お前はあの時の小僧か?」

 雀が姿を表した。

「そうです。遅くなって申し訳ありません。それに、この廃寺を元に戻すという約束も、果たせずに」

「忘れられていると思った」

 老人の肩に泊まり、淡々と、雀は言った。

「燻っていた私に勇気を呉れた方です。こんな姿になっても、最後に村を訪れたかった。そうして、あなたに逢いたかった」

 雀の羽根に指を滑らせ、老人は答える。

「私は大手企業の会長です。そうして、このダム建設の提案をしたのも私です。あなたを連れに、戻ってきました」

 そうして、かつての小僧は再びこうべを垂れ、

「どうか、我が一族の守り神になって頂きたい。そうして、私が死した後も、永遠の繁栄を約束して欲しいのです」

「あの時の小僧が、こんな我儘を言い出すなどな」

 雀は老人の周りを飛び回りながら言った。

「そこには、良い樹木はあるのか?」

「はい、沢山」

 眼を細め、老人は答えた。その言葉に、

「判った。お前の一族の守り神となろう。私の、最後の住まいだ」

 雀は、頷いていた。

 間も無く村はダムに沈み、その様子を、雀は会長の肩に泊まり、眺めていた。

「愚かなものだな。ヒトと言うものは」

「そうでも無いですよ? 少なくとも、未だに情と言うものが生きている」

 老人の家に着く。そこは豪邸で、広い庭が存在していた。そうして、彼はすぐに雀を庭に放った。

「好きな木々を宿にしてください」

 そう言って、老人は縁側から雀が木々に泊まって楽しむのを暫く眺めていた。

「まぁ、お爺様ったら、本当は寝てなくてはいけないのに」

 孫らしき女性が駆けてくる。どうやら、秘密裏に彼はダムへと向かった様子であった。

 やがて老人は寝たきりになり、雀はその姿を見守るように、老人の眠る部屋の近くの木を宿木にした。そうして、二人が出逢った日のような黄昏時、老人の周りには沢山の一族が集められていた。老人は天井に手を伸ばす。雀が、その指先に泊まった。

「雀よ、おいらは、あの時の約束、守れたかな?」

「あぁ、立派に守ったよ」

 雀は、囀った。


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