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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

逆行した幸薄聖女は、すべてを諦めて仕事を頑張ろうと思っていた

掲載日:2024/01/07

 望むべきではなかったのだろう。


 王の恍惚とした眼差しに目もくれず、アリシアが見ているのは、四肢を杭で磔にされ、今にも処刑されようとしている夫の姿だった。


 アリシアはとある貴族が使用人に産ませた子で、母は物心つく前に亡くなった。

 父や義母、義兄に疎まれて育ったアリシアだったが、七歳の誕生日にスキルが”祝福”だと判明すると、すぐさま聖女として教会に引き取られた。

 聖女になれば幸せになれると思っていた。...実際は贄のようなものだと知るまでは。

 

 監禁されて十年、十七歳になったアリシアの世界が一変する出来事が起こった。

 ちやほやされている(と思われている)アリシアを疎み、家族が暗殺者を差し向けた。

 暗殺者は部屋に居合わせていた神官を殺すも、アリシアを殺さずに連れ去った。

 その暗殺者がのちの夫であるカイルだった。


 カイルはアリシアに、菓子や花、ぬいぐるみ等を与えた。

 文字を教え、本を読む楽しみを教えてくれた。

 きれいな景色を見せてくれた。

 なによりも、ひび割れた大地に水が沁みていくように、たっぷりの愛情を注いでくれた。


 一度は生への執着を失くしたアリシアだったが、カイルとの日々を通して、再び生きたいと思うようになった。

 その矢先のことだった...。


 (望んではいけなかった。あの部屋で一生、聖女としての責務を果たすべきだった)


 そうすれば、国が荒れることもなかったし、カイルがこんな目に遭うこともなかった。


 (やり直したい。神よ、今度こそ責務を果たします。カイルのことも諦めます。だから...だから...)


 ◆


 悲痛なその祈りが届いたのだろうか。

 目を覚ますと、アリシアは十五年前の、七歳の誕生日前日に戻っていた。


 祈りが届いたのだから、今度は間違えない。

 そう決意し、アリシアは夜中に行動を起こした。

 くすねたお金や換金できそうな宝石類を入れた革袋を手に、家を抜け出したのだ。


 かつて、カイルが自分の過去を話してくれたことがあった。

 他に生きるすべを知らず、知った時にはすでに血で汚れきっていたと...。


 考えなしにスラムに入ったのはマズかったが、結果的にカイルに会えた。

 革袋を渡して家に戻ったアリシアは、そのまま教会に連れて行かれた。

 このまま、カイルの幸せを祈っていこうと思っていたのに、事態は思わぬ方向に向かった。


 「行くぞ」

 「え、え!?」


 なぜかカイルは教会に忍び込んできて、アリシアに嵌められていた足枷を壊すと、そのままヒョイッと抱えた。

 

 「だ、ダメだよ! 捕まっちゃうよ!」

 「大丈夫だって、なんでか調子がすごくいいし」


 あとで気づいたことだが、アリシアは”祝福”を無意識にカイルに使っていた。

 カイルのスキルは”影操作”。

 有り余る魔力のままに、カイルはアリシアを連れて影に潜り、王都からグングンと離れていった。

 

 シアンと名を変え、アリシアは八歳になった。

 しばらくはホームレス暮らしをしていた二人だったが、ここでカイルがとんでもない行動に出た。

 とある人嫌いのおじいさんの家を乗っ取っ...正確には、身元引受人になるよう、家に押し入って脅し、安全な拠点を手に入れてしまったのだ。


 生活費そのものはカイルが稼いでいるとはいえ、大変申し訳ないと思ったので、せめてもとシアンは家事を頑張った。

 かつて教わった経験は、今もシアンの中で生きている。


 シアンは九歳になった。

 最初こそ、ずっと(特にカイルを)睨んでいたおじいさんだったが、今ではシアンがかわいくてたまらないようだ。

 カイルはおじいさんに弟子入りすることになり、出稼ぎの回数が減った。

 なんだかんだで、師弟関係は良好のようだ。

 

 シアンは十三歳になった。

 おじいさんが亡くなった。七十六歳だった。

 一気に家の中は静かになり、慣れるのに時間がかかった。


 シアンは十五歳になった。

 風の噂で、王太子が憑りつかれたかのように、なにかを探しているらしいと聞いた。

 ショックでしばらく寝込んだ。

 

 シアンは十九歳になった。

 風の噂で、教会では大きな改革が行われたらしいと聞いた。

 あと、王太子が代わったとも。


 シアンはもうすぐ、二十歳になる。

 

 「シア、結婚しよう」

 「...えっと...」


 カイルの右手はシアンの手をガッチリ掴み、左手に持っている箱の中からは指輪が光っている。


 「聖女の仕事自体は、ちゃんとやってるだろ?」

 「...まあ」


 重要だったのは、あの部屋に安置されていた大きな結晶だった。

 連れ出す際、カイルが切り取った結晶の欠片を、今もシアンは肌身離さず持っている。


 「あの王子は廃嫡幽閉、もうお前が狙われることはない」

 「...なにかしたの?」

 「さあ?」


 とぼけてはいるが、時々カイルは家を留守にしていた。

 十中八九、一連の出来事に関わっているはずだ。

 なんせ、カイルはシアンのためならいろいろやらかすのだから。

 

 「第一、この家にいる限りは大体安全だろ?」


 おじいさんは腕利きの魔道具職人で、人と極力関わりたくないがために、自製の魔道具で家を堅牢に守っていた。...だからこそ、カイルに目をつけられたわけだが。

 カイルがメンテナンスをしてくれる限り、この家は軍勢が押し寄せようとも、ドラゴンが襲ってこようともびくともしない。

 

 「シアが不安に思ってることは解決済みじゃないか。...それとも、俺じゃ嫌か?」

 「そんなことない!...あ」


 思わず出てしまった本音に、カイルは笑みを浮かべながらシアンの額にキスを落とした。

 

 「シア、愛してる。誓うよ。俺はシアを絶対に幸せにする。シアを不幸にするやつは排除してやる。ちょっかいを出すやつも排除する」

 「排除って...」


 冗談...ではないのだろう。

 実際、シアンに言い寄ろうとして、カイルに腕を折られた人がいた。

 

 「というわけだから、俺と結婚してくれよな?」

 「...私よりもうんと早く死んだら、許さないから」

 「ああ、あとで思い返して、楽しかったって笑えるような人生にしてやる!」


 有無を言わさぬカイルの勢いに、シアンは観念することにした。


 そして、シアンは二十二歳になった。

 処刑日だった日はとっくに過ぎ去り、カイルは娘を高い高いしていた。

 


 逆行した幸薄聖女は、すべてを諦めて仕事を頑張ろうと思っていた...けど、夫に先手を打たれてお手上げです。

蛇足

聖女がいないと国が荒れるのは、人生を弄ばれた歴代聖女の怨念のしわざ。

シアンが老衰で亡くなるころには、あらかた浄化されています。

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