その後69(守護と責任)
アニエスは手を上げながら、ゆっくりと階段を上った。
「そうだ。そのままゆっくりだ」
(……声が高い)
外には、王太子の近衛兵が護衛に当たっているはずなのに、ロウリュの休憩室には複数人の人間が侵入し、こちらに武器を向け威嚇している。
(外からの侵入はほぼ不可能なはず。ということは、私が出てきたダンジョンの出入り口から中に入ったに違いない)
アニエスはキョロキョロと見渡す。
(コーラやロドリスさん。セシリアさんは果たして無事なんだろうか!?)
「おい、お前! 余計な動きをするな!! 撃つぞ!?」
(嘘つき……撃てば近衛兵がすぐに駆け付ける。それなのに撃てようはずがない!)
普通なら、パニックになり動揺するであろうこの状況で、アニエスはむしろこれ以上ないほど冷静だった。
今、自分を取り囲んでいるのは四人。その四人が全員、長身のアニエスより背が低い。
そして、姿は隠せるが戦闘向きではないこのマント。
戦闘に関する精鋭部隊でないことは一目瞭然だった。
(それから……黒いマントのフードに付いた羊の角のような模様の刺繍。まるで『黒い羊』。さっきダンジョンの部屋で見つけたものについても……)
最初から散りばめられていたパズルのピースが一つずつはまっていき、その絵の正体が徐々にはっきりと形になっていく。
「……慣れていないのにそうゆう武器を振り回すの感心いたしません。今ならまだ未遂で済ませますし、自首してはいかがでしょうか?」
「黙れ!! この金髪ビッヂ女!!」
「こんなことをすれば殿下が悲しまれますよ? 『メイベルさん』」
「!!」
相手の喉がヒュッと鳴る。その瞬間、アニエスは足元の絨毯を引いてひっくり返した。
「「「きゃあ!?」」」
絨毯を思いっきり返した上からアニエスは遠慮せず相手数人を思いっきりズンッと勢い良く踏みつける。
「「グエぇッ!」」
で、身体を踏みつけた後に、今度はその中の一人の手を踏みつけて銃を奪い、アニエスは天高く数発を乱射した。
(これで、近衛兵は気付くはず!!)
ところが、外はいつまでもシーンと静かで駆けつけてくる様子がない。
(!? どうゆうこと……んっ、あれはオーロラ……!? チッ、抜かった!!)
ダンジョンで見たものと同じオーロラ。
つまりはそれは空間の歪みであり、外にはたとえ爆発音であろうと音は届きはしない。
さらにアニエスに向かってバシュバシュとファイヤーボールが飛んでくる。
攻撃はアニエスに当たらなかったが、あたりの物に燃え移り、驚いたアニエスはとっさに自分のカバンでバシバシと叩いて空気を断ち、それらの消火活動をした。
(お、思わず自分のカバンで消しちゃったけど……手榴弾とかさっき使い切っててよかったぁ……!)
自分の持っていた爆弾にうっかり燃え移ったりすれば、それこそ大惨事である。
(こんな燃えやすい物だらけの中ファイヤーボールを撃つだなんて……素人こわい!!)
思わずゾッとしながら振り向くと、そこには既にお決まりの構図が待っていた。
コーラとロドリスを人質に取り、その頭に銃を突き付ける。
さっきまで、アニエスの中で彼女たちが持つ銃は単なる脅しのパフォーマンスだったが、外に音が届かないとわかった今、下手を撃てばパフォーマンスでは済まない。
「武器を捨てろ!!」
「お、お嬢様だめです!! 私は大丈夫ですから武器はそのまま……!!」
「黙れ!!」
コーラの綺麗な顔がガンっと黒マントの者に銃で殴られた!
「コーラっっっ!!」
しかし、コーラは殴られて鼻血を出しながらもさらに叫んだ。
「こんな犯罪、ド腐れド底辺どもの言葉に……お耳を貸してはなりません。お嬢様!!!」
すると、もう一発コーラは殴られる。
「お願い止めて!! コーラを殴らないで!?」
「あとこっちも忘れないようにな?」
「!!」
アニエスをさらに煽るためなのか何なのか……ロドリスの口内に銃口を突っ込み、引き金に指を置く。ロドリスは恐怖に震えて泣きながら、声が出せない。
それを見て、アニエスは持っていた銃を床に放り投げた。
「どうやら目的は私みたいですね? ……貴方がたの言うとおりにするので、どうかその二人を開放してください……」
「それじゃあ、今着ているものを全部脱いで貰おうか?」
「!? お嬢様いけません!!」
しかし、アニエスは言われた通りに全部の衣服をするすると脱ぎ、音速ブーツもその場で脱ぎ捨てた。
「このおっっ!! お嬢様に汚い手で指一本触れてごらんなさい!! 貴方たちの皮を全部ひん剥いてやりますから……!!?」
コーラは激しく怒ったが、アニエスは冷静にコーラをなだめる。
「コーラ大丈夫よ。……この人たちが私を裸にしたのは、コーラが思っているようなことが目的じゃないわ……。私はきっと無事に帰ってくるから、どうかそれまでは……あまり相手を刺激しないでね? 約束よ」
「お、お嬢様……!」
「それから、ロドリスさんの口から銃を抜いてください。言っておきますけど、私は生身でもなかなかのものなんですよ? ……二人にこれ以上、手を出せば、もれなくこの場の全員、その頭をぐしゃりと潰して道連れに致します……」
アニエスが全身から恐ろしき圧を放ち、周りを睨んでそう宣言する。
その姿に気圧されるように、その場の全員が一瞬息が出来なくなった。
指揮にあたっている者がわずかに震えながら銃を持つ人間に向かって頷き、銃を降ろすように指示すると、銃は口から抜かれ、ロドリスはその場にへたれ込む。
それを見届けたアニエスが、今度は気の抜けたへにゃりとした顔で笑い。続けた。
「ロドリスさん怖い思いをさせてごめんなさい……! でもこれ以上、怖い思いはさせません。貴方は私が何があっても絶対に守る約束ですからね?」
「…………」
「大丈夫! 私こう見えて悪運もかなり強いんですよ!」
それから、すっ裸のアニエスはそのまま黒マントに鎖付きの首輪をはめられ、手に手枷がはめられる。
「…………そこの二人の身元は保障する。お前はこのままついて来い!」
こうして謎の一団によってアニエスは連れ去られることになったのである。




